DEVIL FANGS

緒方宗谷

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第五十二話 出てこないけど誰かは見ていた

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 戦闘再開。ローゼ圧倒。
 仕切り直しとばかりに、二歩三歩と後退りをするルイス。
 「どうやら本気でやらねばならないようだな」と言ってサーベルを構えなおす。
 珍しい、と思えるほどに長いサーベルは、ほとんどツーハンドソード並み。片手剣なのでグリップは多少短めだけれど、それでも普通の片手剣と比べて少し長め。左手を添えて持つくらいだったら、両手剣としても申し分ない。
 ローゼは少し緊張した。あのサーベルを片手で操る腕力は侮れない。それを両手で持って上に掲げている。“フォムターグ”というやつだ。上段からの突きを狙うローゼを迎え撃つ気なのだろう。ローゼ、下段から切り上げようとする構えに変えてフォアパスステップ。ルイスはサーベルのポメルを頭のてっぺんに据えて“屋根の構え”に変える。振り上げられたレイピアを迎え撃って叩き折る気か。もしかしたら、ローゼをレイピア諸共一撃のもとに葬ろう、としているのかもしれない。
 ルイスの方がリーチが長い。ローゼはルイスの射程のギリギリ外にいたが、ローゼは敢えて一歩踏み出した。今の距離では打ち込んでも届かないからだ。
 息継ぎもできない緊張が二人の間を支配している。
 コツン、と音がしてルイスが上を見た。ローゼも「ん?」と拍子抜け。その瞬間ボトリと何やら落ちてきた。チョーでっけー蜂の巣来襲。ハニカム構造顔面全面衝撃吸収そんでもって卵も割れない。意味不明。
 「ぎゃー」とのた打ち回るルイス。走り回るが全身刺されて、もうボコボコ無残残骸なひどい有様、悲惨極まりないそのさまに、敵ながら同情するよ。倒すチャンスなんだけれども、ローゼも誰も近づけない。兵士もマフィアも助けられない。
 だいぶ時間が経ってから戻ってきたルイス。
 「ぐぅ~、こんなトラップを仕掛けているとは」
 しかけてねーよ。超自然現象だよ。
 激怒したのか、型も忘れて無秩序に剣を振るってローゼを攻め立てるルイス。後ろに飛びぬけたローゼを追って、一直線に疾走してきた。右ネバフット(下段後方)に構えている。大きく切り込む気だ。バインドしたらレイピアが折れる。サーベルに剣身を添えて軌道を変えて、カウンターで刺突する――――までいかなかった。ルイス、だいぶ手前で首つり死体。
 何があったの? スローリプレイ。突っ込んでくるルイス。カウンターしやすい位置にレックス(右)ステップしたローゼ。もちろんルイスも方向転換。その先には枝から垂れたU字の蔓。「ぐえっ!」頸椎折れた? 一瞬でおだぶつ。
 ややあって――
 「なかなかやるな」ルイスが首をさすりながら、笑みを浮かべた。
 「わたし何にもしてませんけど?」
 ロングレンジから大きく踏み込んだルイス、「しまったっ」と声をあげるローゼ。ずっこけ気味でしてやられた。完全に位置を取られる。誰が見てもローゼの敗北決定的。
 しかしルイス、馬糞踏んづけズルリと滑る。自分に覆いかぶさるように転倒してきたので、ローゼ咄嗟に頭をあげてチョーパンかます。
 猛烈な勢いで鼻血を吹き散らすルイスを仕留めようとするローゼだったが、奮戦する敵が偶然蹴とばしたさっきの蜂の巣がローゼの頭の上に飛んできた。咄嗟にレイピアではたき落すも、まだ残っていた蜂と戦闘開始。全部突き落すまで時間がかかった。その間にルイス復活。
 うんこべっちょりの靴底で部下の靴の甲を踏みつけて、ゴシゴシ拭う。
 「少佐、うんこ踏んだんですか?」と不意に足を踏まれた兵士が言う。
 「いや、違うよ」
 何嘘ついてんだよ。ばれるだろ。臭いあるし、思いっきりうんこつけてんじゃん。目視容易で丸分かり。よくこんな上官についてきたな。反乱したら? もう裏切った方がいんじゃね?
 「でも少佐はとっても悪運が強いんですよ」とローゼの相手をしていた兵士。「どんな有利な戦いも勝ったことがないんです」
 全戦全連敗? それ、悪運て言わなくね?
 「どんな簡単な作戦でも遂行できたためしがないんです」
 それ、指揮官として無能過ぎ。
 「それでもって性格があれだから、負け始めるとすぐに逃げ出すんです」
 命かけたくない上官だな。
 「いえ、真っ先に逃げてくれるものだから、我々も気兼ねなく逃げられます」
 撤退戦は悲惨だぞ?
 「でもなぜか今までの戦争で戦死者ゼロ。出世は無いけど死亡も無し」
 それスゲー。スゲーけどローゼ疑問。「軍隊でそれ良いんですか?」横流ししている愚連隊なら、死も恐れない屈強揃い。そんなはずじゃないんかい?
 「そういうやつらは、みんな抜けました。だって、仕掛けた罠に自分でハマったり、包囲した少ない敵に逆に囲まれたりして、スッゲー格好悪いって笑い者」
 だよね、当然だよね。つまりあんたら出世街道外れたやさぐれ者か。
 「でも金はガッポガッポです」
 へぇ意外、ちゃんとわけまえあるだね。
 「ないですよ、だってちゃんと成功したためしないですもん。ただ、少しできた取引も大抵金の入った袋ごと落とすんです。上手く気付かない数だけ」
 上手くねーから。
 「面白話はそこまでだ」とルイスが言って戦闘再開。これお前の話だかんね。面白おかしく語られているのお前だかんね、とローゼへきへき。
 すっごい実力差があるはずなのに、いつまで経っても倒せない。だんだんローゼは不安になってきた。才覚ゼロのあの男に、負けたらわたしどうしよう。ある意味最強? 最凶? 最悪運。ほとんど呪われてんじゃないの? というほどの。
 「もしかしてわたし勝てないのでは?」とローゼ焦り始めた。
 激しく攻め立てるルイスが叫ぶ。
 「女、レイピアさばきにキレがなくなってきたんじゃないか?」
 言い当てられた。レイピアは見た目の細さと裏腹に結構重い。百センチの剣身に重さ一.二キロ。さすがのローゼも、右肩が疲れてとっても痛い。切先の向きも下がってきている。
 「そのレイピア、よく見るとなかなか業物のようだ。僕がいただいてやろう」そう言ったルイスは、「おい」と部下を呼ぶ。「生け捕りにしろ」
 「あんた、結局わたしが怖いのかしら?」と、ローゼは一騎打ち継続を打診するが乗ってこない。
 「縛り上げて、あの馬車の中でお楽しみさ」ルイスが下劣にほくそ笑んだ。
 なんてやつだ。性格最低のクズ野郎。
 「あーはっはっはっはっ――ぐぅえぇっ」
 高笑いをあげる最中、天から降ってきた鳥のフンが、ルイスのお口の中にぽとりとホールインワン。“いやなら死ねばいいさ。――さあ、そのレイピアで自ら死んでみたまえ”言うはずが、「‼‼‼‼~~飲み込んじまったっ、ぐえぇっ、ぐえぇっ」
 吐き出そう、と必死の形相。でも後の祭り。
 今の内に、と走るローゼ。
 「エロ野郎は串刺しにしてやる」
 あと数センチというところで、むき出しになった根っこに足を取られたローゼが転ぶ。
 「何でわたしが⁉」
 振りかぶるルイス。もうだめだと覚悟を決めたローゼだったが、サーベルが枝に当って手からすっぽ抜ける。ローゼは、すかさず立ち上がってチョーパンをかまし、振り下ろそうとしたままの右手に自身の右手を絡ませた。相手の手首に自分の手首を引っ掛けてキーロックする。左手をお互いの腕の隙間に通して四の字固め。そのままねじって回し倒す。
 ミッドエル発祥の武装格闘術。初めて見る投げ技にエミリアびっくり。
 受け身も取れずに背中から倒れ転げたルイスの股間めがけて、ローゼは思いっきりかかとを踏み下ろす。
 けっこうな時間悶絶したルイスはなんとか立ち上がって、右手でまたぐらを押さえて、ヨタヨタ迫る。ローゼは、自分の前に出してきた左手を掴んでアウトサイドから懐に踏み込み、トンカチの如くポメルで顔面を叩く。衝撃から立ち直る前にそのままアームバーに持ち込んで引き倒した。
 綺麗なステップを踏んで疾駆前進しつつ左手殺撃(切っ先を手のひらのラメラ部分で握る)にレイピアを持ち替え、パスって(ステップ)破甲衝(ポメル殴打)。一瞬でリーチが伸びた上に突きから振り下ろしにスイッチングしたローゼの攻撃にルイスは反応できず、モロ直撃。レイピアを右手に持ち直したローゼは、起き上がろうとしたルイスの鼻先に切先を突きつける。ついに終局か。兵士もマフィアも、エミリアとカトワーズに全員倒された。



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