猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第百二十七話 天獄と地獄

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 キキの話を聞いたチュウ太が言いました。

 「でも、幸せなら敢えて無理して頑張らなくてもいいんじゃないかな。それこそが幸せだってこともあるよ。屋根裏から出なくても、安心して過ごせる我が家があって、下にある人のお部屋に行けばお米がある。毎日腹ペコで苦しむこともなく、死ぬまで一生暮らしていけるって思えるだけで、僕は最高の幸せだって思えるよ。確かに、野ネズミの幸せは分からないし、飼いネズミの幸せも分からないけれど、今が幸せなら、別の幸せを知らなくたっていいじゃないか」

 キキがチュウ太に言いました。

 「別の幸せを知らないのに、なぜ今が幸せだって言える? 幸せだって思っているだけで、本当は幸せではないかもしれないのに」

 「どうしてだい?」

 「本当は不幸なのかもしれない。でも生まれた時からそんなだから、幸せなんて感じたこともないし、周りのみんなもそんなだから、それが幸せだって勘違いしているのかもしれないよ。

  もしかしたら、それをいいことにひどいことをされているかもしれないだろ。分からないことをいいことに、誰かを利用して美味しい思いをしようとするやつもいるんだ。僕のお兄ちゃんたちは、何も知らなかったばっかりに、巣立って間もなく食べられてしまった。もしかしたら、気がついていないだけでいい食い物にされていることだってあるさ」

 「確かにひどい目にあっているのに、それが普通だなんて思わされていたら、それはそこから旅立って輝く努力をしないといけないかもしれない。でも僕が言いたいのは、そういうことじゃないんだ。僕が言いたいのは、自分で選べるのが大事。あえて、めいっぱい輝けないといけないなんてことないんだよ。腹八分目って言葉があるじゃない? この辺りが心地いいって度合いが、誰にでもあるんだよ。めいっぱい輝いたって、苦しかったら幸せじゃないし、その輝きだってくすんじゃう。だからあえてめいっぱい輝かなくても、この辺がいいなって思える輝き方を探し出すことが大事なんだと思う。それこそが、本当にきれいに輝けるってことだと思うよ」

 話し始めようとしたキキの言葉を、掲げた手のひらで遮ったアゲハちゃんが、みんなに向かって話し始めます。

 「チュウ太の言いたいことってこういうこと? たとえばホタル。とても淡くて小さな光だけれど、月明かりもない夜に見つめていると、とても幻想的で心が洗われるようよ。

  でも、もしホタルが太陽のように輝いていたらどう? 眩しくって、とてもじゃないけれど見つめていられないわ。
  あのくらいの光だからいいのよ。あれがホタルにとって最高にきれいに輝ける光り方なのね」

 「そうそう、そういうこと」と頷くチュウ太に、キキが言いました。

 「そういうことなら分かる気がするよ。でも僕は、太陽のように輝ける素質があるホタルがいたとしたら、そのホタルには太陽になってもらいたいな。もちろん無理強いは出来ないけど」

 ずっと聞いているばっかりだったカンタンが、おもむろに話し始めます。

 「逆に思ったんだけど、なんで輝かないといけないの? 輝かない鳥生だってあってもいと思うんだ」

 アゲハちゃんが、びっくりして言いました。

 「輝かないなんて、よくないわ。生きている意味がなくなっちゃうじゃない」

 「生まれたことに意味なんてあるのかな? しかも輝くってだけのために?」

 「輝けるからこそ幸せなのだし、幸せだからこそ輝けるのよ」

 そう言うアゲハちゃんに、カンタンが語りました。

 「前にも話したけれど、僕は動物園生まれだし、ずっと閉じ込められていたじゃない?僕は閉じ込められていることを知って、キキの言った通り不幸であることに気がついたけれど、外に出て思ったよ。オリの中のなんて幸せなことかって。でも、オリの中に戻ると、オリの中のなんて不幸なことかって思っちゃう。

  チュウ太もキキも、自分で光り輝く道を選んで進んでいくべきだって考えでしょ? でも選ぶって大変だよ。何度も迷って出たり入ったりしちゃうもん。それだったら、飼育員さんにもっとうまく騙してほしかったなて思っちゃう。だって知らないままだったら幸せだったもん。

  知らない時の僕は全然輝いていなかったと思うよ。そんな時にモモタがやってきても、僕はモモタに協力しようとも思わなかったかも。

  外の世界を知るまでは、動物園の他の動物たちと僕は同じだったんだ。鳥なのにトラと同じ、サルと同じ。知ってから変わった。そして見えた。みんなは僕と違っているって。何が違うかは、祐ちゃんのお話を聞いて知った。輝いていないんだ。輝こうともしてない。でもそれでいいと思えてるんなら、それでいいんじゃない?」

 モモタが言いました。

 「でもそれじゃ、土や石の塊になっちゃうんだよ」

 「それの何がいけないのさ。そういう幸せもあるのかもしれない。
  とってーも長生きなカメのおばあちゃんが海の向こうに住んでいてさ。確か百歳。毎日毎日甲羅干ししているだけで、何にもしていないんだ。僕が何してるの? って聞いたら、『なんにも』だって。何考えているの? って聞いたら、『なんにも』だって。それで幸せなの? って聞いたら、『幸せってわけではないねー』っていうの。じゃあ不幸せなの? って訊いたら、『不幸せってこともないねぇ』って言ったんだ。

  たぶん長生きおばあちゃんは、目の前に広がる海も、どこまでも平らな大地も見えていなかったかもしれない。でもなんにも不幸だなんてことなかった。誰かにいいように食べられてしまうのは別にして、わざわざ輝かなくたって、それが嘘の世界だって、不幸せだって思えていなければいいんじゃないかな。

  キキの言うように、誰よりも輝けるからといって輝く努力をすると、太陽のようなホタルになっちゃうよ。誰にも見てもらえずに一匹ぽっちなんだ。遠くまで灼熱旅行に出かけた時に知り合ったサイは、ライオンよりも象よりも水牛よりもカバよりもワニよりも強かったけれど、サイたちはいつも一頭ぽっちだった。サイ同士でも遊ばないね。他のお友達は、みんなでいつも寄りそって過ごしていたのに。

  確かにキキの言う通り、王者っていうものはそのくらいじゃなきゃいけないのかもしれないけど、究極のところまで行っちゃうと、長生きおばあちゃんと変わらないんじゃないかな。最強伝説を作る自分のために、他の何もかもが見えなくなるんだったら、海も大地も見えていない長生きおばあちゃんと一緒だし、天井裏以外を知らないお友達とおんなじだと思うよ。

  それに、眩しすぎると目が潰れちゃうよ。目がくらむくらいなら、目が慣れた後に輝きを楽しめるけど、潰れたら何も見えなくなっちゃう。周りのみんなをそんなにしてしまう輝きなら、却って輝いていないでくれてる方がいいんじゃない? 迷惑だもん」

 キキが言います。

 「何もかも知らない方が幸せだと?」

 「うん、それで平穏ならいいじゃない。知ってしまったら、動物園は地獄だよ。あえて輝かないようにしているのかも、本能的に。地獄を天獄に変えるためにさ」

 カンタンの答えを聞いて、今度はチュウ太が言いました。

 「でもそれって、輝いてるってことじゃないの? 地獄を天獄に変えるってすごいことだよ」

 「でも獄は獄でしょ。他の幸福を自分に知らさせないために、別の獄で満足する。

  結局は、自分が幸せで、誰にも迷惑かけていなければ、なんだっていいんだよ。

  キキが言うようなことを自分で望むならそうすればいいし、チュウ太が言うようなことをチュウ太が望むのならそれでいい。関係ない僕がとやかく言うのは違うよね。だってそれで幸か不幸になるのは、キキとチュウ太だもの。逆に、誰かが十分輝いていないとか、闇色だなんていうのは、違うと思うよ」

 モモタが言いました。

 「自分が望みたいように望んで、輝きたいように輝く。だから、夜空のお星さまはあんなに瞬いているんだ。
  僕は、生まれた以上、何かしらの輝きを持ってみんな生きてるって思うよ。動物園のみんなだって、長生きおばあちゃんだって、サイだって、みんな輝く何かが絶対あるはず。

  カンタンは、カンタンが今話してくれたことを考えて羽ばたくことによって、輝きの風を起こすんだよ。カンタンは気がついていないだけで、その輝きは誰かに届くだろうし、誰かの輝きもカンタンに届いてる。

  今、長生きおばあちゃんのことを思い出して話してくれたことが何より意味を持っているんだと思う。だって、今まで色々な所を旅行して、虹の雫まで集めきったカンタンだったら、僕なんかよりとってもとーってもたくさんのお友達に出会ったはずだよ。それなのに、その中から、長生きおばあちゃんを思い出すのは、そのおばあちゃんの輝きがカンタンに届いた証拠だよ。

  僕は、みんなのお話を聞いて、みんなのお話を信じられたし、僕が話したことをもっと信じられるようになった」

 みんなは、モモタのお話をしみじみと訊きました。それは、モモタたちが光り輝き混じり合って一つになっていたからなのでしょう。

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