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case2 浜崎千歳『恋せよ乙女、下着を捨てて』

第7話【相談内容】別れた男は下着フェチ

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 私、浜崎はまさき千歳ちとせって言うの。
 一週間前に一年付き合った彼と別れたんだけどね。
 彼ってば一流下着メーカー勤務のエリートだったのよ。
 
 見た目は良くも悪くもない。
 どこにでもいそうな普通の40歳の独身男。
 ただし出世コースまっしぐらで、お金に困っていないところは私と同じ世代の20後半の男にはない魅力だったわね。

 どうやって知り合ったかって?

 たまたま出掛けたホテルのバーのカウンター席で隣になって意気投合したの。
 そういうことってよくあるでしょ?
 何度かデートを重ねてつき合うようになったんだけどね。
 彼女になって、彼が超がつくほどの下着フェチだということがわかったのよ。
 それまではおくびにも見せなかったから、知らなかったの。

 私の持っている下着が少ないって言っては下着をプレゼントしてくれるもんだからさ。
 おかげで洋服タンスは色とりどりの下着でびっしり埋まったわよ。
 それこそ半年毎日違う下着が着られるほど、ね。

 すごいでしょ?
 私もねえ、最初のうちはうれしかったの。
 実際、持っている下着は一週間できっちりローテーションが組めるくらいしか持っていなかったからさ。
 だけど考えてもみてよ?
 それが一年も続くのよ?
 誕生日もクリスマスも、付き合って○○日記念のプレゼントも全部『下着』。
 バカの一つ覚えかよって何度思ったかわからない。
 正直、ほかの物が欲しかったなあ。
 花束でもなんでもいいからさ。

 でさ、そうやって全部が全部『下着』になっちゃうと、『ありがとう』ってだんだんちゃんと言えなくなってちゃうのよ。
 ほら、こっちはもうプレゼントの中身がわかってるわけで。
 ワクワクもドキドキもないから。
 自然と顔に出ちゃってたのよね。
 そうすると彼、なんて言うと思う?
 
『なにが気に入らないんだ? 全部、君のためにやっていることなのに』

 ですって!
 彼の口癖なんだけどさあ。
 君のためを思ってプレゼントしている。
 いつも君にはきれいでいてもらいたい。
 下着はどれだけ持っていても君の損にはならない。

 下着のことになると、もう次から次にマシンガンみたいに反論理由を並べたてられてね。
 彼の言っていることもたしかよ?
 だけどさ、彼の好きなものを押しつけられるのがどうにも耐えられなくなってきちゃってさ。
 一緒に選べたら、まだよかったのかもしれないわね。
 でも、そんなことは一度としてしてくれなかったのよ。
 私が選んだものを彼は必ず否定したの。

 ね?
 ひどくない?

「君には似合わない」だの「肌の色と不釣り合いだ」だの「センスがない」だの、もう散々。
 気に入っていた下着だって勝手に捨てられたのよ!
 ね?
 やりすぎでしょ?

 そのうち私は彼に反抗できなくなったのよ。
 ううん。
 面倒になったが正解ね。
 なにか言い返せば「反抗的」とか「盾つく」とか言われるの!
 恋人というより、お気に入りのオモチャみたいに思えてきちゃってさ。
 彼の前ではただうなずいていたわ。
 いやなことを言われようが、間違っていると思うことがあろうが、ニッコリ笑ってやり過ごすことが一番波風を立たせずに彼との関係を維持できる方法だったからね。

 っていうか、その猫さっきからプリン食べて話聞いてないみたいじゃない?
 聞いてるから大丈夫?
 それなら続けるけどさ。
 にしても、ここは猫が入ってもいい喫茶店なのね。
 誰も気にしてないみたいだし。
 あなた常連さん?
 あっ、ごめん。
 えっと、続きね。

『これ、うちの新作なんだけど。千歳に絶対に似合うと思うんだ』

 ってさ。
 一週間前にレース素材の真っ赤な下着をまた持ってきたのよ。
 それこそ満面の笑みでね。

『もういらない。下着を見るのもうんざり』

 って言ってやったわよ。
 よく言った?
 そりゃそうよ。
 つき合って一年だもん。
 限界だったわよ。

 そしたらこう言うのよ。

『なんで? これ高いんだよ?』

 って。
 もう、あったま来たからさ。
 言ってやったの。

『値段は関係ないの。もうお腹いっぱい。私、あなたと別れる』
『なに言ってるんだよ、千歳! 俺はいやだよ! 絶対に別れないから!』
『もう無理。ずっとガマンしてきた。これ以上はつき合えない』

 やっと言えてスッキリした私とは対照的に、彼は私の足にすがって泣いたのよ。
 何度も、何度も「別れたくない」って連呼して泣きじゃくる姿なんて他人が見たらあれよ?
 金色夜叉の貫一とお宮よ?

 別れられたのかって?
 それがね、別れられたの。
 イヤガラセとかされるかもって思ったし、未練たらしくメッセージや電話の嵐になるかもって危惧したけどね。
 ぜんぜん、まったく彼から連絡がなくなったのよ。
 嘘みたいでしょ?

 まあ、肩透かしを食った感はあったけど、思ったよりもあっさり別れられてホッとしたわよ。
 これでやっと解放されるんだって思ったら、涙がとまんなかったくらいだから。
  
 え?
 下着?
 捨てたわよ。
 全部じゃないけどね。
 気に入ったのは何着か残したわよ。
 全部捨てちゃったら、ほら。
 困るじゃない?
 まあ、そのうち買い替えればいいっしって。

 とりあえず、心当たりがあるって言えばこの人くらいなんだけど。
 これで満足?
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