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第五十七話 お色直しは無理やりに
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――――て、まだ前回の話続いてますか⁉
「ローゼさんの胸に恨みをいだいているのは、わたしだけではないと思いますよ」
エミリアはパーに開いた両手を高々と掲げて、間の抜けた阿呆のように続けて叫ぶ。
「わたしは、そんな悩める女の子たちを救い導くスターレッツになるのだぁ⤵」
カトワーズ「その意気だ」と手を叩いてはしゃぐ。「ローゼちゃんも奴隷冥利に尽きるな。こんな良い貴族の令嬢がいてくれて」
何が良いんだよ。
「何が良いって、奴隷としての華々しい終末を考えていてくれるんだからね」
そこへ店の者が優雅な歩みでやって来た。待ってました、とばかりにローゼが微笑む。太陽の斑流模様のような純金製の栓が抜かれて、デキャンタからワインとジュース(エミリア用)が注がれる。でもローゼには注がれない。
「あれ? わたしのは?」とローゼが訊くと、「当店、奴隷様は入店禁止でございます」と返ってきた。
奴隷様ってなんだよ。口のきき方は綺麗だけれど、ひどい扱いだな、おい。
無言で微笑みあってグラスをあげるエミリアとカトワーズ。飲み終わってエミリアが言った。
「あー可笑しかった。ローゼさんの花の女人生談義もそろそろお終いにして、ホテルに帰りましょうよ」
ズタボロだよ、わたしの人生。散っちゃってるよ。枯れた花道。散々弄びやがって。
ため息をつきつつ一緒に帰ろうとするローゼであったが、ここからが転落人生の始まりである。カトワーズに見捨てられたローゼ、もう悲惨。人権って本当に大事だと痛感する。食事代を払わず出ていく一行。宿泊したこの間のホテルではそれで良かったのに、今回ばかりは止められる。ローゼだけ。
「金貨三十五枚と金チップ(金貨の十分の一の価値)八枚でございます」
「へ? カトワーズの後払いじゃ?」
「まさか」と支配人。続けて「奴隷のくせに」と付け加えた。「それと、奴隷入店禁止の規約違反料として、金貨十枚置いていってください」
ローゼがカトワーズたちを見やると、無視してすたすた歩いていく。
「わたしは奴隷じゃない!」とローゼ言い張って「人権問題で訴えてやる」とのたまく。すると、「あ、これは失礼いたしました」と支配人。「本当に申し訳ございませんでした」と頭を下げる。
睨んだのが良かったのか?
「さあ、こちらに」と通された部屋は客の奴隷の待合室女部屋。相部屋だけれど奴隷の部屋としてはとても良い部屋。さすが富豪の奴隷は扱いが違う。
「さあ、これに着替えてください」と支配人がローゼに何やら渡す。
渡されたの、なんかチクチクする。広げると粗末な素材の貫頭衣。これ、麻袋に穴開けただけじゃん。
「失礼なこと言わないでください」とムッとする支配人。「これは土嚢袋でございます」
余計ヒドイよ。よく見ると土ついてるじゃんか、使用済みかよ。失礼どっちだよ。
「あっ、確かに」と支配人。ようやく気がついてくれたようだ。
「荒縄の首飾りはサービスです」と渡してきた。
「失礼お前だよ!」と首飾り(?)を支配人の顔にビタッ、と叩きつける。
意に介さない支配人、左右の後ろを交互に見やって、「おい」と言いながら手のひらを叩く。ホテルの女奴隷がたくさんやって来て、ローゼを待合室に押し込んで扉を閉め、無理やり土嚢袋の貫頭衣に着替えさせる。
ペッ、と相部屋から吐き出されたローゼに向かって、支配人が「ドレスはマーキン様にお返ししておきます」と淡々と言う。
ローゼは憤慨して、必死に訴えた。
「何この扱いの違い。この部屋の人たちと違いすぎる!」
「あなた、マーキン様の奴隷なんですか?」
「違うけど」
「マーキン様ほどのお方の奴隷なら田舎男爵(一人部屋)くらいの扱いは致しましょうが、違うのであれば話になりませんな。誰かご主人様がいるならいざ知れず、いないのであれば、あなたはただの野良奴隷です」
ガーン! 野良奴隷っていったい。
さすがのローゼも頭にきたぞ。これ以上やられっぱなしでなるものか、と超キレ気味に支配人に詰め寄った。
「ミッドエルの国民にこんなことしたら、いくらカルデだってただじゃすまないわ。ロッツォレーチェの王室が黙っていないわよ」
「でしたらパスポートをご提示ください」
「パスポ――やばっ! 忘れた……」
持って来てない。カトワーズと一緒だと全て顔パスだし、手続きが必要な場合もお付きの人たちがやってくれるから、ノンストップ完全スルー。だから荷物は全部ホテルだ。
それ見たことかと言ったふうに、鼻で息を吐いた支配人。
「ごらんなさい。何も持っていないじゃありませんか」
この小説、下ネタ変態ファンタジーだから気がついていない人もいるかもしれないが、けっこう悲惨な世界である。力こそ全ての世界。特に東の亜大陸は人権も何もあったもんじゃない。一代で築かれた小国が乱立し、建国翌年には滅ぼされているなんてざらなのだ。
滅ぼされた国の人々は違う国に逃げれば良いのだが、滅んだ国の国籍なんて認められるわけないし、ましてやすぐに市民権や国籍を与えてくれるなんてことは滅多にない。治安を守るために町を囲う城壁の内側に入れてもらえないこともままある。
だから、滅ぼされた国の人々は、とりあえず近くにいる山賊の中で力のある者たちに庇護を求める。城壁の外は山賊化した者たちが力をしのぎ合う世界で、力のないものはより強いものに征服されていく。やがて豪族化して再び国家建国の夢を見て滅ぶ、の繰り返し。
大抵の奴隷は生かさず殺さずこき使われて悲惨な末路を辿るのだが、良い主人を見つけて正規の奴隷契約を結べば、そこそこ良い生活を送ることが出来る。王侯貴族にとって奴隷の数は力の象徴だし、奴隷の生活水準が高ければ高いほど、周りから高く評価される。一種のステータスなのだ。それに最近は解放奴隷に国籍を与えて国力を増すのがトレンドになっている。もちろんそれまで人権は微塵もないし、大半の奴隷は奴隷のままおわるのだが。
パスポートさえあればただの旅人として扱われるローゼであったが、それが示せない以上、今は存在価値すら認められない。もちろん不法滞在状態。それでも逮捕されないのは、カトワーズの知り合いだから。
「ううう~、今のわたしは奴隷以下か……」
ローゼが何を言っても結局聞き入れてもらえず、お金(食事代と罰金)を支払わされた。まあ、カトワーズのおもちゃ箱からもらったやつだけれど。
路地裏に放り出されたローゼは、とぼとぼとホテルに戻る。すっごい悲しい。超豪華なディナーの思い出も全部吹っ飛ぶ。一瞬の内に。しばらくしてホテルの前についたローゼ、もちろん一人では中に入れませんでした。
「ローゼさんの胸に恨みをいだいているのは、わたしだけではないと思いますよ」
エミリアはパーに開いた両手を高々と掲げて、間の抜けた阿呆のように続けて叫ぶ。
「わたしは、そんな悩める女の子たちを救い導くスターレッツになるのだぁ⤵」
カトワーズ「その意気だ」と手を叩いてはしゃぐ。「ローゼちゃんも奴隷冥利に尽きるな。こんな良い貴族の令嬢がいてくれて」
何が良いんだよ。
「何が良いって、奴隷としての華々しい終末を考えていてくれるんだからね」
そこへ店の者が優雅な歩みでやって来た。待ってました、とばかりにローゼが微笑む。太陽の斑流模様のような純金製の栓が抜かれて、デキャンタからワインとジュース(エミリア用)が注がれる。でもローゼには注がれない。
「あれ? わたしのは?」とローゼが訊くと、「当店、奴隷様は入店禁止でございます」と返ってきた。
奴隷様ってなんだよ。口のきき方は綺麗だけれど、ひどい扱いだな、おい。
無言で微笑みあってグラスをあげるエミリアとカトワーズ。飲み終わってエミリアが言った。
「あー可笑しかった。ローゼさんの花の女人生談義もそろそろお終いにして、ホテルに帰りましょうよ」
ズタボロだよ、わたしの人生。散っちゃってるよ。枯れた花道。散々弄びやがって。
ため息をつきつつ一緒に帰ろうとするローゼであったが、ここからが転落人生の始まりである。カトワーズに見捨てられたローゼ、もう悲惨。人権って本当に大事だと痛感する。食事代を払わず出ていく一行。宿泊したこの間のホテルではそれで良かったのに、今回ばかりは止められる。ローゼだけ。
「金貨三十五枚と金チップ(金貨の十分の一の価値)八枚でございます」
「へ? カトワーズの後払いじゃ?」
「まさか」と支配人。続けて「奴隷のくせに」と付け加えた。「それと、奴隷入店禁止の規約違反料として、金貨十枚置いていってください」
ローゼがカトワーズたちを見やると、無視してすたすた歩いていく。
「わたしは奴隷じゃない!」とローゼ言い張って「人権問題で訴えてやる」とのたまく。すると、「あ、これは失礼いたしました」と支配人。「本当に申し訳ございませんでした」と頭を下げる。
睨んだのが良かったのか?
「さあ、こちらに」と通された部屋は客の奴隷の待合室女部屋。相部屋だけれど奴隷の部屋としてはとても良い部屋。さすが富豪の奴隷は扱いが違う。
「さあ、これに着替えてください」と支配人がローゼに何やら渡す。
渡されたの、なんかチクチクする。広げると粗末な素材の貫頭衣。これ、麻袋に穴開けただけじゃん。
「失礼なこと言わないでください」とムッとする支配人。「これは土嚢袋でございます」
余計ヒドイよ。よく見ると土ついてるじゃんか、使用済みかよ。失礼どっちだよ。
「あっ、確かに」と支配人。ようやく気がついてくれたようだ。
「荒縄の首飾りはサービスです」と渡してきた。
「失礼お前だよ!」と首飾り(?)を支配人の顔にビタッ、と叩きつける。
意に介さない支配人、左右の後ろを交互に見やって、「おい」と言いながら手のひらを叩く。ホテルの女奴隷がたくさんやって来て、ローゼを待合室に押し込んで扉を閉め、無理やり土嚢袋の貫頭衣に着替えさせる。
ペッ、と相部屋から吐き出されたローゼに向かって、支配人が「ドレスはマーキン様にお返ししておきます」と淡々と言う。
ローゼは憤慨して、必死に訴えた。
「何この扱いの違い。この部屋の人たちと違いすぎる!」
「あなた、マーキン様の奴隷なんですか?」
「違うけど」
「マーキン様ほどのお方の奴隷なら田舎男爵(一人部屋)くらいの扱いは致しましょうが、違うのであれば話になりませんな。誰かご主人様がいるならいざ知れず、いないのであれば、あなたはただの野良奴隷です」
ガーン! 野良奴隷っていったい。
さすがのローゼも頭にきたぞ。これ以上やられっぱなしでなるものか、と超キレ気味に支配人に詰め寄った。
「ミッドエルの国民にこんなことしたら、いくらカルデだってただじゃすまないわ。ロッツォレーチェの王室が黙っていないわよ」
「でしたらパスポートをご提示ください」
「パスポ――やばっ! 忘れた……」
持って来てない。カトワーズと一緒だと全て顔パスだし、手続きが必要な場合もお付きの人たちがやってくれるから、ノンストップ完全スルー。だから荷物は全部ホテルだ。
それ見たことかと言ったふうに、鼻で息を吐いた支配人。
「ごらんなさい。何も持っていないじゃありませんか」
この小説、下ネタ変態ファンタジーだから気がついていない人もいるかもしれないが、けっこう悲惨な世界である。力こそ全ての世界。特に東の亜大陸は人権も何もあったもんじゃない。一代で築かれた小国が乱立し、建国翌年には滅ぼされているなんてざらなのだ。
滅ぼされた国の人々は違う国に逃げれば良いのだが、滅んだ国の国籍なんて認められるわけないし、ましてやすぐに市民権や国籍を与えてくれるなんてことは滅多にない。治安を守るために町を囲う城壁の内側に入れてもらえないこともままある。
だから、滅ぼされた国の人々は、とりあえず近くにいる山賊の中で力のある者たちに庇護を求める。城壁の外は山賊化した者たちが力をしのぎ合う世界で、力のないものはより強いものに征服されていく。やがて豪族化して再び国家建国の夢を見て滅ぶ、の繰り返し。
大抵の奴隷は生かさず殺さずこき使われて悲惨な末路を辿るのだが、良い主人を見つけて正規の奴隷契約を結べば、そこそこ良い生活を送ることが出来る。王侯貴族にとって奴隷の数は力の象徴だし、奴隷の生活水準が高ければ高いほど、周りから高く評価される。一種のステータスなのだ。それに最近は解放奴隷に国籍を与えて国力を増すのがトレンドになっている。もちろんそれまで人権は微塵もないし、大半の奴隷は奴隷のままおわるのだが。
パスポートさえあればただの旅人として扱われるローゼであったが、それが示せない以上、今は存在価値すら認められない。もちろん不法滞在状態。それでも逮捕されないのは、カトワーズの知り合いだから。
「ううう~、今のわたしは奴隷以下か……」
ローゼが何を言っても結局聞き入れてもらえず、お金(食事代と罰金)を支払わされた。まあ、カトワーズのおもちゃ箱からもらったやつだけれど。
路地裏に放り出されたローゼは、とぼとぼとホテルに戻る。すっごい悲しい。超豪華なディナーの思い出も全部吹っ飛ぶ。一瞬の内に。しばらくしてホテルの前についたローゼ、もちろん一人では中に入れませんでした。
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