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case5北野あかり『夜間パトロールもお手の物』
第21話【インテーク】100円と壊れた自動ドア
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自動ドアがずっと開いたり閉まったりを繰り返していた。
「おっかしいなあ」
開閉しつづける自動ドアを困ったように見上げながら店員さんがつぶやいた。
――なんでわからないの?
自動ドアの前で白い猫がきれいに前足を揃えた状態で座っているのに、若い店員さんはまるで気づかない。
猫が見えてないみたいなのだ。
普段見かけるノラ猫よりもふた回りほど体が大きい。
きっとオス猫に違いない。
シュッとした顔で精悍な印象を受ける。
首輪はしていないが、ノラ猫っぽくは見えない。
そんな印象的な猫が座っているのをどうして気づかないのか。
私だけが見えているんだろうか。
――まさか、化け猫!?
猫がレジに並んでいる私をじっと見つめている。
透き通るような空色の目でただじっと……
「……8円になります」
「え?」
あわてて聞き返す。
自動扉の前に座る猫と、その猫に気づかないもうひとりの店員さんのことに気をとられていて、支払金額を聞き逃してしまったのだ。
レジの液晶画面に浮かぶ数字を追う。
「648円になります」
「あっ、はい」
手にしていた小銭入れのがまぐちを急いで開いて、指で小銭を漁る。
「えっと……」
小銭をレジ台に並べてハッとした。
「あれ? うそ!」
548円はある。
だけど、財布にはあと60円しかない。
完全に足りない。
カバンの中を探る。
手帳や化粧ポーチは入っているけれど、長財布が入っていない。
クレジットカードもキャッシュカードも持っていない。
もちろん、お札なんか一枚も持っていないわけだ。
スマホ決済をと思い直して探したけれど、これもない。
完全にアウト、だ。
嫌な汗が額ににじむ。
とても恥ずかしい。
カバンの底に小銭が落ちていないか探っているけれど、それらしきものもない。
こんなときに限って全部置いてきちゃうなんて――
「えっと、メロンパン」
買うのをやめますと言おうとしたときだ。
後ろからすぅっとレジ台に手が伸びてきた。
私が出した小銭に100円玉が足される。
息を飲んで振り返ると、背の高い男性が立っていた。
長く艶やかな黒髪をひとつに縛った男性だ。
髪色と同じ色のスーツがとてもよく似合っている。
顔立ちもとても端正だ。
甘い物が好きなのだろうか。
彼が持っている買い物かごにはプリンやらアイスやらが山のように入っている。
「はい、これで648円ですよね」
彼は私ではなく、レジを打っている大学生らしき若い女性店員に向かって言った。店員が「はい」と返事をした。
「ちょうどいただきます」
店員がレジを打って、レシートとレジ袋を差し出した。
私がまごまごしていた間に、買った物はすでに袋に詰められていたらしい。
困り果てて男性を見る。
男性は「どうぞ」と言ってニッコリほほ笑んだ。
しぶしぶ店員からレシートとレジ袋を受け取って、レジの前を空けた。
そのまま店の出入り口へ進んだところで足をとめた。
――彼が清算するのを待つか。
たとえ100円であろうとも、お金を借りたのは事実だ。
きちんとお礼も言わなければならないし、できれば借りたお金も返したい。
家に帰れば財布はある。
彼さえよければ取りに返って、またここへ戻ってきたいところだ。
出入り口に立つと開け閉めを繰り返していた自動ドアがしっかり開いた。
「すみません。どうもドア壊れちゃったみたいで」
奥からやってきた店長さんらしい中年の男性がペコペコと頭を下げる。
「えっと……ドアは壊れてないと思います。その……猫のせいですし」
「猫?」
「ええ。ほら、そこに」
私は自動ドアの前で動こうとしない猫を指さした。
だけど中年男性は顔を曇らせるばかりだ。
「お客様、猫なんていませんけど」
「そんなことないってば! ほらっ、ここ!」
白猫はゆらゆらと優雅に長いしっぽをゆらし、私のことを見上げている。
睨みつけている――に近い目つきだ。
『どかねえぞ』とでもいうような確固たる意志を感じる。
「ドア、すぐに直しますから」
男性は困ったように笑うと、奥へと戻っていった。
すると入れ替わりに清算を終えた先ほどの男性がこちらへやってきた。
「本当に白夜さんってばいたずらがすぎますよ? あなたのせいでほら、こちらの女性が変人扱いされちゃったじゃないですか? どうしてあなたはそうも性格がひねくれているんですか! 女性困らせて楽しむなんてモテない男のすることですよ!」
ほらほらっと男性が居座る白猫を追い立てた。
明らかに不機嫌な表情をした白猫がしぶしぶと扉の前を開ける。
「あの……この白猫はあなたが飼っているんですか?」
おずおずと男性に話しかける。
緊張で声が震えた。
レジ袋を持つ手に力が入る。
不本意ながらお金を借りた相手とはいえ、やはりひとりでいるときに見知らぬ男性と関わるのはかなり抵抗がある。
それもこれも怖い体験をしたせいだ。
「飼ってません。一緒にはいますけど」
「それって飼っているってことじゃないですか?」
「そういう関係じゃないんです。腐れ縁というか、離れたくても離れられないというか。まあ、相棒ですかね。まあ、こんなものすごくわがままで、意地が悪くて、短気な相棒なんで死ぬほど苦労させられてますけど、かわいいところもあるから憎めなくって」
猫が上機嫌なときにゴロゴロ喉を鳴らすときみたいに、男性は楽しげに笑って答えた。
本気で言っているのだろうか。
たしかに男性の言うとおり、意地悪で短気そうな雰囲気ではある猫だけど、男性の話だけ聞いていると、まっとうなことを言っているとはどうしたって思えない。
すごく変な人――なのかもしれない。
だとすると近づきたくはないけれど、助けてもらったのは事実なのだから。
「あの……さっきはありがとうございました。その……100円返しますから、ここで少し待っていてもらえませんか?」
「少しとは具体的に言うとどれくらいでしょうか?」
「10分くらいです。無理ですか?」
「無理ではありませんが」
男性が空を見た。
陽が落ちてきている。
オレンジ色だった空が少しずつ装いを変えつつあった。
「戻ってくるころには太陽も完全に沈んでしまっていることでしょう。ひとりで暗い道を歩かせるのは気が重いです。ここらは街灯が少ないですし」
「だ、大丈夫です。ダッシュで帰ってきますから。ちょっとだけ、待っていてください」
ペコリッとすばやく頭を下げて、私は踵を返した。
「北野さん!」
男性が叫んだ。
足が自然にとまる。
だって見知らぬ人から名前を呼ばれたのだから。
恐る恐る振り返ると、黒髪の男性はばつが悪そうにこりこりとこめかみを掻いて笑った。
「北野あかりさんですよね?」
「……は、い」
呼びとめた相手の男性は芸能人やモデルをやっていてもおかしくないほど美しい。
これほどの美形ならば、一度会えば絶対に覚えているはずだ。
でも本当に知らない。
なのになぜ、男性は私の名前を知っているのだろう。
――もしかして、アイツらの仲間?
数日前のことを思い出して、背筋がぞっと寒くなった。
早く帰ろう。
関わったらダメだ。
「えっと、送っていきます。ご自宅まで。大丈夫です! 送りオオカミになんてなりませんから! あっ、この人がなにかいかがわしいことしようとしたら、私が全力でとめるんで! 神と仏に誓って!」
「いえ、結構です。お金は必ず返しますから。あっ、そう。明日。明日の昼間、ここのレジの人に頼んでおきますから、100円受け取ってください」
小銭入れを握りしめて走り出そうとしたができなかった。
私の足元に猫がいた。
慌てて猫を避けるようとしたがつんのめってしまう。
体のバランスを崩してその場に尻もちをついてしまった。
「すみません。白夜さんが送っていくと聞かないものですから。白夜さんも、そういう手荒なことしちゃダメですって。あなたのいたずらのせいで、ただでさえ私たち変な人認定されちゃっているんですから! そうですよ! あなたのせいですって! え? 私のお金の出し方が気持ち悪かったから? なにを言ってるんですか! 私は特別気を遣って、これ以上ないほど自然に紳士にふるまったのに! もうっ、あなたのせいで余計な警戒されちゃってるじゃないですか!」
男性が白猫に近づくと、猫が『ウナア』と鳴いた。
『そんなことはいいから、さっさとしろ』とでも言いたげに、私のほうをチラチラと伺い見る。
「はいはい。まったくもう、人使い荒いんですから」
男性はやれやれと肩をすくめると、へたり込んだ私に向かって「実はですね」と懐から一枚の白い紙を差し出した。
「私はこういう者でして」
「えっと……神守坂神社 二級上 久能……」
「あっ、間違えました! こっちです」
差し出していた紙をすぐに引っ込めて、新たに別のものを取り出した。
「しろねこ心療所 久能孝明? ちょっと待って。じゃあ、さっきの名刺は? え神守坂神社って、すごく元気なご高齢の神主さんのいる神社ですよね?」
「はい。その声がでかくて、年の割には筋肉粒々で、聞きたくないことだけ耳が遠くなるっていう元気なご高齢の神主さんは私のおじーさまなんです。久能英月と言うんですが、実は今日、ここでお会いしたのは偶然ではなくて、おじーさまからの依頼なんです。あなたの相談に乗ってやってくれって」
「なんだ、そうだったんだ」
ふぅっと私は息を吐いた。
あの人の身内ならと思ったら安心して、緊張がすうっと解けた。
「私、あの神社にはいつもすごくお世話になっているんです。小さい頃は命も救ってもらいましたし。今日もお話を聞いてもらったところなんです。おじいさんのお孫さんってことは、おじいさんが言っていた心当たりってあなたのこと、なのかな?」
「間違いなく私のことですね。まあ、おじーさまに言われなくてもきっと、こうしてお話することになったと思いますけどねえ。神様は気に入った女性のことはよくご存知ですから」
「そうなんですか?」
差し出された手をとる。
久能さんが私を引っ張りあげてくれた。
「とにかく帰りましょう。お話は道中でお聞きしますね」
「はい」
久能さんに促されて、私は家のある方向へ足を向けた。
白猫が「ウナア」と小さく鳴いた。
『俺を置いていくんじゃねえぞ』
と言っているみたいに聞こえた。
「おっかしいなあ」
開閉しつづける自動ドアを困ったように見上げながら店員さんがつぶやいた。
――なんでわからないの?
自動ドアの前で白い猫がきれいに前足を揃えた状態で座っているのに、若い店員さんはまるで気づかない。
猫が見えてないみたいなのだ。
普段見かけるノラ猫よりもふた回りほど体が大きい。
きっとオス猫に違いない。
シュッとした顔で精悍な印象を受ける。
首輪はしていないが、ノラ猫っぽくは見えない。
そんな印象的な猫が座っているのをどうして気づかないのか。
私だけが見えているんだろうか。
――まさか、化け猫!?
猫がレジに並んでいる私をじっと見つめている。
透き通るような空色の目でただじっと……
「……8円になります」
「え?」
あわてて聞き返す。
自動扉の前に座る猫と、その猫に気づかないもうひとりの店員さんのことに気をとられていて、支払金額を聞き逃してしまったのだ。
レジの液晶画面に浮かぶ数字を追う。
「648円になります」
「あっ、はい」
手にしていた小銭入れのがまぐちを急いで開いて、指で小銭を漁る。
「えっと……」
小銭をレジ台に並べてハッとした。
「あれ? うそ!」
548円はある。
だけど、財布にはあと60円しかない。
完全に足りない。
カバンの中を探る。
手帳や化粧ポーチは入っているけれど、長財布が入っていない。
クレジットカードもキャッシュカードも持っていない。
もちろん、お札なんか一枚も持っていないわけだ。
スマホ決済をと思い直して探したけれど、これもない。
完全にアウト、だ。
嫌な汗が額ににじむ。
とても恥ずかしい。
カバンの底に小銭が落ちていないか探っているけれど、それらしきものもない。
こんなときに限って全部置いてきちゃうなんて――
「えっと、メロンパン」
買うのをやめますと言おうとしたときだ。
後ろからすぅっとレジ台に手が伸びてきた。
私が出した小銭に100円玉が足される。
息を飲んで振り返ると、背の高い男性が立っていた。
長く艶やかな黒髪をひとつに縛った男性だ。
髪色と同じ色のスーツがとてもよく似合っている。
顔立ちもとても端正だ。
甘い物が好きなのだろうか。
彼が持っている買い物かごにはプリンやらアイスやらが山のように入っている。
「はい、これで648円ですよね」
彼は私ではなく、レジを打っている大学生らしき若い女性店員に向かって言った。店員が「はい」と返事をした。
「ちょうどいただきます」
店員がレジを打って、レシートとレジ袋を差し出した。
私がまごまごしていた間に、買った物はすでに袋に詰められていたらしい。
困り果てて男性を見る。
男性は「どうぞ」と言ってニッコリほほ笑んだ。
しぶしぶ店員からレシートとレジ袋を受け取って、レジの前を空けた。
そのまま店の出入り口へ進んだところで足をとめた。
――彼が清算するのを待つか。
たとえ100円であろうとも、お金を借りたのは事実だ。
きちんとお礼も言わなければならないし、できれば借りたお金も返したい。
家に帰れば財布はある。
彼さえよければ取りに返って、またここへ戻ってきたいところだ。
出入り口に立つと開け閉めを繰り返していた自動ドアがしっかり開いた。
「すみません。どうもドア壊れちゃったみたいで」
奥からやってきた店長さんらしい中年の男性がペコペコと頭を下げる。
「えっと……ドアは壊れてないと思います。その……猫のせいですし」
「猫?」
「ええ。ほら、そこに」
私は自動ドアの前で動こうとしない猫を指さした。
だけど中年男性は顔を曇らせるばかりだ。
「お客様、猫なんていませんけど」
「そんなことないってば! ほらっ、ここ!」
白猫はゆらゆらと優雅に長いしっぽをゆらし、私のことを見上げている。
睨みつけている――に近い目つきだ。
『どかねえぞ』とでもいうような確固たる意志を感じる。
「ドア、すぐに直しますから」
男性は困ったように笑うと、奥へと戻っていった。
すると入れ替わりに清算を終えた先ほどの男性がこちらへやってきた。
「本当に白夜さんってばいたずらがすぎますよ? あなたのせいでほら、こちらの女性が変人扱いされちゃったじゃないですか? どうしてあなたはそうも性格がひねくれているんですか! 女性困らせて楽しむなんてモテない男のすることですよ!」
ほらほらっと男性が居座る白猫を追い立てた。
明らかに不機嫌な表情をした白猫がしぶしぶと扉の前を開ける。
「あの……この白猫はあなたが飼っているんですか?」
おずおずと男性に話しかける。
緊張で声が震えた。
レジ袋を持つ手に力が入る。
不本意ながらお金を借りた相手とはいえ、やはりひとりでいるときに見知らぬ男性と関わるのはかなり抵抗がある。
それもこれも怖い体験をしたせいだ。
「飼ってません。一緒にはいますけど」
「それって飼っているってことじゃないですか?」
「そういう関係じゃないんです。腐れ縁というか、離れたくても離れられないというか。まあ、相棒ですかね。まあ、こんなものすごくわがままで、意地が悪くて、短気な相棒なんで死ぬほど苦労させられてますけど、かわいいところもあるから憎めなくって」
猫が上機嫌なときにゴロゴロ喉を鳴らすときみたいに、男性は楽しげに笑って答えた。
本気で言っているのだろうか。
たしかに男性の言うとおり、意地悪で短気そうな雰囲気ではある猫だけど、男性の話だけ聞いていると、まっとうなことを言っているとはどうしたって思えない。
すごく変な人――なのかもしれない。
だとすると近づきたくはないけれど、助けてもらったのは事実なのだから。
「あの……さっきはありがとうございました。その……100円返しますから、ここで少し待っていてもらえませんか?」
「少しとは具体的に言うとどれくらいでしょうか?」
「10分くらいです。無理ですか?」
「無理ではありませんが」
男性が空を見た。
陽が落ちてきている。
オレンジ色だった空が少しずつ装いを変えつつあった。
「戻ってくるころには太陽も完全に沈んでしまっていることでしょう。ひとりで暗い道を歩かせるのは気が重いです。ここらは街灯が少ないですし」
「だ、大丈夫です。ダッシュで帰ってきますから。ちょっとだけ、待っていてください」
ペコリッとすばやく頭を下げて、私は踵を返した。
「北野さん!」
男性が叫んだ。
足が自然にとまる。
だって見知らぬ人から名前を呼ばれたのだから。
恐る恐る振り返ると、黒髪の男性はばつが悪そうにこりこりとこめかみを掻いて笑った。
「北野あかりさんですよね?」
「……は、い」
呼びとめた相手の男性は芸能人やモデルをやっていてもおかしくないほど美しい。
これほどの美形ならば、一度会えば絶対に覚えているはずだ。
でも本当に知らない。
なのになぜ、男性は私の名前を知っているのだろう。
――もしかして、アイツらの仲間?
数日前のことを思い出して、背筋がぞっと寒くなった。
早く帰ろう。
関わったらダメだ。
「えっと、送っていきます。ご自宅まで。大丈夫です! 送りオオカミになんてなりませんから! あっ、この人がなにかいかがわしいことしようとしたら、私が全力でとめるんで! 神と仏に誓って!」
「いえ、結構です。お金は必ず返しますから。あっ、そう。明日。明日の昼間、ここのレジの人に頼んでおきますから、100円受け取ってください」
小銭入れを握りしめて走り出そうとしたができなかった。
私の足元に猫がいた。
慌てて猫を避けるようとしたがつんのめってしまう。
体のバランスを崩してその場に尻もちをついてしまった。
「すみません。白夜さんが送っていくと聞かないものですから。白夜さんも、そういう手荒なことしちゃダメですって。あなたのいたずらのせいで、ただでさえ私たち変な人認定されちゃっているんですから! そうですよ! あなたのせいですって! え? 私のお金の出し方が気持ち悪かったから? なにを言ってるんですか! 私は特別気を遣って、これ以上ないほど自然に紳士にふるまったのに! もうっ、あなたのせいで余計な警戒されちゃってるじゃないですか!」
男性が白猫に近づくと、猫が『ウナア』と鳴いた。
『そんなことはいいから、さっさとしろ』とでも言いたげに、私のほうをチラチラと伺い見る。
「はいはい。まったくもう、人使い荒いんですから」
男性はやれやれと肩をすくめると、へたり込んだ私に向かって「実はですね」と懐から一枚の白い紙を差し出した。
「私はこういう者でして」
「えっと……神守坂神社 二級上 久能……」
「あっ、間違えました! こっちです」
差し出していた紙をすぐに引っ込めて、新たに別のものを取り出した。
「しろねこ心療所 久能孝明? ちょっと待って。じゃあ、さっきの名刺は? え神守坂神社って、すごく元気なご高齢の神主さんのいる神社ですよね?」
「はい。その声がでかくて、年の割には筋肉粒々で、聞きたくないことだけ耳が遠くなるっていう元気なご高齢の神主さんは私のおじーさまなんです。久能英月と言うんですが、実は今日、ここでお会いしたのは偶然ではなくて、おじーさまからの依頼なんです。あなたの相談に乗ってやってくれって」
「なんだ、そうだったんだ」
ふぅっと私は息を吐いた。
あの人の身内ならと思ったら安心して、緊張がすうっと解けた。
「私、あの神社にはいつもすごくお世話になっているんです。小さい頃は命も救ってもらいましたし。今日もお話を聞いてもらったところなんです。おじいさんのお孫さんってことは、おじいさんが言っていた心当たりってあなたのこと、なのかな?」
「間違いなく私のことですね。まあ、おじーさまに言われなくてもきっと、こうしてお話することになったと思いますけどねえ。神様は気に入った女性のことはよくご存知ですから」
「そうなんですか?」
差し出された手をとる。
久能さんが私を引っ張りあげてくれた。
「とにかく帰りましょう。お話は道中でお聞きしますね」
「はい」
久能さんに促されて、私は家のある方向へ足を向けた。
白猫が「ウナア」と小さく鳴いた。
『俺を置いていくんじゃねえぞ』
と言っているみたいに聞こえた。
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