上 下
3 / 9

第3話

しおりを挟む

 きよしこの夜も相変わらず、酒場サルーン “山獅子亭クーガーズ”は酒の匂いと煙草の煙、喧騒を辺りにまき散らしていた。板壁にいくつも掛けられたカンテラと、シャンデリアに灯る蝋燭ろうそくの光の下、男たちは飲み、食い、所構わず唾と噛み煙草を吐き捨てる。ある者は女を抱き寄せ、ある者は悪態を突きながら手にしたトランプをテーブルに叩きつけ、その向かいの者はにたにたと笑って賭け金を取る。そんな光景がカウンターでも、広間中のテーブルでも繰り広げられていた。男たちの腰には一様に拳銃が揺れ、テーブルや壁には無造作にライフルが立てかけられていた。

 ボスの右腕を自認する、ジム・ウィドックはカウンター席でグラスの中身をなめた。皿に置かれた七面鳥ターキーの腿肉にかぶりついてあらかた食らうと、骨にこびりついた肉を丹念に舌でこそぎ取る。蜘蛛足のように細長い指についた脂をなめ、革のベストで拭きながら言った。
「まったく、クリスマスらしいものといや七面鳥これだけだな」

 額に傷のあるバーテンダーが背を向けたまま、壁の鏡越しにウィドックを見た。
「あんたのおしゃぶり癖はいつもどおりですがね」

 昨年のクリスマスに店主を殺して以来、酒場は完全に煉獄団の根城になっている。店の者も団の一員だった。
 ウィドックは鼻で息をつき、紙巻シガレットに火を点けた。煙を吐き出しながら二階へ目をやる。一階の広間を囲む形の廊下にいくつかのテーブルがある他、奥には増築させた別棟へ続くドアがある。酒場につきものの娼館パーラーハウス――ここの場合は主に、略奪してきた女を売り飛ばすまでの味見場所――への入口だ。ボスも今はそちらにいるのだろう。自分も後で行くか、などと考えていたとき。酒場の出入口スウィングドアが、軋む音を立てて開かれた。

 ブーツの音も重く、入ってきた客の姿に。喧騒は波が引くように静まっていく。
 やがて足を止め、その男は口を開く。白い縁取りに彩られた赤い上下を着た、白髭の老人は。丸太のような腕で大きな袋をかついだまま、いわおのような顔をほころばせて。

「ホ~ホーホホ~ウ! 良い子のみんな、お待ちかねじゃ! サンタのおじさんがやって来たよぅ~!」
 男たちは動きを止めていた。誰も何も言わなかった。

 やがてウィドックは息を吹き、紙巻を吐き飛ばす。それに合わせたように、回りの者も吹き出した。ウィドックは喉を鳴らし、肩を揺する。笑いはやがて大きくなり、酒場全体に広がった。

 サンタクロースと名乗った男は満足げに髭をなで、にこやかに笑った。
「ホホ、ホッホホゥ。いやはやさてさて、チビっ子のみんなは元気じゃあのぅ。どうじゃ、この一年良い子にしておったか? 良い子にはさぁさお楽しみ、プレゼントがあるぞう!」

 驚きはしたが、ボスが余興に芸人でも雇ったのだろう。ウィドックは笑いながら席を立ち、サンタクロースの方へと歩いた。

「おいおい爺さん、家間違えてねえか。ここにゃいい子なんて一人もいないぜ」

 何言ってんだ、おれたちゃみぃんないい子ちゃんだぜ! おうさ、おりゃあお人形が欲しくてよ! そんな野太い声が回りから上がり、酒場女が笑って手を叩く。

 サンタクロースは嬉しげに眉を上げる。
「ホッホ、そうかそうかぁ、みんな良い子じゃあ。さてさてその前に、一つだけお願いじゃあ。おじさん、みんなに会いとうて会いとうての。急いできたもんで、すっかりお腹がペコペコじゃあ。クリスマスのごちそうを、おじさんにも分けてくれんかのぅ?」

 警戒するような顔を向ける者もあったが、ウィドックは笑った。近くのテーブルまで歩き、卓上の料理を示す。

 サンタクロースは袋を置くと両手をこすり、舌なめずりしてナイフとフォークを取った。
「ホッホゥ、ありがたやありがたや。さてさて、今日のメインデッシュは何かのぅ? 牛肉ビーフ? いいやノー――」

 ステーキ皿の上をナイフが通り過ぎる。フォークが別の皿に向けられ、しかしそれも通り過ぎた。
「――七面鳥ターキー? 違うなンノーオォォウ――」

 サンタクロースは変わらず笑っていたが。ウィドックはその片目が眼帯に覆われていることに気づいた。
 サンタクロースの笑みが消えた、いや。一層の笑みをたたえていた。獲物を前にした、肉食獣のような。

「――てめえらだイッツ・ユー腰抜けどもチキン

 振りかぶられたナイフとフォークが。ウィドックの脳天に突き立てられた。

 叫びながらウィドックは初めて聞いた、自分の頭蓋に、皮ではなく骨に何かが刺さる音を。それは鼓膜を通してではなく、骨を伝って直接耳の奥に聞こえた、こりり、ぺぎっ、と。その後何か、頭蓋の奥で柔らかい感触。
 そして。サンタクロースが抜き放った散弾銃が、自分の口に突っ込まれる。それがジム・ウィドックの見た、最期の光景だった。



 ナイフとフォークを突き立てた頭が、赤く粉々に吹っ飛ぶのを見た後。サンタクロースは即座に、分厚いオーク材のテーブルをつかんだ。

 男たちが腰の銃を抜き、サンタクロースへ向けててんでに撃つが。弾丸は全て、傘のようにかつぎ上げたテーブルに阻まれた。

 血の香りを消すほどに、辺りには火薬の匂いが満ちていた。互いの姿もおぼろげにしか見えない白煙の中、サンタクロースは背を向けたまま口を開く。
「おいおいクソども、急に曇ってきやがったな。どうやらにわか雨らしい。ずいぶんやわな雨粒だがよ」

 銃を向けたまま、男たちが声を上げる。
「てめえ何者だ、どこの差し金だ!」
「何しに来やがった!」

 サンタクロースは鼻で笑う。
可哀かえぇそうによ、頭が悪ぃのは見りゃ分かるが、目まで悪いときた。今夜が何の日か知ってんだろ? なら、見りゃあ分かんだろが」
「ふざけてんじゃ――」
 怒鳴る声をさえぎって続ける。
「俺はマジメさ、仕事に来たんだ。プレゼントを届けにな。これぞ賢者の贈り物、鉛玉をクソたっぷりとよ!」
 テーブルの陰から身を乗り出し、サンタは両手で銃を放つ。二連散弾銃の残り一発と、拳銃を連続で。

 何人かの者が倒されながら、男たちも銃を撃つ。ある者は立ったまま、ある者は床に伏せて、またある者は倒したテーブルの陰から。床に壁に弾丸が食い込み、流れ弾がカウンターに飛んで鏡を割る。
 やがて射撃音が止む。広間中に白く煙がこもり、互いに的が見えなくなったからだ。どころか、隣の者の顔すらおぼろげになる。

漂う煙の中、物音はせず。サンタクロースの隠れたテーブルの方にも動きはない。最前列にいた男は倒したテーブルの陰に伏せ、隣の者に言った。
「奴ぁ撃ち尽くしたはずだ……再装填リロードの音もしねえ。今なら踏み込める」
「ああ、そのとおりだ。冴えてんなお前」
 立ち込める煙の中でそう応じた、隣の者は。よくよく見れば、上下に真っ赤な服を着ていた。
「えっ……」
 ようやく理解した男が銃を向けるより早く。サンタクロースは相手の首根っこをつかむ。即座に引き寄せ、盾にした。他の者たちが放った弾丸からの。

 銃声が続く中、サンタクロースは再びテーブルに隠れる。盾にした男は体中を血に染め、それでも生きてうめいていた。片手で男をつかんだまま、サンタクロースは細巻をくわえる。その先を男の方へ突き出した。
「ん」
 男は魚のように口を開け閉めし、目だけで相手を見た。
 とたん、サンタの顔が歪む。
「使えねぇ……点けろっつってんだ火をよ!」
 音を立て、頭を床へ叩きつける。それきり男は動かなくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ハード・デイズ・ナイト

かもめ
キャラ文芸
仕事を探す無職の青年。ようやく掴んだまともそうな会社の面接の前夜。青年は街を脅かす連続猟奇殺人事件の犯人と邂逅する。 現代の地方都市を舞台にした伝奇風味のファンタジー。

今日からユウレイ〜死んだと思ったら取り憑いてた⁉︎〜

さこゼロ
キャラ文芸
悠木玲奈は気が付くと、 とある男性の部屋にいた。 思い出せるのは、迫り来る大型トラックと、 自分の名を呼ぶ男性の声。 改めて自分の様子を確認すると、 その身体は透けていて… 「え⁉︎ もしかして私、幽霊なの⁉︎」

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼
キャラ文芸
「俺の夢は人を感動させることの出来るおもちゃを作ること」そう豪語する木村隆志(きむらたかし)26才。 彼は現在中堅家電メーカーに務めるサラリーマンだ。 しかして、その血統は、人類救世のために生まれた一族である。 想いが怪異を産み出す世界で、男は使命を捨てて、夢を選んだ。……選んだはずだった。 だが、一人の女性を救ったことから彼の運命は大きく変わり始める。 愛する女性、逃れられない運命、捨てられない夢を全て抱えて苦悩しながらも前に進む、とある勇者(ヒーロー)の物語。

処理中です...