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第四十七話 結婚しよう?

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 朝日がまぶしくて私は目をすがめた。
 世界がとてもキラキラして見えるのは、心身共に満たされた結果なんだろうか。

 ふと隣を見る。
 龍空は枕に肘をついた姿勢で私を見つめている。
 彼の大きな手が優しく私の髪を撫でた。

「おはよう、愛希」
「おはよう、龍空」

 こんな風になるなんて、出会ったときには思いもしなかった。
 女を食い物にする最低最悪の男――という印象はもはや見る影もなくなっている。
 龍空は今までつき合ってきたどの男とも違う。
 ちゃんと段階を踏んでくれた。
 つき合うという形になるまですごく丁寧に接してくれた。
 そりゃ、とんでもない無茶振りも多かったけど、そうでもしなくちゃ私自身が前に進めなかったんだから今は感謝しかない。

「こんなにしあわせなときになんなんだけどね、愛希」

 困ったことになっちゃってるんだと龍空が眉をひそめた。

「なに?」
「昨日のことがね。動画でネットに拡散されてさ」
「昨日のこと? もしかして、ここに隠しカメラ仕込んでたの!?」
「そんなもったいないことするわけないじゃん! やだよ、オレ! 愛希が気持ちよくなってる顔、他の男に見せたくないよ!」
「じゃあ、一体なんなのよ?」
「あー。愛希が酔っぱらって言った数々の名セリフがね。すっごい拡散されてるんだよ」
「ああ……」

 しあわせの絶頂から奈落の底に落とされた気分だ。
 酔った勢いプラス積年の恨みでぶちまけた言葉たちがネットを介して日本全国に広まってるなんて。
 今日からどうやって道を歩けばいいんだろう。
 っていうか、両親の耳には届いてほしくない。
 もっと言うなら父。
 もしも父の耳に入ろうものなら絶対に乗り込んでくるに違いない。

 ――うわっ。考えたくないわ、それは!

 ブンブンブンッと思いっきり首を左右に振る。
 とりあえず、どうたいへんなのかをもっとちゃんと聞かなくちゃ、だ。

「で? どうたいへんになってるの?」
「うん。拡散されたでしょ? あのセリフでキミのファンがすっごい増えたみたいでさ」

 そう言うと龍空はベッドサイドに備え付けられたチェストの上に置いてあったスマホを手に取って「ほら」と私に見せた。
 動画だ。
 見たことがある出入り口にエントランス。
 そこにつめかけた人、人、人、また人。
 っていうか、何人いる?
 ざっと見積もっても50人くらいいるように見える。

「ここ……もしかして」
「そう、ここのホテルのエントランス。それも現在の様子です」
「は?」
「倫ちゃんにお願いして撮影した動画を送ってもらった。こんなことになるかもって、まあ予想はしてたんだけど。想定外に人が集まってるね」

 アハハハと笑ってごまかす龍空をじっと睨む。
 わかっていたんなら、なぜここに泊まった!
 おまえのマンションに帰っていたら、ここまで集まらなかったんじゃないの?
 いや、待て。
 なんで居場所がバレてるのよ!

「ここに泊まってるって……誰かに教えたの?」
「えっと……倫ちゃんと」
「と?」
「亨兄」
「なんで部長にまで連絡してんのよ、あんたっ!」
「だってほら。有休は昨日で終わりだし。もう一日有休にするにしても上司の承諾は必要かなあって。それに動画が拡散されたことで口紅の売り上げも伸びるだろうし。これはやっぱり報酬もらったほうがいいかなあって」
「あんたねえ……」

 ぽきぽきと指を鳴らす。
 龍空が強いのはわかっているけれど、ここはやっぱり仕置きは必要だと思う。
 そうだ。
 最初が肝心。
 これからもずっと龍空に好き勝手に振り回されては困るからだ。

「ちょっと待って。それは亨兄にして。あの人、今日の夜、愛希との婚約記者会見するって言ってるから」
「はいっ~!?」

 宇宙から彗星が落下してきたみたいな衝撃が襲う。
 婚約記者会見?
 私と高嶺?
 なんでそうなるの!

「もしかして売り上げのため?」
「会社のイメージアップのため、だね。それにあの人、オレに愛希を取られたから強硬手段に出るみたい。まったく、本当にいっつもやることえげつないんだからなあ」
「私、部長のこと好きじゃないし! 婚約記者会見なんて困るし! 全国ネットになったら、絶対にうちの父に知られちゃうし!」
「うん。だからさ。このままずっとここに籠ってよう。お腹空いたならルームサービス頼むし?」
「あんた、この状況楽しんでない?」
「え? わかる? だってずっと愛希とふたりっきりで思う存分イチャイチャできるのかと思ったらもう嬉しくなってきちゃってさ」
「昨日言ったこと、全部撤回する! やっぱりあんたってサイテー! もう知らない!」

 やっぱり好きになっちゃいけない相手だったんだ。

 ――前言撤回!

 脱ぎ捨てていたドレスを床から拾い上げて脱衣所へ向かおうとした私の背に「愛希~」と龍空の呼び声が聞こえた。
 急いで振り返ると、彼はにっこりと意地の悪い笑みをたたえていた。

「これ、いらないの?」

 彼の指につまみあげられているのは下着。
 黒の総レースのTバック。

「ちょっ! 返しなさいよ!」

 ベッドで横たわる龍空の手から奪い返そうとしたが、彼はひょいっとかわして私の腕を掴んだ。
 彼の胸の中に引きこまれた私は力強く抱きすくめられる。

「ねえ、愛希。オレをキミの最初で最後の男にしてよ」
「なに……言ってんの?」
「オレと結婚しよう」
「結婚って……気持ち確かめ合ったばっかりなのに。それになんで結婚する必要があるのよ?」
「亨兄が婚約発表する前に婚姻届出しちゃえば愛希はオレの奥さんなわけで。誰にも取られる心配なくなるし、愛希的にもたいへんな目に遭うのが少なくなるわけだし」
「両親への挨拶はどうすんのよ?」
「大丈夫。オレ、愛希のお父さんにぶん殴られてもいいって思ってるし」
「気持ちが冷めたらどうすんの? 離婚すんの?」
「初恋の人をずっと思い続けてたオレの愛は深いよ? それにセックスもずっと丁寧、安心、気持ちいいから。ね?」
「なんか、そのプロポーズ軽すぎ」
「じゃあ、わかってもらえるように心と体に教えなくっちゃ!」
「え? やっ! ちょっと! 本当にダメだってえ~!」

 抵抗する力を奪われた私はこうして彼に骨抜きにされていくことになった。
 セックス嫌いで不感症チックになってしまっていたのに、とろけるような甘いカラダに作り変えられた私の前途は……まだいろいろ問題山積みなんだけど。

 ――まあ、なるようになる……かな?

 ため息にも似た吐息をもらしながら、私は観念してゆっくりと目を閉じた。

【end】
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