ホラー短編集

緒方宗谷

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シーツの下に蠢く夜話

ヤキ

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 「あーあ、早く学年変わんないかなー」
 「どうしたの急にー?」
 「なんかこれ、気持ち悪いんだよねー、生きてるみたいでさ」
 「あー、これねー」
 2人の女子生徒が見つめる先には、1体のミイラ模型があった。
 いつからあるのか、何のために購入されたのかさえも分からない。最古参の教頭ですら知らない内に、いつの間にかミイラ模型が設置されていた。理科準備室の清掃は、歴代の2年生が担当していた。
 この話は、実際に都内の学校に存在するミイラ模型の話である。

 俺には好きなクラスメートがいた。
 1年の時から好きだったクラスメートは、2年になってかも同じクラスだ。席が近かったこともあって、他の生徒よりも俺たちは仲が良かった。
 夏休み前に告白した俺は彼女と付き合うようになって、夏休みは毎日デートをして過ごした。
 2学期が始まって、俺たちは2人して理科準備室の掃除当番となった。
 20畳くらいの部屋には、たくさんの棚が設置されていて、よく分からない標本や実験で使う道具が所狭しと納められている。
 理科室の掃除当番とは独立した配置だったから、掃除の時間中俺たちは2人きりだ。片手間に掃き掃除をしながら、俺たちはずっとおしゃべりをしていた。
 両思いの2人だったから、おのずと触れ合うほどの距離に近づいていく。そしてある日、言葉を失った。誰もいない準備室で、俺たちはキスをしたのだ。
 数日後の帰り道、清掃時に借りた準備室の鍵を返し忘れたことに気が付いた彼女に、俺は言った。
 「じゃあ、一緒に返しに行こう」
 「ごめんね、せっかくのデートだったのに」
 「いいよ、学校デートだ」
 彼女は、お礼に持っていたチョコレートをあげると言って、カバンを開いた。
 「あ、ポケベル無くした。あれないと、お父さんに怒られちゃう」
 掃除の時に棚にポーチを置いたから、その中だと思う、と言う彼女と共に、俺は理科準備室に行った。陽はだいぶ傾いてきたが、日の入りまではだいぶ時間がある。
 オレンジ色ににじんだ静かな準備室。光栄から聞こえる声は微かに響き、空に溶けて広がる。2人っきりで隔離された慣れない雰囲気に我慢出来なくなった俺は、緊張の様な火照りの様な言い知れぬ高ぶりに促されて、思わず口走った。いや、口走ったんじゃない。言わなきゃ、と思って言った。
 「ねえ、俺、本気で好きなんだ」
 「ありがとう、わたしも・・好きだよ」
 俺は彼女の肩に手を添え、少し力を込めた。2度目のキスだ。そのまま、両手を滑らせて、胸に手のひらを添えた。
 「ねえ、その前に、わたし、見てほしいものがあるの?」
 「見てほしいもの?」
 「わたしのこと本気で好き?」
 「もちろんだよ」
 「裏切ったりしないよね?」
 「ああ」
 「裏切ったら、どうする?」
 「死んでもいいよ、絶対に君以外に好きになんかならないから」
 「嬉しい」
 そう言って、彼女はセーラー服を自ら脱ぎ始めた。初めて見る女子の肌だ。僕は、抑えきれない興奮に、心臓が破裂してしまうのではないかという痛みを胸に感じていた。
 だが、そんな期待とは裏腹な感情が沸き起こって、俺は叫んだ。
 「!! 何それ!? いったいどうしたんだよ! それ!!」
 ブラジャーを取った彼女の体には、無数の煙草を押し付けた跡があった。両方の胸も焼き潰されている。
 「おぇ!!」
 俺は思わず吐嘔いて口を押えた。
 「受け入れてくれるよね? わたしのこと」
 そう言いながら、彼女がゆっくりと迫ってくる。
 思わず俺は言った。
 「そんな気持ち悪い体、なんで俺が!!」
 彼女の指が自分に触れるのを拒否した俺は、一目散に準備室から逃げた。振り向いてドアを見たが、彼女は追ってはこなかった。
 次の日から、彼女は学校に来なくなった。何日も来ないのを心配した担任が自宅に連絡をするが、誰も出ないらしい。それから間もなくして、彼女は自殺した。
 それから半年がたった頃、俺のボケベルが鳴った。
 『待ってます』
 ポケベルには、数字でそう表示されている。
 「・・・? 誰だ?」
 次の日、また同じ時刻にポケベルが鳴った。
 『好きです』
 (告白?)
 急に胸が高鳴る。
 何度かに分けて受信した数字には、“放課後”“理科”“準備室”と描いてある。俺は、可愛い子だったらと期待して、放課後理科準備室に向かった。
 何年生だろう。そう思って見た上履きのカラーは2年生だ。
 「あの、俺、ポケベル見て――」
 女子は窓の外を見ていた。そのまま俺の方を向かずに静かに言った。
 「来てくれたんだね、わたし、てっきり来てくれないかと思った」
 「2年だよね? 何組?」
 「B組」女子が笑った。 
 つられて笑みを浮かべる俺は、
 「へぇ、俺も2年の時、Bだったんだよ」と言う。
 「うふふ、知ってるよ」
 自分が2年生だった時から見ていてくれたのだろうか。そう思った瞬間、戦慄が走った。こっちを振り向いた後輩は、去年自殺した彼女だったからだ。
 「うわぁ! うそだろ! おい! なんでお前が」
 一瞬にして血の気が引く。全身を貫いた衝撃に耐えきれず力を奪われ、空気が抜けるように俺は叫んだ。
 何というおぞましい姿だろう。頭左半分は潰れて、頭がい骨交じりの脳みそが飛び出している。
 噂で聞いた。飛び降り自殺をした時、彼女の左頭部は貯水槽の角にぶつかり潰れたのだ。直接の死因は、それが原因だったって。
 「わたしのこと好きでしょう? あの時約束したもんね。わたしのこと裏切らないって」
 「やめろ! 近づくな!!」
 「どうして? わたしのこと抱きたいんでしょう? 前に迫ったっきり、なにも・・・じゃない? だから、今日はいいよ」
 俺は恐怖に耐えきれず逃げた。後ろから声が追いかけてくる
 「どうして逃げるの? 待って、待ってよ」
 「かんべんしてくれよ! お前はもう死んだんだよ! なんで出てくるんだよ」
 どうしたのだろう。まだ陽はくれていないのに、どこにも生徒がいない。俺は、急いで1階に駆け下りて行って、上履きのまま外へ出ようとした。
 「なんだ? 開かない!!」
 扉はどこも締まっていた。
 「大丈夫だよ。今日は誰もいないから、安心して」
 振り向くと彼女がいる。
 「うわぁぁ!!」
 俺は迫る彼女を突き飛ばして、陽のあたらない1階の図工室や倉庫が並ぶ廊下を走った。
 手をかけた1年生の教室の扉が開く。急いで中に入って扉を閉め、教壇の陰に隠れる。
 「どこ? どこに行ったの?」
 ヒラリヒラリと舞うように走る彼女の靴音が、徐々に遠ざかっていく。
 「隠れていないで出てきて。わたし、貴方だけが頼りなのよ、だから出てきてよ」
 教室の中まで、彼女の声は届かなくなった。
 「何だよ、頼りって」
 そうつぶやいた瞬間、後ろから声がする。
 「見つけた」
 振り返ると、真後ろに彼女が立っていた。
 「たっ、助けてくれー!!」
 教室を出た俺は、なんとか外に出ようと扉や窓を片っ端から開けようとした。だけとどこも開かない。
 そればかりか、いくら叩いてもガラスはヒビさえはいらない。
 「だから、大丈夫よって言ったでしょ? 誰も来ないわ」
 ヒラリヒラリと舞いながら発する声に包まれまいと走りながら、俺は叫んだ。
 「お前! 俺おを恨んでるのか? 違うよな? 違うって言ってくれよ!!」
 彼女は首をかしげた。
 「恨む? どうしてわたしが恨むの? とても大好きなのに」
 「そうだよな、恨んでるのは俺じゃない、お父さんだよな」
 恐ろしさのあまり、歯をがちがちと鳴らして、俺は涙を流した。
 「どうして知ってるの? わたし話したことないのに」
 半年前、彼女が自殺した時は大変だった。多くのマスコミが集まって、センセーショナルに彼女の家庭で起こっていた悲劇を報道した。
 彼女の父親は、家庭内暴力で妻に逃げられたらしいのだが、その直後に元妻は脳内出血で死亡していた。暴力との因果関係は証明されずに、父親は罪に問われることはなかったが、コメンテーターは、暴力が原因だったのではないか、と言っていた。
 もともと暴力の被害に遭っていなかった彼女は、父親に引き取られた。だが引き取った直後から、虐待が発生していたらしい。
 自殺した彼女の検死が行われた際に、100か所を超えるタバコの痕が全身に見つかって、父親が逮捕されたのだ。
 「知っててくれたなんて嬉しいわ。だからわたし、貴方に助けてほしいの、逃げるなんてひどいわ」
 「もう、お父さんは刑務所だろう!!」
 俺はそう叫んで階段を駆け上って、多目的室のある3階に来た。廊下側の窓があいている。そこから多目的室に侵入した俺は、隣接する倉庫に身をひそめる。
 そしてマットの上に這い上げって、奥の隙間に身を隠そうとした。ここなら、もし彼女が入ってきても、天井付近の窓から外に逃げることができる。この窓から入ってきても、扉から逃げることができる。
 「見つけたぁ」
 身を隠そうとした隙間から、急に彼女が顔を出して、悍ましい笑みを浮かべる。大きく口を開けて声を出さずに笑ったかと思うと、右の鼻から血が溢れてたれた。
 「うあぁぁぁあああ!!」
 俺はびっくりしてのけぞって床に落ちたが、痛がっている暇はない。急いで倉庫を出て多目的室のわきにある階段を下りようとすると、眼下の踊り場に彼女がいた。廊下を反対側まで駆け抜けて突き当りの階段に行くと、屋上に上る階段から彼女が下りてくる。
 一飛びで踊り場に下りた俺は、同じく一飛びで2階に下りて、廊下をかけた。
 確か、家庭科室に包丁があったはずだ。廊下の中央にある渡り廊下を目指すが、T字路をまがった瞬間、反対側の校舎の窓に、スキップしながらやってくる彼女の姿が見えた。
 Uターンした俺は、理科室に向かう。あそこなら、何か武器になるものがあるかもしれない。だが、薬品が保管されていることもあって、通常鍵がかかっている。
 「クソ! 開かねぇ!」俺は毒ばんだ声を発した。
 隣の準備室の鍵が開いていることを想い出した俺が後ろを振り向く。まだ彼女はやってこない。急いで中に入って、武器になりそうな何かを探した。
 「あった!これなら!!」
 「何が、これならなの?」
 「うわっ!!」
 振り返ると、手にした解剖用のメスを覗き込む彼女の姿がある。
 「うああああ!!」俺の絶叫が部屋中に響く。
 「ひどーい」
 振り向きざまに振るったメスが、彼女の右の乳房に突き刺さった。
 「お父さんみたいなことするのね」彼女の表情が暗く沈んだ。
 「やめろよ! やめろ!!!!!!」
 学ランに手をかけた彼女を、俺は一心不乱にめった刺しにする。彼女は抵抗せずに仰向けに倒れた。
 「気がすんだ?」
 振り下ろした俺の右手を受け止めた彼女は、信じられない力で起きあがって、体勢を入れ替えた。
 「何するんだ! 離せ! 離してくれよ! 頼むから!!」
 泣いて懇願する俺からメスを取り上げた彼女は、しばらく微動だにしなかった。
 振り上げたメスを見て、“殺される”、そう思って目を閉じると、遠くで金属音がする。俺が目を開けると、彼女はメスを投げ捨てていた。
 「あれなんでしょ? わたしの体の根性焼きの痕が怖いんでしょ?
  でも大丈夫よ、方法があるから」
 左手1本で俺の両手を抑えた彼女は、ポケットから煙草を取り出し、銜えて火をつけた。
 「こうすれば、タバコの痕は見ないで済むからね」
 「やめろ――――!!!」
 ジュゥゥゥゥゥー・・・
 「ギャ―――――!!」
 臓物から絞り出したような激しい奇声が、俺の喉を切り刻みながら吹き出す。
 左目を潰されながら見開いていた右目には、病的に笑いながら俺を見下ろす彼女が見える。人ができる笑い方ではなかった。顔面から滴る体液は、生温かくてヌメヌメしていて、よだれのように糸を引いて垂れてくる。
 タバコをもう1本くわえて火をつけた彼女は、左目と同じように俺の右目を潰した。
 それから彼女は、片時も離れることなく俺の腰の上に座り、根性焼きを入れ続けた。
 毎日、理科室では授業があるし、休み時間などには多くの生徒の声も聞こえる。にもかかわらず、理科準備室には、生徒も教師も誰も来ることは無かった。
 毎日毎日床に押し付けられて馬乗りにされ続けた俺は、いつしか干からびていった。そうして気がついた時には、人体模型を引っ掛けておく木製の台に立たされていた。
 それが、今ミイラの模型として生きる俺に起きた出来事だ。
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