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case1 門奈愛華『こちら、しろねこ心療所』

第3話【アセスメント】リップはつやつや、ぷるぷるがマスト!

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「本当にひどい話です。よくぞ、そんな長い間ひとりで耐えてきましたね。あなたは本当に強い女性ですよ」
「強い? 私が? だって『やめてください』って言えないんですよ?」

 驚いて尋ねた私に久能さんは目を真ん丸にさせた。
 私の質問に心底びっくりしたみたいだった。

「自分の強さに気づいていらっしゃらなかったと?」
「意味がぜんぜんわかんないです。だって普通、強い女の子なら痴漢を撃退しちゃうもんでしょう?」

 そう答えると久能さんは「ノンノン」と右手の人差し指を左右に小さく振ってみせた。

「強いっていろんな種類があるんです。愛華さんの場合は心がとても強いんです。だから人よりうんと我慢できちゃうんです。それってもろ刃の剣でもあるんですけどね。だからこそ、そんなあなたを苦しめる相手は許せないなと思います。ねえ、白夜さん?」
 
 それまでじっとして聞き入るように目をつむっていた白猫がおもむろにまぶたを上げた。
 ふわあっと大きなあくびをひとつこぼすと、鼻袋を膨らませてムッとした表情を作った。

「ほらっ、白夜さんもすっごく怒ってます」
「それ、起こされたからじゃ……」
「いいえ! 白夜さんはそもそも女性を困らせる輩が大嫌いなんで。私に起こされたのを怒っているわけじゃないです! 断じて! 絶対!」

 力説する久能さんの上で白夜と呼ばれた白猫は耳をプルッと動かした後、同意とでも言いたげに「ウナア」と短く鳴いた。

「ほらね!」

 うんうんと満足そうに久能さんがほほ笑んだ。
 すると、なにを思ったか白猫が久能さんの頭の上から飛び降りて、私の前にちょこんと腰を下ろした。
 
「愛華さん!」
「あっ……はいっ!」

 大きな声で名前を呼ばれた反動で、背筋が伸びた。
 久能さんのほうに体を向けようとするとすぐに制止される。

「あくまでも主人は白夜さんなので、彼の顔を見ていてください。今から彼の言うことをお伝えしますから」
「は……はい」

 大人しく久能さんの言うとおりに白猫の顔を見る。
 白猫も私を見上げた。
 久能さんがコホンとひとつ咳払いする。

「ええ、では……門奈愛華。おまえの悩みは俺様がきっちり、スッキリ、スマートに解決してやる。ただし条件がある。って……ええっ! 条件ですか? こんなにがんばってる子に条件とかつけるんですか? 鬼畜すぎますよ、白夜さん!」

 久能さんが白猫を非難する。
 すると猫はツンっと鼻先を上向きにしたまま、しっぽでピタンッと地面を叩いた。

「はいはい、わかりました。えっと……愛華は今後、メガネをやめてコンタクトにすること。って、高校生にコンタクトに買い替えろって。今は安いのもありますけど、結構するんじゃないですか?」
「あっ、それなら大丈夫です! 前に買ったんです、コンタクト。だけど、目に異物入れるのが怖くて、ずっと机の中にしまったままになっているのがあるので。今度はチャレンジしてみます」
「そうですか。それじゃあ、メガネをコンタクトにしてもらって。え? それも?」
「え?」
「えっとですね。髪をおろして、くるくるふわふわにしてこい……だそうです」
「くるくるにふわふわ……ですか?」
「くるくるにふわふわだそうです。譲れないって言ってます。いや、これってば完全に白夜さんの趣味の押し付けだと思うんですけど……」
「趣味の押し付け……」

 白猫はふんっと鼻を鳴らした。
 きれいなブルーの色の目は不機嫌そのもので、完全に座っている。
 『NO』はありえないという顔だ。
 久能さんを見る。
 彼は困ったように眉尻を下げていた。
 ふうっと大きなため息をつくと遠慮しながらも念を押すように久能さんは言った。

「あとですね。リップはピンクのつやつや、ぷるぷるがマスト……だそうです」


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