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第一部 剣帝と槍姫

第6話 ノエル、王宮にて暴れる

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 式典が終わり、王族の退出を見届けた後、参列者はバラバラに出口に向かっていた。

 ぼう然と立ち尽くすクラウスは出口の方から、ルーク王子が手招きしているのを見つけ、そっちに向かっていった。

 アレットが血相を変えて、ノエルに駆け寄る。
「ノエル様、本当によろしいのですか?、こんなに簡単に結婚を決めて……」

 ノエルはハーとため息をついた。 
「結婚してしばらくしたら、逃げ出してもいいって言うし、子爵もくれるし、まあ、たかが結婚、なんとかなるだろ」

 強がりの笑みを浮かべるノエルにアレットが不安げに質問する。
「結婚が、……夫婦生活がどういうものか、理解されてますか?」
「ん?、そりゃあ……」
 昔を思い出すように、宙を見る。

「戦場に出発する前に抱きしめて『いってらっしゃい』とキスをして……。戦場から帰ったら『おかえりなさい』とキスして出迎える。小さい頃、父上と母上がそうしていたのをよく見た」
「はあ……」
「まあ、それぐらいは我慢しよう」

「それから?」
「それから……、そうそう、冬は布団の中で抱き合って眠ると湯たんぽ代わりで暖かい、とか聞いたな。しかし、これは少し恥ずかしいかな」
 ノエルは頬を赤く染めて、もじもじと恥ずかしげに体をよじる。

 アレットはやれやれと、あきれ顔。耳元でこそこそ話し始める。
「いいですか、夫婦生活というのは、男性のピ――と、女性のピ――を、ああしてこうして……」
 話が進むにつれてノエルの顔が見る見る赤くなり、ついに真っ赤になった。
「無理――、無理無理無理無理無理無理!、そんなことできない!、やめる結婚なんかできない、やめる、取りやめ!」

 ノエルは出口の方に走り出した。
「ノエル様、どちらへ?」
「剣帝を探して、話しつけてくる!」
 走り去るノエルをアレットはあきれ顔で見送るしかなかった。

#王宮廊下
 
 廊下の端で、困った顔のクラウスがサンドラ王女、ルーク王子と話し込んでいた。
(まずいな、どんどん話が進んでいく……)

「おーい、剣帝!」
 遠くからノエルが手を上げて駆け寄ってきた。
「あっ、サンドラ王女、ルーク王子も」
 ノエルは驚いたように立ち止まり、姿勢を正した。

「あら、ちょうど良かった」
「ノエルさん、未来の夫なんですから、クラウスと名前で呼んであげて下さい。いつまでも剣帝では他人行儀ですよ」
 ニコニコしながらルーク王子が注意した。
「未来の夫……」
 その言葉にノエルの頬が赤く染まるが、ハッと気づいてクラウスに食ってかかる
「クラウス、この結婚なんだが……」

 サンドラ王女が話しをさえぎる。
「ちょうど今、クラウスさんと話してたんだけど、結婚式は半年後、一緒に盛大にやることにしましたから」
「はあっ⁉」
 ノエルは非難げにクラウスを見上げるが、クラウスは視線を外して上を見る。
(そんな目で見るなよ、断れないだろうが……)

「それまでの半年、ノエルはタルジニアに帰ってこなくいいから、クラウスさんの家で花嫁修業しなさい」
「へっ?」
「戦争も終わってヒマでしょう。貴族婦人がどんなものか、身につけねばなりませんからね」
「いや、この結婚自体が……」

 ノエルの話はルークにさえぎられる。
「困ったことがあったら私を頼って下さい。もっとも、クラウスがいるから大丈夫でしょう」

 ルーク王子はサンドラ王女の手を取り、にこやかに二人仲良くサッサッと去って行った。
 残された二人は呆然と見送るだけだった。


 クラウスがノエルをにらみつけた。
「おい、お前、なんで断らなかった?」
「こっちのセリフだ。断る理由はいくらでもあるだろう。わたしは槍だけが取り柄のがさつな女だぞ」
「俺は剣だけが取り柄の無骨者だ。似たようなもんだろ」
「家事はできるが得意ではないぞ」
「メイドがいる」
「私は異国の下民だぞ」

 クラウスは突然カッとする。
「結婚に生まれや育ちは関係ない!、愛し合っているかどうかだ!」
 声を荒げ大声でどなるクラウスに周囲の者も思わず振り返り、ノエルも驚いて目を丸くしてたじろいだ。

 クラウスはハッと我に返った。
 意味がわからずキョトンとしているノエルの頬がポーと赤くなっていった。
「わたしたちは愛し合っていたのか……?」

 クラウスはうろたえて否定する。
「い、いや、ちがうのだ……、私の母と父のことだ」

 遠くの男がクラウスを呼ぶのが聞こえた。
「おーい、クラウス、ちょっと来てくれー」
「すまん。また、話そう」
 クラウスはノエルに詫びて、男の方に駆けていった。

 入れ替わりに、アレットがやっと追いついて、去って行くクラウスを不思議そうに目で追うノエルに気がついた。
「どうかされましたか?」
「変なヤツだ……」

 その時、そばで様子を見ていた男達から人をさげすむようなイヤな笑い声が聞こえてきた。
「母親が得体の知れない孤児、嫁さんは異国の下民」
「名門ハイゼル家も今や雑種犬並だな」

 ノエルは声のする方を恐ろしい形相でにらみつけた。
「陰でキャンキャン吠えるだけのゲス犬どもより、よっぽどマシだがな」
「なんだと……」

 一人の男がカッとして殴りかかっていくが、ノエルはそのこぶしを受け流し、手首と上腕に手を当てて回転させる。
 男の身体はつんのめったように宙高く浮き上がり、背中から床にドーンと落ちた。

「このアマ!」
 二人の男が左右から一人ずつ殴りかかってくるが、腕を交差して自分に向けられたこぶしの手首を握り、腕を開いて男達の身体を宙に舞わせ、左右の床にたたきつける。男達の口から声にもならない悲鳴が漏れた。

 ノエルは床に倒れたままの男達を見下ろす。
「まだやるか、ゲス犬ども」

 ノエルににらみつけられ、男達はヨロヨロと足を引きずり、悶絶する男を抱きかかえ、早々に退散していった。
 
 フン、ノエルは鼻息荒く男達を見送った。
 しかし、周囲の人々がヒソヒソとささやきながら、非難げな視線でノエルを見ている。

 アレットがあきれ顔で近付いてきた。
「ノエル様、やっちゃいましたね。悪役ヒロインまっしぐらですよ」
「やってしまった。ついカッとなって……」
 ノエルもさすがにやり過ぎたというような表情で頭をかいた。

 パチパチパチ、と拍手の音が聞こえてきて二人は振り返った。
「お見事、お見事。リン家には武術もあるのかい?」
 拍手しながらイエルクが近づいてきた。 

「クラウスの母親は孤児だったんだよ。成長して孤児院でそのまま働いていたところをクラウスの親父さんが一目惚れ。あらゆる反対を押し切って結婚、そして生まれたのがクラウスだ」
「そういうことか」
 ノエルはさっきのクラウスの怒りの理由を理解した。

「人から後ろ指を指されないために誰よりも危険な戦地に赴き、息子を厳しく教育。結果、息子は『剣帝』に成長、本人は五年前に激戦の末に戦死。名門ハイゼル家の名誉はかくして守られて今に至る、というわけだ」
「そこへ今度は、異国の下民の嫁か……、確かに笑えるな」
 ノエルは自嘲気味にため息をついた。

 イエルクはククッと愉快そうに笑った。
「さっきも言ってただろ、あいつはそんなこと気にしない。愛し合えるかどうか、それだけだ」
「それが一番の問題だろう!」
 ノエルは思わず頭を抱えてしまった。
「俺から見ると二人は似たもの同士。うまくいくんじゃないかな」
「……そうかあ?」
 ノエルはうーんと首をひねって考えた。

 アレットが興味深げにイエルクに尋ねる。
「お母様って、どんな方ですか?、ノエル様のお姑さんになるわけですが」
「俺も小さい頃、ずいぶん遊んでもらったから、よく知ってる。お嫁さんになってくださいって何度も頼んで、クラウスの親父さんにボコボコにされたよ」
 イエルクは昔の記憶を思い出すように微笑みを浮かべた。
「優しくて美しい、まるで天使のような人だった」
「だった?」
「ああ、クラウスが、十一か十二の時に亡くなった。確か、肖像画が屋敷に飾ってあったから見たらいい」

 ノエルはハッと重要なことを思い出した。
「クラウスの屋敷で暮らすんだって?」
「そうだった……」
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