1 / 13
第1話 袴(はかま)とスカート
しおりを挟む袴を普段着にしたいよね、ということで、僕ら二人の意見は一致した。
とはいえ、すでによく履いてはいる。一日に二時間やそこらは。何なら今も履いている、僕らは。
たとえ肩車して竹刀を振るったとして、決して届かない高さの天井の下。広い板敷きの間に、床を踏み割るかのような彼の足音が響く。竹刀を振るって飛び込んだ、踏み込みの音。
武道場にはもう、他に誰もいなかった、隣の畳敷きのスペースにいた柔道部も先に帰っていた。居残り練習につき合ってくれた、彼と僕だけがいた。その練習も終えて片づけるところだ、防具は二人とも外している。
木製の格子の向こうにある窓、蛍光灯の光を反射するガラスの向こうに見える景色は、すでに黒一色。宇宙のように隔絶された黒。
彼は踏み込んだ先で足を継ぎ、足を継ぎ。やがて残心を――技を放った後相手に向き直り、構え直す動作を――取った後。身を反らせ、竹刀を持ったままの片手を上げて大きく伸びをした。
それからもう片方の手で、黒髪の荒く波打つ頭をかく。
彼は竹刀を肩にかつぐ。片手で、ばさ、と音を立て、袴の裾をさばく。そうして膝辺りの生地をつまみ、しげしげと眺めた。
「まあ普段着は無理にしてもよ。やっぱり袴だよな袴……この開放感、動きやすさ、それでいてこの端正なフォルム……正に武士、侍の装束……いい……」
僕もまたうなずき、眺めた。彼のつまみ上げた袴を、そして。彼自身を。
袴をつまむ骨太な手。汗に湿り、その色を濃くした藍染の道着。けして太くはないが、ぎちりとした筋肉を具えた、侍の体格。
いつも何かに挑んでいるような鋭い目つきは、今だけは緩められ。手にした袴に注がれている。
「うん。いいよね。美しいよね」
僕は彼を――袴ではなく彼を、気づかれないように――見ながらそう言い。
それからその場でくるくると回り、自らの袴の裾をひらめかせた。
彼の履く袴は、侍の装束として美しくて。
僕自身が履く袴のことは、別の意味で好きだった。
動きにつれて、ふわり、となびくその装束は、
まるで、丈の長いスカートのようで。僕自身は決して履けない、スカートのようで。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
竜王妃は家出中につき
ゴルゴンゾーラ安井
BL
竜人の国、アルディオンの王ジークハルトの后リディエールは、か弱い人族として生まれながら王の唯一の番として150年竜王妃としての努めを果たしてきた。
2人の息子も王子として立派に育てたし、娘も3人嫁がせた。
これからは夫婦水入らずの生活も視野に隠居を考えていたリディエールだったが、ジークハルトに浮気疑惑が持ち上がる。
帰れる実家は既にない。
ならば、選択肢は一つ。
家出させていただきます!
元冒険者のリディが王宮を飛び出して好き勝手大暴れします。
本編完結しました。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる