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第11話 翡翠解放団1

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 交易都市エルカバラードを象徴する一面として、荷運びをする生き物の種類の多さがあげられるだろう。

 東西の商品が並ぶ市場から少し離れた荷降ろし場に足を運べば、様々な色の毛並みをした駱駝(らくだ)に加えて、砂漠に適応するように品種改良された馬や象などの動物、さらには魔獣使いが調教した怪物などの姿も見える。これらの魔獣も荷運びや戦闘用に品種改良されている。

 例えば飛竜(ワイバーン)だけでも、翼が1対ではなく3対もある多翼型や2つの頭を持つ双頭型など、何十もの外見が異なるタイプが存在する。更に鱗や目の色の違いなどを含めれば100以上に分かれている。

「なんだか今日、朝方に地震がありましてね。魔獣も落ち着きが無いんですよ」

 奴隷商人エクノヴァールは、荷降ろし場を取り仕切っている男の一人の話を聞いて、仮面のような笑顔を浮かべながら問う。

「まさか、まだ用意できていないんですか?」
「いえいえ、そこはちゃんと用意しております。ですが、魔獣を落ち着かせる時に作業員の何人かが傷を負いましてね。その治療費なんぞ、いただけませんかね?」
「その程度の作業もできない者など解雇なさい。そのほうが経済的です。いやそれよりも、魔獣の餌にする方がいいでしょう」

 数の多い荷運び生物の中から、奴隷商人エクノヴァールが積荷を運搬するように選んだのはムシュフシュと呼ばれる魔獣である。

 ムシュフシュは馬と変わらぬ大きさの4足歩行の生き物で、角の生えた毒蛇の頭と長い首、獅子の上半身と鷲の下半身、蠍の尾を持った恐ろしい姿をした生き物だ。見掛け倒しではなく、外見以上の戦闘能力も有している。
 豹のように素早く熊のように力強い、そして全身は鋼のように硬い。
 口から吐き出される吐息には麻痺毒が含まれており、不用意に近づく者は全身の動きを封じられたまま嬲り殺されることは疑いない。
 戦闘能力と同じく持久力も申し分なく、特にムシュフシュにとっては砂漠の移動は最も得意とするところである。

 ただし性格は大人しいとはいえない。その本性は獰猛で残虐な魔獣であり、エルカバラードだけでも、毎年何十人もの調教師が食い殺されている。負傷者となれば、その10倍以上の数になるだろう。

「それよりも積み荷に傷をつけたりしていないでしょうね?」
「それはもちろん。どうぞ、ご確認ください」

 男は卑屈な態度で、エクノヴァールを馬車の用意している場所にまで連れていく。
 ムシュフシュが引く馬車の数は全部で16台。魔獣も同じ数だけ用意されていた。魔獣が引いているので、正確には馬車ではないのだが、適当な言葉が見つからない為「馬車」とする。

 馬車の積み荷は奴隷である。
 男女比は7対3で男のほうが多い。男奴隷のほとんどが力自慢のオーガやオークなどであるが、女奴隷はエルフやドライアドなどである。

 積み荷である奴隷以外にも、現地で売買を任させる奴隷商人と護衛たちがいる。

 冒険者20人とエクノヴァールの私兵30人だ。
 馬車1台につき奴隷30人と奴隷商人5人であるから、560人と10倍以上の数を守らねばならない。
 これは採算を合わせるための結果であり、旅の安全に万全を期すならばもう3倍の兵士が必要である。だが、エクノヴァールは商人であって軍人ではない。そして今回、彼は損失よりも利益を優先することにしていた。

「それでは護衛の方、よろしくお願いします」

 エクノヴァールは護衛を引き受けた冒険者たちの方を向き、仮面のような笑顔のまま軽く頭を下げる。紳士的な態度で口調も丁寧であるが、琥珀色の瞳には相手を軽く見るような蔑みの色がある。
 相手側もそれを理解しているのか「微力を尽くします」と儀礼的に頭を下げた。
 一方、小金を貰えないと悟った荷運び人は軽く舌打ちをすると、その場から離れてしまう。

「こちらは前金です。必要な食料や水は十分に積んでおりますが、どのように配分するのかは隊商長と相談してください」
「確かにいただきました。残りの報酬は無事帰還したら受け取りに来ます」
「契約の神ナジャフの天秤にかけて約束します」

 奴隷商人は冒険者にサイン済みの契約書を渡す。
 冒険者は契約書の内容を確認すると、首を縦に振る。

(イヴァ殿が翡翠解放団を潰せば、私は彼らのせいで使えなかったルートを使い、大きな利益を出すことができる)

 昨日、エクノヴァールは、冒険者ギルドを通じて、同盟者である〝|蟲の皇子(ヴァーミン・プリンス)〟が奴隷商人ギルドの依頼「翡翠解放団に対する処理」を引き受けるとの連絡を受けた。
 その話を聞いてすぐに、エクノヴァールは奴隷を売る目的ルートを変更することにした。翡翠解放団の所為で潰されたルートを、彼がそのまま乗っ取ることにしたのである。

 エクノヴァールは今年で25歳だ。
 奴隷商人ギルドの幹部から見れば、まだまだ若造に過ぎない。そんな自分が今の地位についたのは、何度も危険な賭けを行い、勝利してきたからである。

(今回は、分の良い賭けのはずですがね)

 笑顔を浮かべながら、エクノヴァールは同盟者の勝利を半ば確信していた。
 というのも2年前に、彼はダークエルフの少年と争い敗北している。その争いは金銭的なやり取りと少しばかりの流血を伴うものであったが、自分の才覚に自惚れていたエクノヴァールには衝撃的な出来事である。

 それからすぐに、イヴァの方から彼に接触してきた。
 自分のもとに来いというのである。
 敗北感に打ちのめされていたが、エクノヴァールは「私は誰の下にもつかない。だが、同盟者にならなっても良い」と答えた。

〝蟲の皇子〟は「わかった。それでいいよ」と返事を出して以来、奇妙な同盟関係は続いている。この関係は少なくとも、どちらかがつまずくまでは続くことになるだろう。

(万が一にも失敗すれば、彼も所詮それまでの男ということでしょう。まあ、それはそれでよろしい。厄介な同盟者が1人減ったということで、歓迎することにしましょう)

 エクノヴァールは心の中でほくそ笑む。
 どちらに転んだとしても、損のない取引であるはずであった。


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 エクノヴァールの奴隷商隊が出発するよりも早く、イヴァとペルセネアは砂漠に出ていた。
 目的地は当然、翡翠解放団のアジトである。

「アスナラーマ神の名にかけて、こんな移動方法は初めてだな」

 ペルセネアは背を伸ばしながら言った。

「この生き物の名前はなんだったか?」
「砂蟲(サンドワーム)だよ」
「ああそれだ。まさか蟲の腹の中に入って移動することになろうとはな」

 砂蟲は、砂漠に生息するミミズに似た蟲である。
 砂の中を泳ぐように移動しながら、地上にいる生き物を丸呑みしてしまう害虫で普通の大きさは3メートル前後であり、人間サイズの生き物であれば丸呑みにしてしまう事ができる。

 だがイヴァとペルセネアを飲み込んだ砂蟲の大きさは、その10倍以上、実に30メートルを超え、深海に住む大海魔(クラーケン)に匹敵する超巨大サイズである。
 黄金宮殿の地下にこのような化物が潜んでいると知ったら、豪胆な住民たちであっても肝を冷やすに違いない。

「灯りに不自由しないのは、白光蛍のお陰だよ」

 ダークエルフの少年はピンク色の肉壁にへばり付いている蛍を指差す。
 この蟲のお陰で、砂蟲の体内であるにも関わらず暗闇とは無縁である。もっとも、そのせいでグロテスクなピンク色の肉壁が、より不気味で淫靡に見えてしまうのは不可抗力というものであろう。

「まあ大砂蟲は大きいだけで、戦闘向きじゃない」

 イヴァは大砂蟲をそう評価する。
 この巨体は脅威ではあるが、逆に言えば巨体以外に取り柄もなく、性格は臆病で攻撃を受ければ即座に逃げ出すことは疑いない。充分な練度の兵団であれば逃げる前に倒せる。一般人には脅威であるかもしれないが、逆に言えば一般人でなければ充分に対処できるのだ。

「だけど移動には最適かな。特に今回みたいな場合はね」

 大砂蟲の体内には、イヴァとペルセネアの他にもいくらかの蟲が積まれていた。
 翡翠解放団と戦うために用意した戦闘蟲であり、その姿はいずれも嫌悪感を催すものである。と同時に、大砂蟲の体内は触手で作られた牢屋のようなものまで存在している。
 兵士の運搬と捕虜の輸送を、砂漠という環境で素早く行うには、たしかに最適かもしれない。もちろん、運ばれる相手が大砂蟲の体内に入ることを許容できるということが大前提である。

「お、そろそろ到着するね。流石に速いや」
「それじゃあ、ご主人様。手はず通りに」

 不敵な笑みを浮かべるペルセネアに、イヴァは「よろしく」と答える。
 大砂蟲はその一部を地表に現した。


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 奴隷解放を目的とする翡翠解放団は襲撃者としては優れていたが、襲撃を受ける側としてはそうでもなかった。少なくとも、突然襲い掛かってきた脅威に対して、即座に反応できる者たちはほとんどいなかった。

 まず剃刀蝗(レイザーローカスト)の群れが、翡翠解放団のキャンプ地を暴風のように襲い掛かってきた。
 その名の通り剃刀のような鋭い体を持つ蝗の大軍は翡翠解放団の天幕を引き裂き、中にいる者たちの肌と衣服を切り裂いていく。この攻撃で死んだ者はいないが戦闘不能になった者は多い。特に志願兵の半数が動けなくなった。

 蝗の猛威は数分ほど吹き荒れたが、カイウスという第11階位の魔法使いが突風の魔法で蝗の群れを四散させる。

 だがすぐに第2波が来た。
 2メートル程の赤い甲皮を持つ巨大蠍が60匹ほど、3列横隊を展開しながら足場の悪い砂場を平原のように進んできた。

 巨大赤蠍(ジャイアント・レッドスコーピオン)。
 一人前の戦士であれば一対一で戦っても勝てないことはないが、苦戦は避けられない。鋭い鋏は人間の体を紙のように切り裂くし、尾の毒針は「赤苦熱」という激しい痛みと高熱を出す毒を注入するのだ。そして蠍の堅い甲皮は滑りやすく、剣や槍などの攻撃で致命傷を与えるのは難しい。

 だがここで、翡翠解放団も反撃に転じる。
 指揮官であるゲイルは各部隊の長に素早く指示を出す。

「ルシアンは剣士隊と神官戦士団を率いて、押さえろ。その隙に側面攻撃を行う。第1騎兵隊は俺と来い、第2騎兵隊はヴォルガ、独立騎兵隊はレイナに従え」

 馬の被害はほとんどなかった。これは幸運などではなく、魔法による保護をしていたからだ。
 それならば剃刀蝗の被害にあった者たちは、なぜ魔法の保護を受けていなかったかと疑問を持つかもしれない。それは単純な話で、翡翠解放団の魔法使いたち全員でも保護ができる数は限られていたからだ。
 優先順位を討議した結果、志願兵よりも馬を保護することになった。ちなみに、指示を出す隊長格は最優先で保護されているので、指揮統率には問題はない。
 自由や平等を口にしようとも、上下関係や優先順位といった組織の問題は別の話なのである。そのことが理解できない、あるいは納得できない場合は、属している組織から離れるしかない。
 もちろん、実際に血を流して倒れた後でも志願兵が馬を優先することに納得したかどうかは大いに疑問である。

 それはともかく巨大蠍に対して、剣士隊と神官戦士たちは最初遠距離攻撃を行った。
 剣士隊といっても、弓やクロスボウなどが使えないわけではない。少しではあるがマスケットなども所持しており、矢や太矢、銃弾、さらには神官戦士たちの気弾などが蠍の群れに降り注ぐ。

 だが、蠍の丸みのある甲皮は遠距離攻撃をものともしない。

「くそ、遠距離攻撃は効果が薄い」
「総員白兵戦用意!」
「尾の毒に気をつけて、防御を固めろ」

 そして、互いに真っ向からぶつかり合う。
 剣士隊は攻撃よりも防御を重視して、巨大赤蠍の鋏や尾の猛攻をさばく。その隙に神官戦士達は、鉄の塊が先端についた棍棒メイスやフレイルといった打撃武器を振り下ろす。

 剣士隊30名と聖職者21名、合わせて51名。
 それに対して、第一列目の巨大赤蠍は20匹。

 一分後には、剣士隊13名、聖職者3名が戦闘不能となったが、巨大赤蠍は6匹が葬られた。しかし、すぐに第2列が加わり、翡翠解放団の前衛35名と巨大赤蠍34匹は壮絶な白兵戦を展開することになる。

 しかしその間に、騎兵隊は右側面に回り込んでいた。
 敵は前面の敵に対して集中する横隊に展開している為、側面からの突撃は破壊力が絶大になると思えた。

「突撃!」

 ゲイルは叫んだ。
 古来より、騎馬突撃は戦場の華である。
 騎兵槍(ランス)で突き刺し、馬の蹄で踏み潰す。特にゲイルの持つ騎兵槍には風の魔力が付与されており、大岩も粉砕する威力を誇る。この威力の前には巨大赤蠍の甲皮も、役には立たなかった。

 第1騎兵隊30名は馬蹄を踏み鳴らしながら、巨大赤蠍の後列を突き崩す。
 槍衾(やりぶすま)の防御もなければ、弓矢などの射撃武器による迎撃もない敵を蹂躙するなど容易いことである。
 巨大赤蠍は次々と踏み潰され、突き殺されて、あっという間に殲滅された。続いて、それまで戦闘を続けていた剣士隊がゆっくりと後退を始めると、第2騎兵隊30名が攻撃を開始する。死体の量産が終わると、すでに巨大赤蠍は数匹しか生き残っておらず、それも独立騎兵隊10名が葬った。

「この程度か」
「団長、新手が来ます。また蠍ですよ」

 ゲイルが呟くと、部下が報告した。
 見れば30匹程度の巨大な赤い蠍が突き進んでくる。

「剣士隊は負傷者が多数おります。ここは我らが対処した方が良いのでは?」
「そうだな。騎馬突撃の方が被害は少ない」

 解放団長は再び側面からの攻撃を命じる。
 今度は一息に葬ろうと、第1騎兵と第2騎兵を集めての突撃である。ただし、敵の伏兵に備えて、レイナの率いる独立騎兵隊には待機を命じている。

「同じ敵だ。同じように対処しろ! 突撃!」

 騎兵が風を切って殺到する。


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 紅大蠍(スカーレット・ビッグスコーピオン)。
 その姿は巨大赤蠍によく似ているが、よく見れば甲皮の色が鮮やかであり、赤というよりも紅に近く、尻尾の先端が針ではなく銃口のような穴が開いている。

 単純な戦闘能力は巨大赤蠍に劣るのだが、その欠点を埋めるような面白い特性を有している。身の危険を感じるとヘッピリムシのように刺激臭のある液体を尾の穴から噴き出すのだ。
 この液体が少しでも肌に触れたら、大抵の生き物は全身が麻痺してしまう。病弱な者ならばそのまま死んでしまうかもしれないが、馬に乗って戦える者であれば、半日程度動けなくなる程度で済むだろう。もちろん、その状態で襲われたらひとたまりもないのは確かである。

 何故このような説明をしたかといえば、ゲイルが騎兵を率いて突撃した蠍の群れが、この紅大蠍だったからである。当然ながら、身の危険を感じた紅大蠍は麻痺毒のある液体を噴き出した。

 馬には魔法の守りがあったので、剃刀蝗の攻撃よりも威力のないこの攻撃も完全に無効化したが、乗り手の方はそうはいかない。服の上から染み込み、目や口などから液体を浴びて、次々と落馬したのである。
 突撃した騎兵隊60名の内、52名もの騎手が戦闘不能となり、その内6名の不運な騎手が馬蹄に踏みつけられて死亡した。

「最初に囮で調子に乗せてから、本命で潰すのは基本だよね」

 と、ダークエルフの少年は呟く。
 彼は今、大砂蟲の体内から外に出て、戦場の様子を見下ろしていた。周囲には、禍々しい姿の巨大蜘蛛や毒々しい色をした芋虫、鍬形虫(くわがたむし)と蜂を混ぜ合わせたような羽虫などの姿が見える。

「これはペルセネアの言った通り、次で終わりかな?」

 騎兵を失ったことで、歩兵は恐慌状態に陥っているようである。
 紅大蠍は、尾の液体にさえ気をつければそれほどの脅威ではないのだが、どうも相手は戦力を過剰に評価しているようである。
 だが、まだ敗走していない。
 ギリギリのところで踏みとどまっている。

「一応、ダメ押しの用意だけはしておこうかな」

 ダークエルフの少年はとどめを刺す用意をすることにした。


  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ゲイルは毒液の効果を受けなかった。
 彼の手にした騎兵槍に付与された風の守りが、毒液を霧散させたからである。
 だが味方に深刻な被害を出してしまったことに、動揺を隠せないでいた。

「ゲイル! コイツらは接近戦で仕留めた方がいい。剣士隊を連れてきてくれ!」

 そう叫んだのは、ヴォルガという40代半ばの男であり、ゲイルの剣の師だ。
 彼は馬から降りて、自慢の双剣を手に紅大蠍を牽制している。

「落馬した奴らの癒しも必要だ。早く呼んでこい」
「だ、だが、貴方1人じゃ……」

 ゲイルの言葉を制するように、別の人物が声を出す。

「独立騎兵隊はまだ動けるし、毒液を浴びていない者たちもいるわ。この全員で抑えている間に早く! 動揺している兵を鼓舞できるのは、貴方だけなの!」
「レイナ……、すまん。すぐに戻る」

 解放団長としての責務を果たそうと、ゲイルは動揺する剣士隊の方に向かった。
 その間にも、紅大蠍と落馬していない騎兵たちとの戦いは始まっているのだが、敵の攻撃方法がわかってしまえば、大きな脅威ではない。ヴォルガは残る騎兵を下馬させて、騎兵槍ではなく近接武器に切り替えて戦うように指示を出す。

「毒液を出した後に隙ができる。その瞬間を狙って、一気に斬り込め」
「独立騎兵隊は射撃攻撃を行って、相手を牽制なさい。仕留められなくても、注意をそらすことができればいいわ」

 ヴォルガとレイナの指揮により、一時は優位に立った紅大蠍の群れは次々と数を減らしていく。互いに身を寄せ合って、密集隊形をとる蠍に対して、エルフの娘は馬上から魔法を放つ。

「רעם בואו אויב לירות」

 選択した魔法「雷撃」で、紫色の雷光が紅大蠍の甲皮を貫く。
 雷光は蠍の身体を貫通して、一気に6匹も仕留めることに成功した。

「よし!」

 歓声を上げると、次なる呪文を唱えようする。
 だが魔法が放たれるよりも前に、砂蟲が完全な不意をつくようにして砂の下から襲い掛かってきた。この砂蟲は、通常サイズであったが、それでも3メートル以上の大きさで、エルフを馬ごと丸呑みにしようとした。
 だが、レイナは馬から転がり落ちるようにして間一髪で回避する。哀れな馬は砂蟲に飲み込まれてしまう。見れば、独立騎兵隊10名の内、8名もの隊員が同じような攻撃を受けている。レイナと違い、彼らは砂蟲に馬ごと丸呑みにされてしまい、そのまま砂の下に引きずり込まれてしまった。

「ヴォルガさん、新手よ!」
「わかっている!」

 どうやら、少し離れたヴォルガたちの方にも砂蟲達は攻撃を仕掛けているらしい。砂漠を海のように動く砂蟲に対して、歴戦の戦士であるヴォルガは相手の攻撃を受ける瞬間を見切ってカウンターを叩き込んでいる。
 だが、他の者達はそう上手くはいかない。
 不意の一撃を受けて、1人、また1人と飲み込まれていく。

 レイナが援護を行おうとすると、その前に砂蟲が飛び出す。
 そいつは口を大きく開くと、なんと人間を吐き出したのである。まるで生まれたての胎児のように、砂蟲の粘液に身体をぬめらせながら、女はバラミア語で吐き捨てる。

「アスナラーマ神の名にかけて、この移動方法は快適とはいえないな」
「なっ、あ、貴女はいったい?」

 予想外の展開に、レイナは攻撃をためらう。
 レイナの言葉はスレヴェニアでよく使われているキリウス語なので、ペルセネアは相手が何を言っているのか理解できなかったが、半月刀(シャムシール)を引き抜いて言う。

「敵だ」

 偶然ではあるが、相手の問いに返答することができた。



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 砂蟲。
 砂漠を移動する時、この魔物に悩まされる者は多い。彼らは海を泳ぐかのように、砂地を泳ぎ、獲物の下から強襲を仕掛けてくるのである。この不意討ちを受けて、行方不明となる者は数え切れない。
 彼らは食べた獲物を、蛇のように長い時間をかけて消化するらしい。運良く救出されたとしても、食われて消化される恐怖で正気を失う者は少なくない。
 砂蟲が大量に生息する地域を移動する場合、有効な対策は現在3つほど存在している。
 1つ目は象などの巨大生物に乗って移動することである。砂蟲は一定以上の大きさの生き物は獲物として認識しない。2つ目は飛竜や魔法の絨毯など飛行することで地面に足をつけない方法だ。砂蟲は足音などの振動を感知して襲い掛かってくるので、この方法も有効である(ただし、砂蟲の地域を超えるまで飛び続けることができるかどうかは、個々の能力や性能次第である)。
 最後の3つ目は、砂蟲を飼いならして一緒に移動する方法である。砂蟲は共食いをしない種族であることが確認されている。それを利用して砂蟲の体内に隠れるようにして一緒に移動すれば、襲われる心配はないのである。4000年ほど昔から砂漠に暮らす遊牧民のいくつかは砂蟲を飼育することに長けており、彼らから乗り手を食べない砂蟲を買い取るのが良いだろう。砂蟲の体内に入り込んで、砂蟲を操る方法はコツさえ知っていれば数ヶ月で覚えることができる。
 ただしこの方法は、砂蟲を食べるロック鳥や砂漠赤鷹などに狙われるリスクも存在していることを忘れないように。

         ―― エルカバラードの冒険者ギルドにある張り紙 ――


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