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piece6 親友たちへの告白

貴女は、泣けましたか?

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皆に沈黙が落ちたところで、遠慮がちに、エリカが口を開いた。
「あいつがここまで暴走して、悠里ちゃんを傷つけてしまった責任は、私にあります」
エリカは皆の顔を見渡し、深々と頭を下げた。


悠里を傷つけ、剛士を苦しめて。
そしていま、2人の親友までも、悲しませている。

自分の罪の深さに慄き、身体が芯から冷えていく。
もっとしっかり、謝罪しなければいけないのに。
どれだけ贖罪しても、足りないのに。


先が、見えない。
真っ暗闇の中を歩くような絶望感だ。

「本当に、ごめんなさい。どうか私に、償わせてください……」

情けなく、声が震えてしまう。
エリカは、爪が食い込むほど強く両手を握り締め、何とか震えを堪えようとした。


重苦しい空気が、場を支配する。
そのなかで一番先に声を発したのは、意外にも彩奈だった。

「――いいんですよ。貴女が責任なんて、負わなくて」

それはひどく冷静で、落ち着いた声だった。


エリカだけでなく、剛士たちも驚き、彩奈を見つめる。
彩奈は背筋を正し、向かいに座るエリカに、しっかりと顔を向けた。

「貴女は、悠里への嫌がらせをやめるよう、あいつを説得してくれたんですよね」

口を開けずにいるエリカに対し、彩奈は続ける。
「修了式の日、あいつが暴走してることに気づいて、悠里を助けに行ってくれたんですよね。本当に、ありがとうございます」
彩奈がエリカに向かって、丁寧に頭を下げた。


エリカは悲しげに顔を曇らせ、首を横に振る。

――どうして貴女も、私を責めないの?
剛士も、悠里ちゃんも、どうして、どうして、みんな……

エリカはもう一度、かぶりを振った。
「……私は、お礼を言って貰える立場じゃないの。私のせいだから。私があいつを、止められなかったせいだから」

そもそも、カンナを暴走させる原因を作ったのが、自分だ。

『普通じゃない』
『頭がおかしい』
と、皆に評されるほどに。

カンナを苦しめ、狂わせてしまったのは、他の誰でもない、自分なのだ。


――私が、剛士を裏切ってしまったから。
剛士だけじゃない。
バスケ部の仲間たちの信頼も、何もかも裏切って、償いもせず逃げた。

カンナの、剛士への恋心にも気づかずに、のうのうと親友ヅラをしていた。
そうして彼女を、凶行に走らせてしまった。


私は一体、カンナの何を見ていたのか。
何を見て、親友だと思っていたのか――

かつての親友の、乾いた声が聴こえてくる。

『おめでたい女』

その通りだ。
私は、何も見えていなかった。
ただ、周りの人々を傷つけ、苦しめるばかりの存在だ。


エリカは、振り絞るように懺悔する。
「本当に悪いのは私。カンナに、こんなことをさせてしまったのは、私です」


罪の意識に苛まれるエリカの耳に、彩奈の、静かな声が届いた。
「……だから、いいんですって。貴女が責任なんか負わなくて」

その声に、エリカは身を固くしながらも、彼女の顔を窺った。
彩奈の理知的な瞳が、真っ直ぐにエリカを見つめていた。


「……貴女は、ちゃんと泣けましたか?」


「……え?」
何を問われたのかがわからず、エリカは、赤いメガネの奥にある強い瞳を見つめ返す。

彩奈がしっかりと、彼女の震える瞳に応える。
「悠里が、言ってました。もし、私と親友でいられなくなったら、立ち直れない。それだけの苦しみを、自分はエリカさんに与えてしまったんだって」

いつの日かの、悠里との会話を思い返しているのか。
彩奈は伏し目がちに、ゆっくりと言葉を繋いだ。

「私も、同じように思います。もし親友が――悠里が、目の前から消えてしまったら……耐えられない」


――私もそんなふうに、素直に言えたら、どんなにいいだろう。
エリカは、心の奥でぼんやりと思う。

しかし彼女は顔を強張らせ、首を横に振る。
「……あいつは、許されないことをした。それを私が、許すわけにはいかないから」

苦しいなどと思ってはいけない。
弱音など吐いている場合ではない。

エリカは、頑なに言った。
「私には、償う義務がある」


その言葉を聞いた彩奈が、微苦笑を浮かべ、エリカを見つめた。
「……そうやって、あいつの罪を背負って。あいつの代わりに償おうとするのは。やっぱり、親友だからですよね?」

虚をつかれ、エリカは口をつぐむ。
エリカの強がりを掻き消すように、彩奈は言葉を重ねた。

「あいつは、貴女の親友なんですよね? だったら貴女は、素直に悲しんでいいと思いますよ」


エリカは、ただただ彩奈の顔を見つめた。

『許されないこと』だと、自分自身で蓋をした。
言ってはいけないと、気持ちを胸の奥に押し込んだ。


親友を、失った。
疑問、衝撃、何より、悲しみ。
見てはいけないと顔を背けた、自分の素直な気持ち。

エリカの脳裏に、親友と過ごした時間、笑顔の日々が溢れ出す――


カンナとは、高校のバスケ部で初めて出会った。
いつもパワフルな子だった。
ケンカをしたことも多々あるけれど、その分、互いの性格をよく理解できた。

たくさんたくさん、話をした。学校でも、放課後も。
お互いに、何度も家に行って、お喋りをした。
毎日一緒にいるのに、話が尽きなかった。
他の誰にも言えないことも、話し合った。
その度に心が近づき、理解し合えた気がした。

エリカにとって数少ない、本音で話せる相手だった。

エリカの心の機微を、誰よりも敏感に、察知してくれた。
落ち込みやすい割に、それを隠して、強がるエリカ。
でもあの子には、隠せなかった。
何かあれば、すぐに気がついた。
そして、全力で励ましてくれた。
傍にいてくれた。

エリカが、笑うまで。


カンナは、許されないことをしてしまった。

それでも、やっぱり。
あの子は、私の親友だった――


『貴女は、素直に悲しんでいいと思いますよ』


このことが起こってから初めて、自分の正直な気持ちに、寄り添って貰えた気がする……


唇をへの字に結んだままのエリカの両目から、とめどなく涙が溢れ出した。
蓋をして、見ないようにして、目を背けていた悲しみが、溢れ出した。
そして心の底から、理解した。


――いなくなっちゃった。
もう、親友だったあの子は、戻ってこないんだ。


溢れ出した悲しみは、暫くはとどまることを知らなかった。
エリカは必死に嗚咽を堪え、ハンカチで目を覆った。

ああ、みんなの前で、情けないなあ……

そう思いながらも、ようやく泣けたことに、安堵している自分もいた。


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