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モモタとママと虹の架け橋
第百三十一話 予期せぬ事態
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島は、嵐の中にすっぽりと覆われています。一粒の星のまたたきすら地を照らさない世界は、暗闇よりも暗い世界でした。
居間に座って押し黙っていたじいじが立ちあがりました。玄関に行って再び雨がっぱを着こんで、またどこかへ出かける気でいるようです。今度はばあばも雨がっぱを着こんで、一緒に行こうとしていました。
じいじが言いました。
「紀子さん、ちょっと漁協に行ってくる。さっきの電話じゃあ、正はそんな遠くに出たわけじゃあないらしいし、たぶんちょっと波に翻弄されて戻れなくなっているだけだろ」
「わたしも行きます。すぐに準備を――」
ママの声を遮って、ばあばが言います。
「紀子さんは亜紀ちゃんをお願い。正のことはわたしたちに任せて。・・亜紀ちゃんを一人にするわけにはいかないでしょう?」
「でも・・・」
ママはためらいます。
そこに、不安そうな亜紀ちゃんがやって来て、「ママも行っちゃうの?」と心配そうな呟きました。そして、ズボンをぎゅっと握りしめます。嗚咽を堪えているようでした。
ママがしゃがんで言いました。
「・・・大丈夫よ、亜紀ちゃん。ママは行かないから。もう遅いから早く寝ましょうね」
「パパ…帰ってくるよね?」
亜紀ちゃんの問いに、ママは無理に作ったであろう泣きそうな笑顔で、「大丈夫よ。もう港の近くまで帰ってきているらしいから。でも、夜遅いからじいじとばあばが迎えにいくの」と言いました。
そして、立ち上がってじいじたちの方を振り返ったママは言いました。
「それじゃあ、正さんをお願いします」
「ああ」とじいじが答えました。
ばあばが、「何かあったら電話するから・・・」と付け加えます。
それでも不安を拭えない亜紀ちゃんが、再び涙を流し始めました。抑えきれない悲痛な気持ちが、声となって唇からこぼれます。
「パパ・・・パパ・・・…」
「大丈夫よ」ばあばが亜紀ちゃんを抱きしめました。
「台風が来て、こんなに真っ暗になっているのに迷子になったら、パパ帰ってこれないよぅ・・・」
そう言う亜紀ちゃんに、履いていた長靴を脱いだじいじが、お庭に面した廊下へ行って、お外を見ながら亜紀ちゃんを呼んで言いました。
「心配ないよ亜紀。港には灯台があるんだから、ほら――」
じいじは、ばあばに抱っこされてついてきた亜紀ちゃんに分かるように、灯台を指さして続けます。
「――あんなに眩しい光が海を照らしているんだから、どんなに暗くても大丈夫」
「そうよ」とばあばも大きく頷きました。
モモタもついていってお庭のほうを見ましたが、塀があって灯台は見えません。
キキがじいじの肩にとまって灯台がある方を見つめます。その横にカンタンも歩み寄りました。頭の上にアゲハちゃんを乗せています。
田島家は、山を形成する坂道の中腹にありました。小さな雑木林の中に家々が点在していて、小さな箱庭が沢山集まったような小さな村です。
今は深夜遅くてしかも台風の直撃を受けている最中ですから真っ暗で見えませんが、晴れていれば海まで一望できる好立地。モモタたちもお散歩の時は素晴らしい景色に見惚れてしまいます。その美しさといったら、眺めているだけで何時間でも過ごせるほどでした。
お庭にある塀のために灯台が見えないモモタとチュウ太に、キキが話して聞かせてくれました。灯台そのものはみんな見たことがありましたが、夜煌々と灯器を点灯しているさまを見たことがなかったからです。
キキが情景を伝えて言いました。
「すごい強い光を放ってるよ。水平線の向こうまで照らし出してる。まるで、闇夜に浮かぶフクロウの目玉みたい。それ以上だよ。光のトンネルが伸びてるみたいだ。これなら、どこを泳いでいたって、港が分からないわけないよ」
じいじが玄関へと向かいます。
「一緒に乗っとる宗一君の家に寄ってから行くぞ」じいじはそう言って玄関を出ていきました。ばあばはママに頷いて見せ、後に続きます。
二人を見送ったママは、亜紀ちゃんを抱っこして寝室へと連れていきました。
「亜紀ちゃん、もうおねんねしましょうね。朝目が覚めた時には、パパ帰ってきているから」
「本当?」
亜紀ちゃんは不安を拭うことが出来ずに、ママの手を握り締めて放しません。
寝室の入り口からその様子を見守るモモタに、カンタンが言いました。
「灯台があるから大丈夫だよ。あの光、とても遠くまで届くんだ。それに一晩中ついているみたいだし」
亜紀ちゃんは眠りについたのでしょうか。静かになった寝室から、ママが出てきました。居間に向かう途中で電話が鳴って、ママは足早に受話器を取りに向かいます。
急に、モモタの毛が逆立ちました。心の中に言い知れぬ恐怖を感じて身構えました。いてもたってもいられない気持ち悪い感覚が湧いてきて、どういうわけか不安に苛なまれます。
モモタだけではありませんでした。キキもカンタンも狼狽えだして、ソワソワ翼を開こうとしたり閉じたりしながら、辺りを窺っています。アゲハちゃんとチュウ太は、オロオロするばかりでした。
誰もが一瞬目を見合わせて黙った瞬間です。唸るようないやな音が地面から聞こえると同時に、勢いよく突き上げられられました。激しい縦揺れ襲ってきたのです。
「モモタぁ~」チュウ太が、モモタの前足にしがみつきます。
すぐに横揺れがやってきました。大きな地震が発生したのです。
上下左右に小刻みに揺れると同時に、ゆっさゆっさと揺れる大きな揺れに翻弄されるモモタは、何とか踏ん張ろうと身を突っ張らせますが、ころりと倒れてしまいました。
アゲハちゃんが「助けてー」と叫びます。気が動転して飛んでいられず、きりもみ状態でモモタの上に落ちてきました。キキとカンタンも同じような状況に陥っています。バサバサと飛び上がりはするものの、狭い廊下で壁や天井に当って何度も落ちてきました。
チュウ太は、揺れの衝撃で何度ももんどりうっては、ピンポン玉のように跳ね飛ばされています。
寝室から、亜紀ちゃんの叫び声が聞こえます。同時に居間から亜紀ちゃんを呼ぶママの声が響きました。
モモタは、すぐにでも亜紀ちゃんのもとに駆けて行きたかったのですが、立とうにも上手く立てません。ましてや歩くことなど出来ませんでした。
発生した瞬間から大きな地震でしたが、だんだんと揺れる勢いが増していきます。ついにはどこかの部屋でタンスか何かが倒れて、大きな音が聞こえました。居間にある大きな食卓が飛んで、ガラス戸を突き破って廊下の壁に当ります。慄くアゲハちゃんが叫んで、モモタの毛に顔をうずめました。
不意に電気が消えました。暗くなった瞬間、みんなが叫び声をあげました。
30インチのテレビが宙を舞います。古いタンスの上に飾ってあった日本人形が、ガラスケースごと飛んでいきました。いたる物が宙を飛び交っています。
重そうな桐ダンスでさえ、ふすまを突き破って飛んできました。全体の三分の二の大きさがある上段と、三分の一の大きさがある下段に別れていましたが、壁や床に当った衝撃で発せられる音の大きさから、その重厚さがうかがえます。もし自分の上に飛んでこようものなら、潰されて死んでしまうかもしれません。
そんな荒れ狂う居間の中から、ママが這い出てきました。まだ揺れは治まってはおりません。崩れ去る生活の形が散乱する中、なんとか這って亜紀ちゃんのもとに向かいます。
揺れが弱まり出したころ、布団にくるまってママを呼び続けていた亜紀ちゃんのもとに、ようやくママが到着しました。ひしと抱きしめ合って、お互いの名を呼び合います。
真っ暗闇の中で、モモタたちも身を寄せ合って振るえていました。お互いの無事を喜び合う余裕さえありません。
誰もが生きた心地のしない時間でした。
居間に座って押し黙っていたじいじが立ちあがりました。玄関に行って再び雨がっぱを着こんで、またどこかへ出かける気でいるようです。今度はばあばも雨がっぱを着こんで、一緒に行こうとしていました。
じいじが言いました。
「紀子さん、ちょっと漁協に行ってくる。さっきの電話じゃあ、正はそんな遠くに出たわけじゃあないらしいし、たぶんちょっと波に翻弄されて戻れなくなっているだけだろ」
「わたしも行きます。すぐに準備を――」
ママの声を遮って、ばあばが言います。
「紀子さんは亜紀ちゃんをお願い。正のことはわたしたちに任せて。・・亜紀ちゃんを一人にするわけにはいかないでしょう?」
「でも・・・」
ママはためらいます。
そこに、不安そうな亜紀ちゃんがやって来て、「ママも行っちゃうの?」と心配そうな呟きました。そして、ズボンをぎゅっと握りしめます。嗚咽を堪えているようでした。
ママがしゃがんで言いました。
「・・・大丈夫よ、亜紀ちゃん。ママは行かないから。もう遅いから早く寝ましょうね」
「パパ…帰ってくるよね?」
亜紀ちゃんの問いに、ママは無理に作ったであろう泣きそうな笑顔で、「大丈夫よ。もう港の近くまで帰ってきているらしいから。でも、夜遅いからじいじとばあばが迎えにいくの」と言いました。
そして、立ち上がってじいじたちの方を振り返ったママは言いました。
「それじゃあ、正さんをお願いします」
「ああ」とじいじが答えました。
ばあばが、「何かあったら電話するから・・・」と付け加えます。
それでも不安を拭えない亜紀ちゃんが、再び涙を流し始めました。抑えきれない悲痛な気持ちが、声となって唇からこぼれます。
「パパ・・・パパ・・・…」
「大丈夫よ」ばあばが亜紀ちゃんを抱きしめました。
「台風が来て、こんなに真っ暗になっているのに迷子になったら、パパ帰ってこれないよぅ・・・」
そう言う亜紀ちゃんに、履いていた長靴を脱いだじいじが、お庭に面した廊下へ行って、お外を見ながら亜紀ちゃんを呼んで言いました。
「心配ないよ亜紀。港には灯台があるんだから、ほら――」
じいじは、ばあばに抱っこされてついてきた亜紀ちゃんに分かるように、灯台を指さして続けます。
「――あんなに眩しい光が海を照らしているんだから、どんなに暗くても大丈夫」
「そうよ」とばあばも大きく頷きました。
モモタもついていってお庭のほうを見ましたが、塀があって灯台は見えません。
キキがじいじの肩にとまって灯台がある方を見つめます。その横にカンタンも歩み寄りました。頭の上にアゲハちゃんを乗せています。
田島家は、山を形成する坂道の中腹にありました。小さな雑木林の中に家々が点在していて、小さな箱庭が沢山集まったような小さな村です。
今は深夜遅くてしかも台風の直撃を受けている最中ですから真っ暗で見えませんが、晴れていれば海まで一望できる好立地。モモタたちもお散歩の時は素晴らしい景色に見惚れてしまいます。その美しさといったら、眺めているだけで何時間でも過ごせるほどでした。
お庭にある塀のために灯台が見えないモモタとチュウ太に、キキが話して聞かせてくれました。灯台そのものはみんな見たことがありましたが、夜煌々と灯器を点灯しているさまを見たことがなかったからです。
キキが情景を伝えて言いました。
「すごい強い光を放ってるよ。水平線の向こうまで照らし出してる。まるで、闇夜に浮かぶフクロウの目玉みたい。それ以上だよ。光のトンネルが伸びてるみたいだ。これなら、どこを泳いでいたって、港が分からないわけないよ」
じいじが玄関へと向かいます。
「一緒に乗っとる宗一君の家に寄ってから行くぞ」じいじはそう言って玄関を出ていきました。ばあばはママに頷いて見せ、後に続きます。
二人を見送ったママは、亜紀ちゃんを抱っこして寝室へと連れていきました。
「亜紀ちゃん、もうおねんねしましょうね。朝目が覚めた時には、パパ帰ってきているから」
「本当?」
亜紀ちゃんは不安を拭うことが出来ずに、ママの手を握り締めて放しません。
寝室の入り口からその様子を見守るモモタに、カンタンが言いました。
「灯台があるから大丈夫だよ。あの光、とても遠くまで届くんだ。それに一晩中ついているみたいだし」
亜紀ちゃんは眠りについたのでしょうか。静かになった寝室から、ママが出てきました。居間に向かう途中で電話が鳴って、ママは足早に受話器を取りに向かいます。
急に、モモタの毛が逆立ちました。心の中に言い知れぬ恐怖を感じて身構えました。いてもたってもいられない気持ち悪い感覚が湧いてきて、どういうわけか不安に苛なまれます。
モモタだけではありませんでした。キキもカンタンも狼狽えだして、ソワソワ翼を開こうとしたり閉じたりしながら、辺りを窺っています。アゲハちゃんとチュウ太は、オロオロするばかりでした。
誰もが一瞬目を見合わせて黙った瞬間です。唸るようないやな音が地面から聞こえると同時に、勢いよく突き上げられられました。激しい縦揺れ襲ってきたのです。
「モモタぁ~」チュウ太が、モモタの前足にしがみつきます。
すぐに横揺れがやってきました。大きな地震が発生したのです。
上下左右に小刻みに揺れると同時に、ゆっさゆっさと揺れる大きな揺れに翻弄されるモモタは、何とか踏ん張ろうと身を突っ張らせますが、ころりと倒れてしまいました。
アゲハちゃんが「助けてー」と叫びます。気が動転して飛んでいられず、きりもみ状態でモモタの上に落ちてきました。キキとカンタンも同じような状況に陥っています。バサバサと飛び上がりはするものの、狭い廊下で壁や天井に当って何度も落ちてきました。
チュウ太は、揺れの衝撃で何度ももんどりうっては、ピンポン玉のように跳ね飛ばされています。
寝室から、亜紀ちゃんの叫び声が聞こえます。同時に居間から亜紀ちゃんを呼ぶママの声が響きました。
モモタは、すぐにでも亜紀ちゃんのもとに駆けて行きたかったのですが、立とうにも上手く立てません。ましてや歩くことなど出来ませんでした。
発生した瞬間から大きな地震でしたが、だんだんと揺れる勢いが増していきます。ついにはどこかの部屋でタンスか何かが倒れて、大きな音が聞こえました。居間にある大きな食卓が飛んで、ガラス戸を突き破って廊下の壁に当ります。慄くアゲハちゃんが叫んで、モモタの毛に顔をうずめました。
不意に電気が消えました。暗くなった瞬間、みんなが叫び声をあげました。
30インチのテレビが宙を舞います。古いタンスの上に飾ってあった日本人形が、ガラスケースごと飛んでいきました。いたる物が宙を飛び交っています。
重そうな桐ダンスでさえ、ふすまを突き破って飛んできました。全体の三分の二の大きさがある上段と、三分の一の大きさがある下段に別れていましたが、壁や床に当った衝撃で発せられる音の大きさから、その重厚さがうかがえます。もし自分の上に飛んでこようものなら、潰されて死んでしまうかもしれません。
そんな荒れ狂う居間の中から、ママが這い出てきました。まだ揺れは治まってはおりません。崩れ去る生活の形が散乱する中、なんとか這って亜紀ちゃんのもとに向かいます。
揺れが弱まり出したころ、布団にくるまってママを呼び続けていた亜紀ちゃんのもとに、ようやくママが到着しました。ひしと抱きしめ合って、お互いの名を呼び合います。
真っ暗闇の中で、モモタたちも身を寄せ合って振るえていました。お互いの無事を喜び合う余裕さえありません。
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