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第四十一話 冗談じゃない!

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 「愛希~」

 私を見た途端にそう言って甲山貴斗は立ち上がった。
『こっちだよ』と言わんばかりに手を振ってくれる。
 これ以上はないくらい人のよさそうな笑みまで浮かべる貴斗に、自然と眉間にしわが寄っていた。
 貴斗の声で周りの目が一斉に私たちに向いた。
 注目を浴びるためにわざと目立つようにしたんだ。

 ――本当になんにも変ってない。

 つき合っていた頃と少しも変わっていない。
 必ず輪の中心にいたい男だった。
 自信に満ちた表情で堂々と手を振る貴斗を前に足がすくむ私を、オネエサマが囲むようにして『行くよ』と目くばせを送ってくる。
 仕方なく龍空に言われたように、しゃんと背を伸ばし、胸を張ってラウンジの中心にある貴斗たちが座る席に向かって歩いた。

 ラウンジは人で溢れかえっている。
 しかも女性ばかり。
 それもそのはずだ。
 今日はここで『パッションレッド』のお客様感謝祭をするんだから。
 厳選されたと思わしき女性客たちが華やかな衣装を身に纏って席に座っている。
 その合間を縫うようにボーイ姿になったホスト達が優雅におもてなしをしている。
 感謝祭ということで、いつもとは違った接客をする――というのが今回のコンセプトらしい。
 そんな場に選び抜かれた客人たちは皆、楽しげにほほ笑んで酒の入ったグラスを手にしたり、好き好きに盛りつけた食事に手をつけたりしていた。
 そんな女性たちの視線が一気に私たちに向けられるが、それを気にするなと龍空は言った。

 『外にもギャラリーたくさんいるから、気を抜いちゃダメだよ~』

 と余分な一言まで添えるところがバカホストならではだ。
 彼の言った通り、ガラスを挟んだ向こう側には、ここに入れなかった女性やら、今回ここに私が出没するという情報を聞きつけたらしい野次馬やらがスマホを片手に集まっているのが目に入った。

 こんなシチューエーションでは貴斗が調子に乗るだろうに――と思っていただけに、最初の一手から調子ぶっこき全開の貴斗に対面するだけで頭に重たい石を投げられた感覚に陥った。

 ――どうやってこの状況でサンドバックにしろって言うのよ、バカホスト!

 貴斗の前にやっぱり龍空の首を締め上げたい。
 そんな衝動を必死に抑え込んで席の前に立った。

「やあ、久しぶり。元気だった?」

 貴斗は満面の笑みで私に話しかけてきた。
 それから自分の前の席に座れとでも言いたげに『どうぞ』と手を差しだした。
 そんな貴斗の様子に、他の合コンメンバーの男たちが好奇の視線を私と貴斗に向けた。

「本当に知り合いなんですね、甲山さん」

 貴斗もそれなりのメンバーを揃えて来たらしい。
 決して不細工ではない。
 甘めな顔立ちの男は上半身を乗り出すようにして質問してきた。
「まあね。いつぶりだったかな?」

 話を私に振る貴斗は親密さを見せつけたいに違いない。

「さあ、どうだったかしら?」

 素っ気なく答えながら着席した私に続いて、オネエサマ方も着席する。

「あら? 甲山さんとアキちゃんは知り合いだったの? それなら言ってくれればよかったのに……」

 とナナさんが妖艶な視線と零れ落ちそうな胸元を強調させながら笑う。
 それに気圧された様子の貴斗以外のメンバーがゴクンと唾を飲み込んだ。

 「オレも今朝知ってびっくりしたんですよ。まさかCMの謎の美女が愛希だったなんて。いやあ、こんなにキレイになるなら別れなければよかったなあって後悔しましたよ。でも、こうやって会えるのもやっぱり縁がある証拠なのかなあ。ねえ、愛希?」

 ――馴れ馴れしく名前を連呼するな、バカ男!

 知り合いであることを強調して、周りに差を見せつけたい。
 昔付き合っていたんだと自慢したい。
 そんな相変わらずのナルシストぶりに吐き気がしそう。
 これならまだバカホストを相手にしているほうがぜんぜん楽。
 龍空のほうが何千倍も爽やかだもの。

 「ねえ、自己紹介しない? 甲山さんとアキちゃんは良くても、私達はみんな初めてなんだし」

 ちらりと貴斗を見上げて言うナナに、貴斗は「そうだねえ」とニッコリほほ笑んだ。

 どうでもいい。
 本当にどうでもいい。
 合コン自体興味ないんだから。
 貴斗が連れてきた男なんて、きっとろくでもない。
 みんな揃って軽そうに見える。
 そんな男の名前を覚えるくらいなら、お酒と食事を楽しみたい。

「じゃあ、まずはお酒を頼んで、食事を持ってきてからゆっくり自己紹介しましょうか。いいですか?」
「そうね。美味しそうな料理も並んでいることだし」
「私も賛成」

 レイナとユウが貴斗の提案にうなずくと、男性陣が立ち上がって『ささ、どうぞ』というように女性陣たちをエスコートし始めた。
 そんな男たちの下心を利用するようにオネエサマ方は対応していく。

 ――可哀相に。

 彼女たちが別次元の美女だと知らない男たちがひどく滑稽に見える。
 美女たちをエスコートして目くばせしている輩たち。
 あとで痛い目をみればいい。

「オレたちも行こうか?」

 最後に残った私に手を差し伸べる貴斗を一瞥し、私はスッと静かに立ちあがった。
 それから貴斗の前を颯爽と横切って、席にひとり置いていく。

 ――冗談じゃない!
 
 ツカツカと並べられた料理の前に歩いていく私を追いかけるように貴斗がやってくる。お皿を取ろうとすると、私よりも先に貴斗が皿を取って差し出してくる。
 ムッとして睨む私に貴斗は一歩近づくと、耳元で「随分じゃないか」とささやいた。

 「なにが?」
「久しぶりに会ったのに、その態度は冷たすぎるんじゃないか? それにメッセージも無視したろう?」

 口元は笑っているのに貴斗の目は明らかに不機嫌な色をしている。
 自分の態度が思っていたものより素っ気なかったのが相当お気に召さないらしい。

「メッセージ貰っていたこと知らないの。今日の今日までスマホを人に預けていたから」
「へえ。もしかして恋人いるわけ?」
「恋人なんていたら合コンなんて来ないんじゃない?」

 嫌味のつもりだったのに貴斗にはきちんと伝わらなかったらしい。
 近づけていた顔を離して「なるほどね」とひとり勝手にうなずくと、素肌の背中に手を差し入れてきた。
 冷たい感触にハッとして急いで貴斗を見上げれば、彼はひとさし指で私の背筋をするすると撫でた。
 その感覚にゾワリと悪寒が走った。

 なにやってんだ、この男!
 勝手に人の肌に触ってるな、バカ!
 ボディタッチで気持ちよくなるのは意中の相手にドキドキしているときだけだ!
 
「こんな攻撃的な恰好するようになったなんて……その後、嫌いなのは治ったのか?」

 なんてことを貴斗は小声で聞いてくる。
 その視線は足元を伝い、スリットからのぞく白いふくらはぎにも注がれた。
 なめるような視線に顔が険しくなるのがわかる。
 まるで品定めされているみたいだ。
 爬虫類が獲物を見るときの視線に似ていて一気に鳥肌が立った。
 
「上に部屋を取ってあるからさ。ここは適当に終わらせて、久しぶりに二人でゆっくり楽しもうぜ」

 そう言うと貴斗は私から離れて、楽しそうに料理を盛る他のメンバーたちのところへ混ざっていった。
 楽しげに輪に加わりながら自分の皿にも料理を乗せていく。

 そんな貴斗の姿に肩が震えていた。

 何を言われた?
 久しぶりにゆっくり楽しもうぜ?
 なに言ってんの、あのクズ野郎!

 怒りで体中が熱くなっている。
 その場から一歩でも動けば、飛びかかって上段蹴りをお見舞いしてやるくらいには苛立っている。
 そのときだ。
 背後に誰かが立った気がして、咄嗟に振り返った。
 そこにはマリリンのお気に入りであり、龍空の後輩であるホストくんが立っていた。
 彼は私の皿の上に静かに一枚のカードを乗せた。
『しぃっ』と人差し指を立てると、ニッコリ笑んで他のテーブルに去っていった。

 呆気にとられて後輩くんの姿を追うが、彼が私を再び見ることはなかった。
 皿の上のカードを手に取ってこっそりと見る。

 『keep your smiling』

 そう書かれた文字を見て私はラウンジ内を見回す。
 こんなことをするヤツはひとりしかいない。
 だけどバカホストの姿はどこにもない。

 『キミらしい笑顔で居続けて』

 単語の選び方もアイツっぽい。
 素直に『笑顔のままでいて』ではなくて『キミらしく』をつけてくるところが小憎らしい。っていうか、これがアイツの戦法だってよくよく知っている。
 私の闘争心を煽るやり方をよく心得ているじゃないか。

 龍空に言われなくてもわかってる。
 だけどできていないのが悔しくて奥歯をかみしめた。

 ――どこで見てるのよ、あのバカホスト!

 覗き見なんて悪趣味すぎる。
 っていうか、№1ホストが主催のイベントなのにこの場にいなくてどうするんだってば!

 はぁっと大きく息を吐きながら、カードを皿の下に忍ばせる。
 それからもう一度、私は大きく肩から力を抜いて息を吐いた。

 貴斗は初めから自分と寝るつもりで合コンに来ていたんだ。
 しかも自信満々で。
 絶対に落とせると思っているし、落ちると思っている。

 女なめんな、バカ男ども!
 合コンに行けばお持ち帰りは当たり前?
 ふざけんな!
 女にだって選ぶ権利はある。
 それに誰とでも寝ると思われるのは心外この上ない。
 セックス嫌いが治ったのか?
 どの口がそれを言うんだ!

 心の中でありったけ叫んだあと、私は笑顔で近づいて来た黒縁眼鏡が大変お似合いの別のホストを呼びとめた。
 龍空と身長もさほど変わらないだろう、長身の腰を曲げて丁寧に対応する『翼』という名のナンバー2のホストさんに私は笑顔を向けた。
 低く魅惑的な切れ長な目は涼しやかな印象を与えている。
 そんなクール系ホストさんは完璧な営業スマイルを作って「なんでしょう、愛希さん?」と尋ねた。

「飲み放題なんだよね?」
「ええ、なんでもお出しできますよ。それこそ高級ワインからボトルキープの焼酎まで。うちの店で取り扱っている物と同じものを揃えさせてもらっていますよ」
「じゃあ、サワーできる?」
「ええ、お望みとあらば」
「作ってもらってもいい?」
「僕好みでもよろしいですか?」
「なんでもいいから、じゃんじゃん持ってきて」
「はい、かしこまりました」

 ニッコリとお互い笑顔を作る。
「お任せあれ」と目くばせを送った翼くんがラウンジの奥へと戻っていった。
 そんな彼を見送ると、私は片っ端から料理を皿に盛った。

 『隠しカメラはそこら中に仕込んであるからさ~、大丈夫だからねえ。あと、パッションレッドは全力で愛希を応援しまーす。安心していってらっしゃい』

 なんて言って、今頃どこかでニヤニヤ笑いながら見ているんでしょう、バカホスト。
 貴斗がなにか仕掛けてくるかもしれないって思ってカメラ仕込んでいたんでしょう?
 ホスト達巻き込んだのだって、なにか魂胆あるんでしょう?
 いいわよ、見てなさいよ!
 別にあんたに見守られなくても大丈夫なんだから!
 楽しい夜祭にしてやろうじゃない!
 
 山のように盛られた皿の底に、貼りつくようにくっついた『keep your smiling』のカードを爪先でカリッとひっかきながら、私はもう一度背を正す。

 ――勘違い男はみんなまとめて成敗よ!

 そう決意を新たに、私は席へと戻った。



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