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第6話
しおりを挟む煉獄団のボス、ヴィック・ドンレヴィは常識のある男だった。だから酒場はドアの隙間からのぞいただけで、変態どもの相手をしようとは思わなかった。
銃帯を手早く身につけ、愛用の帽子を目深にかぶる。娼館に残っていた部下を連れ、手近な武器と財産をかき集めた。それと女たちも。
もはや一杯の馬車に女の尻を押し込めながら、部下である御者が言った。
「ボス、女は置いてきやしょう! こんなんじゃ追いつかれちまう!」
それはそれで儲けものだ、とドンレヴィは常識的に考えていた。自分と腹心はそれぞれ馬に乗っていく。追手が馬車に構ううち、自分たちだけは逃げられる算段だ。
「俺のもんだ、連れていくに決まってる! 何やってやがる、とっととブチ込め!」
自ら馬車の横に回り、女の背を押そうとして。中から逆に、首根っこをつかまれた。暗い馬車の中から突き出す女の片手には、拳銃があった。
「ミスター。パーティは途中、お帰りにはまだ早いが」
低く張りのある声でそう言ったのは白人の女。豊かに伸びる金髪を太長い三つ編みにして、ドレスの肩に垂らしていた。
こんな女は娼館にいなかった。そう気づいて部下へ声を上げるより早く、むしり取るように髪を横からつかまれた。
耳元へ口を寄せ、息をかけながら女はささやく。
「ミスター、ミスター。みっともないぞ、女を前に取り乱して。せっかくの誘いだ、据え膳食わぬは男の恥だろう? それとも――」
女が持ち上げた銃の先が、ドンレヴィの帽子を落とす。銃口はそのまま下がり、冷たく顔をなぞった。額を、眉間を。鼻筋から頬に走る、ねじくれた傷跡の上を。そして髭の生える頬を通り、口の中へと。
「――駄々っ子め、贈り物がなければ嫌か? 代わりに髪型でも変えてやるか、あごから上ごとさっぱりとな」
気づいた部下たちが銃を向けるが。むしろ主人のような様子で、女は口を開いた。
「控えよ! ……ミスター、しつけがなっていないな? 奴ら、いやしくも主人に銃を向けているぞ? それより何より、この私にだ」
嘲るように眉根を寄せて、盾のようにドンレヴィを引き寄せる。銃を口から抜いて女は続けた。
「女どもは解き放て、お前と部下は来てもらう。私の代行者らが踊りたい様子だ」
「何なんだ……てめえは」
笑いもせずに女は言った。
「サンタクロース。五十九代目、聖ニコラウス。それが私の名だ」
生地の薄いドレスを片手で自ら引き裂く。その下には酒場で暴れる男たちと同じ、赤い衣があった。
取り出した赤い帽子をちょこん、と頭に載せ、真顔のままでニコラウスは言う。
「良い子ではなさそうだ、会ったこともなかろうが。先代殿と私は違う。去年のように見過ごしはせんぞ」
白煙の薄れかけた広間の中で、弾丸のなくなった回転式機関銃|《ガトリングガン》が軽い音を立てて回っていた。
「ハッハ、ヒィッハー!」
火薬の香りに酔うクリスが快哉を上げ、キッドも薄笑いを浮かべながら機関銃のクランクを未だ回していた。スラッシャーは血に染まった愛刀を見つめ、にたりにたりと笑っている。
酒場の壁は一、二階とも、虫の大群が食い散らしたように穴が開いている。血を流して床一面に倒れた男たちの中に、動く者は一人もなかった。
そのとき不意に、外れかけたスウィングドアが軋んで揺れる。
三人は即座に武器を取り直し、そちらへと向けたが。入ってきた女は怯みもせず、弾くような声を上げた。
「気をつけ!」
条件反射といえる速さで。三人の男は靴音も高く足を合わせ、姿勢を正した。
手を上げたドンレヴィと部下に銃を突きつけ、入ってきていたのは。聖ニコラウスと名乗った女だった。背筋を伸ばし、不機嫌にすら見える眼差しを投げかけて口を開く。
「まったく、イヴの夜に私ほどの不幸者はおるまい。部下の仕事がこれほど遅いとな」
変わらぬ姿勢のまま間髪入れず、三人が声を揃えた。
「押忍、長官殿!」
「たるんでおる。貴様らを拾い上げたのは見込み違いだったか」
どこか引きつった顔で三人が言う。
「押忍、|いいえ長官殿|《ノー・マム》!」
「ならば続けて唱和せよ、五十九代ニコラウス鉄誓|《てっせい》! 我ら血を以て」
一分の乱れもなく、声を揃えて三人が言う。
「血を洗いッ!」
ニコラウスは続け、三人が後を受ける。
「傷を増やし」
「傷を埋めッ!」
「罪を重ね」
「罪を清めんッ!」
三人の顔を順に見渡し、表情を緩めずニコラウスは続ける。
「我らこそ聖夜を駆ける者、幼子と乙女の守護者なり」
「我らこそ聖夜を駆ける者、悪徳と殺戮の殲滅者なりッ!」
「我らこそ聖夜を往く者、心打つ贈物の届け手なり」
「我らこそ聖夜を往く者、心撃つ弾丸の撃ち手なりッ!」
「そう我らこそ!」
「小隊結社ッ!」
四人は声を揃え、高らかに叫んだ。
「悪・ニコラウス!」
呆気に取られた、といった様子で。ドンレヴィらは手を上げたまま、横でそれを見ていた。
気にした風もなくニコラウスは言う。
「まあ良い、イヴの夜は長い。仕事の遅れも取り返せよう。さて代行者諸君、こうして私が直々に、あれらを連行したわけだが。どうしたいかね。許す、自由に発言せよ」
姿勢をそのままに、表情だけ崩してキッドが言う。
「もうたいがい撃ったスから……縛り首? それか馬で、死ぬまで引きずる? あ、いっそ町の奴に任せますか。どんな私刑考えつくっスかね」
クリスは何も言わず、それを聞いて眉根を寄せた。額にしわが入り、鼻が固くうごめいていた。
なまりのある言葉でスラッシャーがつぶやく。
「ああだこうだ言わんと、早よ殺ったらよかろうが……時間の無駄ぜよ」
ニコラウスはクリスを見る。
「どうした、提督。好きに述べよ、ただし鮫に食わすには距離があるぞ」
表情を変えず、クリスは重く口を開く。
「そうですな……さっさと一思いに――」
そのとき銃声が響いた、外から。同時にドンレヴィが肩を押さえ、うめく。
クリスらが外へ銃を向けた、その先にいたのは。壊れ落ちそうなスウィングドアの向こう、震えながら両手で拳銃を構える小さな人影。
「……死ね、詫びて死ね、死んでも、詫びろ……!」
ジョシュア・ウォーデン。かつてサンタに銃をねだった、今年サンタの死を願った少年だった。
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