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鬼胎
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お兄さんは、持っていた無料のバイト誌を丸めて、地面を叩いた。バシッ、バシッ、と何度も叩いた。僕が黙っていると、お兄さんは、頭のてっぺんを九十度横に倒して、横目で僕を睨み上げた。「盗んだよなぁ」「いえっ」僕は答えた。膀胱が震える。おしっこがしたくなった。足も震えていて、その振動でおしっこが漏れてしまいそうだ。
お兄さんは言った。
「この国はどうなっているんだろうなぁ。この日本って国はよぉ」バシッと地面を叩く。「俺は一所懸命働いていたんだぜ、最低賃金でよー。サービス残業もしたし、休日にも出たし、欲しくもねーおもちゃも買わされたりしてよぉ」また地面を叩いた。僕はその度にビクッとすくみ上った。
お兄さんは続けた。
「お前はいいところのお坊ちゃんだろ、え?」「いえ」僕は答えた。お兄さんは、少しの間黙って、また口を開いた。
「嘘こけよ。そういう匂いがプンプンすんだよ。あの連れのお友達、あいつ社長の息子だってよ。俺に自慢しやがった。俺が会社つぶれて路頭に迷うって時によ、誕生日プレゼント買ってもらっていやがった。あいつ『この店つぶれるんでしょ』だって。笑って言いやがった。許せねーよな」
僕が黙っていると、お兄さんは大きな声で、「許せねーよな!?」と僕に訊いた。更に黙っていると、「なっっ!!?」とまた訊いてきた。だから僕は、「はい」と答えた。
口を少し開けて何かを考える様子のお兄さんが、丸めた情報誌で僕の頭を叩きながら言った。
「殺してくれる?」
「いえ」
「だよな。冗談」バカっぽくにやける。そして、普通な口調で言った。
「ガスガン盗んだのはいいよ。どうせつぶれて捨てるだけのしろもんさ。だけど、本体だけ持っていても仕方ないだろうなって思って、いつかお前に会えるって奇跡があったらあげようって思って、これ持っていたんだ」お兄さんは、リュックからマガジンを取り出した。
僕は、マガジンの現物を見るのは初めてだったけれど、これは本物だって直感で分かった。間違いなくあのアレスのマガジンだ。
「やるよ」お兄さんが言う。僕は、お兄さんの目を見て、「ありがとうございます」と言った。僕の目を見つめ返してきたお兄さんははにかんで、「このガスガン、昔のだから特殊でさ。代替ガス缶やエアガン用のタンクが使えねーのよ。だからほら――」お兄さんはカバンの中からガス缶を取り出した。カセットコンロのガス缶と同じ大きさのガス缶で、緑色の缶に、知らない英語が鋭く斜めに書かれている。デザインは別として、大きさは今のガス銃用と変わらない。格好良いガス缶だ。
「内緒だぜ」お兄さんが言う。「うん」と僕は頷いた。
それから数日後の日曜日。銃戦仲間が僕の家に集った。僕はみんなの注目の的だ。
「すげー、なんだよその銃」宮本が叫ぶ。
「最強ぽくね?」原田も唸る。
「やべぇ、俺速攻逃げる」内藤が言った。
内藤は、ウージーというサブマシンガンを愛用している。しかも二丁。宮本の持っているイングラムと違って、サイレンサーはつけていない。宮本・原田に次ぐ位置に立っていた。
「やっぱ買ったのかそれ」小坂が見せてくれ、と言ったので渡して、僕は「うん」と言った。リビングにいる僕たちの話を聞いていたお母さんは、ダイニングで僕たちのジュースを用意しながら、僕を見ていた。とても不審そうな眼差しだ。僕は慌てて小坂に言った。
「使わないようにしていたお小遣いが溜まっていたからさ。七千五百円。それ持って土曜日に買いにいって頼んだら、七千五百円にまけてくれた」
小坂に言ったのだけど、気持ちはお母さんに言っていた。
僕たちは、自転車に乗って三十分くらいかかる大きな公園に行った。この公園は、聞いた話によるとBaseball Cityという名前の野球場と遊園地と博物館とデパートくらい広いらしい。山あり谷あり川あり池ありの公園だ。人気があって沢山の人がいるけれど、僕たちはお構いなしに銃戦をする。
僕は、小高い丘の上でBB弾が六十発入る長いストローに弾を込めて、それをマガジンの口にあてがい、長い棒でBB弾を押し込める。ジャラジャラと弾が擦れるとても気持ちのいい音がした。
チーム分けでは、なぜか小坂と別々になった。前もって同じになるように示し合わしていたのに、おかしい。
一分後のゲーム開始までの時間を使って、二チームは別々の場所に駆けていく。
すぐに決着はついた。僕の銃が強すぎたんだ。みんなが僕の銃を褒め称える。僕は最強だ。原田は、二重に穿いたジーンズを脱いで、内もものBB弾痕を見せた。
「スゲー威力。いてーのなんのって、こんなに腫れたぞ」
僕は嬉しくなった。僕と宮本が強すぎて、僕たち二人対十九人の対決になった。一瞬で全滅だ。当然十九人全滅。作戦を練っているところを挟み撃ちで攻め入って、全員降伏。気持ちいいったらありゃしない。
三戦目は三チームに別れた。僕対十九人対宮本。僕は1人で心細かったけれど、負ける気はしなかった。全員捕まえてやる。宮本のイングラムにだって負けないぞ。そう意気込んでいたのに、誰とも会えない。時計は持っていなかったけれど、三十分くらいは経っただろうか、とても心細くなってきた。もしかしたら、いじめ? 僕一人残されて帰ってしまったのだろうか。
どこにいるかも分からない。まだ夏の暑さの余韻が残る十月だというのに、赤や黄色に色づいた楓やもみじの葉っぱで地面が埋め尽くされていた。誰もいない。僕だけで山の中にいるようだ。
しばらくすると、枯葉をかき集めるような音が聞こえてきた。慎重に身を隠して、ガッサガッサと音の聞こえる方に行くと、小坂が枯葉の山を作っていた。僕は後ろから抜き足差し足忍び足で近づいていって、銃を構える。「手をあげろ」僕は言った。その声に驚いた小坂は、固まっていた。「柿崎か?」小坂が言った。「うん」僕がそう答えると、小坂がこちらを振り向こうとする。
「待て!」僕は慌てて言った「振り向くな」「どうしてだよ」小坂はにやけている。僕に対して半身でそう言った。体で見えないけれど、トリガーは握っているはずだ。振り向きざまにM16で撃ってくる。僕は咄嗟にそう思って叫ぶ。「銃を放して手をあげろ」
「なんでだよ。銃が落ちるだろ」
「ショルダーがあるから落ちないだろ」
しばらく沈黙が続いた。僕は絶えられそうになかったけれど、先にしびれを切らしたのは小坂だった。小坂はニヤリと笑う。僕側にあった左足を軸足にして、右足を踏み出してこっちに向く。大きな軌道で銃口をこっちに向けようとしていた。なぜだろう。すごい。全部スローモーションに見える。僕はそう考えられなかったけれど、そう感じた。
僕の動きもスローモーションだった。僕は両腕をすえて肩をすくめ、銃口を構えなおして、トリガーを引いた。
ズガガガガガガガッッ!!!
すごい音が鼓膜を破った。振動がすごすぎて、かかとが何度も宙に浮かぶほどだ。激しく全身が揺れて、引いたトリガーから人差し指を離せない。銃口から乱れ散る閃光が、痛いくらいに目玉を焼いた。
しばらくした後に、静けさが戻ってきた。目がチカチカする。響いた音の余韻で、まだ鼓膜が震えていた。あたかもまだ音が聞こえているようだった。
六十発の弾が連射され始めると、小坂は一瞬にして穴だらけになって、腕や指が千切れて飛び散った。左胸に次々と空いていく穴が全部繋がって左胸がなくなって、お腹から下と千切れて離れると同時に右モモも消し飛んで、膝から下が回転しながら飛んでいった。左足は膝が弾けて、千切れたすねが地面を叩いて跳ね返る。支えを失った腰は地面に落ちて、辛うじて残った左足のモモで立ったかと思うと、そのまま前のめりに倒れた。
立て続けに撃ち込まれるBB弾の勢いで、上半身は地面に落ちることなく、弄ばれる風船のようにつつき上げられていた。ビチャビチャと肉の塊や血の塊が、壊れた噴水の水のように汚く飛び散る。その様子がとても無残だった。
静かな楓ともみじの森の中で、僕は立ち尽くしていた。しばらくして我に返った僕は、小坂に近づいたけれど、もう肉片で、小坂じゃなかった。
僕は怖くならなかった。ショックが大きすぎて、何にも思えなかった。何も考えずに、僕は逃げた。どこをどう走ったのだろう。見慣れた公園の遊歩道に出た。
僕たちは、一日銃戦で遊び続けた。僕はハチの巣になってグチャグチャの肉に変わった小坂が頭から離れずに、上の空で遊んだ。みんな小坂がいなことには気がついていたけれど、「どこかで迷子になっている」とか、「そのうち出てくる」とか言って、心配していない様子だった。だけれど陽が暮れ始めても出てこない小坂に、ようやく誰もが心配になった様子を見せた。みんなで自転車を置いた広場の端に戻ってきた時、最後の最後まで心配していなくて、「勝手に帰ったんだろ? 学校で殺す」と言っていた原田も、小坂の自転車が置きっぱなしになっているのを見て、ようやく心配を露わにした。
結局その日、小坂は見つからなかった。知らないふりして僕もみんなと一緒に探したけれど、あの楓ともみじの森には戻れなかった。あの森から僕が出てきた遊歩道から、その森のあった方角に金田と一緒に歩く。僕は心臓が口から出そうだった。紅葉した葉っぱに溶けて、血の色が分からなくなっていますように。僕は心底願った。だけれども、ドングリの木しか生えていない林の中を抜けて、反対側の遊歩道に出た。僕はホッとした。振り返ると、やっぱりドングリの木しかなかった。あの綺麗な紅葉した落ち葉の森は見えない。
次の日、学校では小坂の噂で持ちきりになっていた。小坂の親が、警察に捜索願を出したらしい。僕は小坂を殺したことがばれるんじゃないかと、毎日心の中で怯えていた。逮捕される、と。でも僕は逮捕されなかった。あの公園の捜索も行われたし、その映像がニュースにも流れたけれど、小坂の死体は見つからなかった。
あれから十年が経つ。未だに小坂の死体は見つかっていない。
おわり
お兄さんは言った。
「この国はどうなっているんだろうなぁ。この日本って国はよぉ」バシッと地面を叩く。「俺は一所懸命働いていたんだぜ、最低賃金でよー。サービス残業もしたし、休日にも出たし、欲しくもねーおもちゃも買わされたりしてよぉ」また地面を叩いた。僕はその度にビクッとすくみ上った。
お兄さんは続けた。
「お前はいいところのお坊ちゃんだろ、え?」「いえ」僕は答えた。お兄さんは、少しの間黙って、また口を開いた。
「嘘こけよ。そういう匂いがプンプンすんだよ。あの連れのお友達、あいつ社長の息子だってよ。俺に自慢しやがった。俺が会社つぶれて路頭に迷うって時によ、誕生日プレゼント買ってもらっていやがった。あいつ『この店つぶれるんでしょ』だって。笑って言いやがった。許せねーよな」
僕が黙っていると、お兄さんは大きな声で、「許せねーよな!?」と僕に訊いた。更に黙っていると、「なっっ!!?」とまた訊いてきた。だから僕は、「はい」と答えた。
口を少し開けて何かを考える様子のお兄さんが、丸めた情報誌で僕の頭を叩きながら言った。
「殺してくれる?」
「いえ」
「だよな。冗談」バカっぽくにやける。そして、普通な口調で言った。
「ガスガン盗んだのはいいよ。どうせつぶれて捨てるだけのしろもんさ。だけど、本体だけ持っていても仕方ないだろうなって思って、いつかお前に会えるって奇跡があったらあげようって思って、これ持っていたんだ」お兄さんは、リュックからマガジンを取り出した。
僕は、マガジンの現物を見るのは初めてだったけれど、これは本物だって直感で分かった。間違いなくあのアレスのマガジンだ。
「やるよ」お兄さんが言う。僕は、お兄さんの目を見て、「ありがとうございます」と言った。僕の目を見つめ返してきたお兄さんははにかんで、「このガスガン、昔のだから特殊でさ。代替ガス缶やエアガン用のタンクが使えねーのよ。だからほら――」お兄さんはカバンの中からガス缶を取り出した。カセットコンロのガス缶と同じ大きさのガス缶で、緑色の缶に、知らない英語が鋭く斜めに書かれている。デザインは別として、大きさは今のガス銃用と変わらない。格好良いガス缶だ。
「内緒だぜ」お兄さんが言う。「うん」と僕は頷いた。
それから数日後の日曜日。銃戦仲間が僕の家に集った。僕はみんなの注目の的だ。
「すげー、なんだよその銃」宮本が叫ぶ。
「最強ぽくね?」原田も唸る。
「やべぇ、俺速攻逃げる」内藤が言った。
内藤は、ウージーというサブマシンガンを愛用している。しかも二丁。宮本の持っているイングラムと違って、サイレンサーはつけていない。宮本・原田に次ぐ位置に立っていた。
「やっぱ買ったのかそれ」小坂が見せてくれ、と言ったので渡して、僕は「うん」と言った。リビングにいる僕たちの話を聞いていたお母さんは、ダイニングで僕たちのジュースを用意しながら、僕を見ていた。とても不審そうな眼差しだ。僕は慌てて小坂に言った。
「使わないようにしていたお小遣いが溜まっていたからさ。七千五百円。それ持って土曜日に買いにいって頼んだら、七千五百円にまけてくれた」
小坂に言ったのだけど、気持ちはお母さんに言っていた。
僕たちは、自転車に乗って三十分くらいかかる大きな公園に行った。この公園は、聞いた話によるとBaseball Cityという名前の野球場と遊園地と博物館とデパートくらい広いらしい。山あり谷あり川あり池ありの公園だ。人気があって沢山の人がいるけれど、僕たちはお構いなしに銃戦をする。
僕は、小高い丘の上でBB弾が六十発入る長いストローに弾を込めて、それをマガジンの口にあてがい、長い棒でBB弾を押し込める。ジャラジャラと弾が擦れるとても気持ちのいい音がした。
チーム分けでは、なぜか小坂と別々になった。前もって同じになるように示し合わしていたのに、おかしい。
一分後のゲーム開始までの時間を使って、二チームは別々の場所に駆けていく。
すぐに決着はついた。僕の銃が強すぎたんだ。みんなが僕の銃を褒め称える。僕は最強だ。原田は、二重に穿いたジーンズを脱いで、内もものBB弾痕を見せた。
「スゲー威力。いてーのなんのって、こんなに腫れたぞ」
僕は嬉しくなった。僕と宮本が強すぎて、僕たち二人対十九人の対決になった。一瞬で全滅だ。当然十九人全滅。作戦を練っているところを挟み撃ちで攻め入って、全員降伏。気持ちいいったらありゃしない。
三戦目は三チームに別れた。僕対十九人対宮本。僕は1人で心細かったけれど、負ける気はしなかった。全員捕まえてやる。宮本のイングラムにだって負けないぞ。そう意気込んでいたのに、誰とも会えない。時計は持っていなかったけれど、三十分くらいは経っただろうか、とても心細くなってきた。もしかしたら、いじめ? 僕一人残されて帰ってしまったのだろうか。
どこにいるかも分からない。まだ夏の暑さの余韻が残る十月だというのに、赤や黄色に色づいた楓やもみじの葉っぱで地面が埋め尽くされていた。誰もいない。僕だけで山の中にいるようだ。
しばらくすると、枯葉をかき集めるような音が聞こえてきた。慎重に身を隠して、ガッサガッサと音の聞こえる方に行くと、小坂が枯葉の山を作っていた。僕は後ろから抜き足差し足忍び足で近づいていって、銃を構える。「手をあげろ」僕は言った。その声に驚いた小坂は、固まっていた。「柿崎か?」小坂が言った。「うん」僕がそう答えると、小坂がこちらを振り向こうとする。
「待て!」僕は慌てて言った「振り向くな」「どうしてだよ」小坂はにやけている。僕に対して半身でそう言った。体で見えないけれど、トリガーは握っているはずだ。振り向きざまにM16で撃ってくる。僕は咄嗟にそう思って叫ぶ。「銃を放して手をあげろ」
「なんでだよ。銃が落ちるだろ」
「ショルダーがあるから落ちないだろ」
しばらく沈黙が続いた。僕は絶えられそうになかったけれど、先にしびれを切らしたのは小坂だった。小坂はニヤリと笑う。僕側にあった左足を軸足にして、右足を踏み出してこっちに向く。大きな軌道で銃口をこっちに向けようとしていた。なぜだろう。すごい。全部スローモーションに見える。僕はそう考えられなかったけれど、そう感じた。
僕の動きもスローモーションだった。僕は両腕をすえて肩をすくめ、銃口を構えなおして、トリガーを引いた。
ズガガガガガガガッッ!!!
すごい音が鼓膜を破った。振動がすごすぎて、かかとが何度も宙に浮かぶほどだ。激しく全身が揺れて、引いたトリガーから人差し指を離せない。銃口から乱れ散る閃光が、痛いくらいに目玉を焼いた。
しばらくした後に、静けさが戻ってきた。目がチカチカする。響いた音の余韻で、まだ鼓膜が震えていた。あたかもまだ音が聞こえているようだった。
六十発の弾が連射され始めると、小坂は一瞬にして穴だらけになって、腕や指が千切れて飛び散った。左胸に次々と空いていく穴が全部繋がって左胸がなくなって、お腹から下と千切れて離れると同時に右モモも消し飛んで、膝から下が回転しながら飛んでいった。左足は膝が弾けて、千切れたすねが地面を叩いて跳ね返る。支えを失った腰は地面に落ちて、辛うじて残った左足のモモで立ったかと思うと、そのまま前のめりに倒れた。
立て続けに撃ち込まれるBB弾の勢いで、上半身は地面に落ちることなく、弄ばれる風船のようにつつき上げられていた。ビチャビチャと肉の塊や血の塊が、壊れた噴水の水のように汚く飛び散る。その様子がとても無残だった。
静かな楓ともみじの森の中で、僕は立ち尽くしていた。しばらくして我に返った僕は、小坂に近づいたけれど、もう肉片で、小坂じゃなかった。
僕は怖くならなかった。ショックが大きすぎて、何にも思えなかった。何も考えずに、僕は逃げた。どこをどう走ったのだろう。見慣れた公園の遊歩道に出た。
僕たちは、一日銃戦で遊び続けた。僕はハチの巣になってグチャグチャの肉に変わった小坂が頭から離れずに、上の空で遊んだ。みんな小坂がいなことには気がついていたけれど、「どこかで迷子になっている」とか、「そのうち出てくる」とか言って、心配していない様子だった。だけれど陽が暮れ始めても出てこない小坂に、ようやく誰もが心配になった様子を見せた。みんなで自転車を置いた広場の端に戻ってきた時、最後の最後まで心配していなくて、「勝手に帰ったんだろ? 学校で殺す」と言っていた原田も、小坂の自転車が置きっぱなしになっているのを見て、ようやく心配を露わにした。
結局その日、小坂は見つからなかった。知らないふりして僕もみんなと一緒に探したけれど、あの楓ともみじの森には戻れなかった。あの森から僕が出てきた遊歩道から、その森のあった方角に金田と一緒に歩く。僕は心臓が口から出そうだった。紅葉した葉っぱに溶けて、血の色が分からなくなっていますように。僕は心底願った。だけれども、ドングリの木しか生えていない林の中を抜けて、反対側の遊歩道に出た。僕はホッとした。振り返ると、やっぱりドングリの木しかなかった。あの綺麗な紅葉した落ち葉の森は見えない。
次の日、学校では小坂の噂で持ちきりになっていた。小坂の親が、警察に捜索願を出したらしい。僕は小坂を殺したことがばれるんじゃないかと、毎日心の中で怯えていた。逮捕される、と。でも僕は逮捕されなかった。あの公園の捜索も行われたし、その映像がニュースにも流れたけれど、小坂の死体は見つからなかった。
あれから十年が経つ。未だに小坂の死体は見つかっていない。
おわり
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