485 / 500
モモタとママと虹の架け橋
第百三十二話 暗黒に閉ざされた漁村
しおりを挟む
恐怖の余韻が尾を引いて熱が冷めやらぬ中、泣き叫んで離れるのを嫌がる亜紀ちゃんをなんとかなだめたママが、避難袋を探しに行きます。一人残された亜紀ちゃんは、割れるよな叫び声を発し続けました。
すぐに戻ると言って寝室から出ていたママでしたが、なかなか戻ってきません。泣きじゃくる亜紀ちゃんをなだめてあげようと、モモタがそばに寄りそい、頬を伝う涙をなめてやります。亜紀ちゃんは、モモタを強く抱きしめて布団をかぶりうずくまってしまいました。ですが急に「そうだ」と叫んで立ち上がります。
亜紀ちゃんは、モモタを抱えたまま部屋を出て、庭に面した廊下に向かいました。
辺りには家具や調度品が散乱しています。その上を裸足で駆けていきました。割れたガラスも落ちていましたが、幸い踏まずに済んだようです。
倒れていたタンスに乗って背伸びをした亜紀ちゃんは、一生懸命外を見やっていました。灯台を見ようとしているのでしょう。散らかった物が何であるかくちばしでつついて慎重に確認しながら、カンタンが亜紀ちゃんの横に立って一緒に外を見やります。
「あっ、灯台の光がついてないよ」
簡単の声にみんなはびっくりして、タンスの上に上ります。
「本当だ」とキキが言いました。柱に爪を立てて止まったキキは、海が暗闇に沈んでしまったことをモモタに教えてやります。
チュウ太が言いました。
「亜紀ちゃんパパはどうするんだろう。もう帰ってきてるのかな?」
「そうと祈るしかないわね」アゲハちゃんが、元気なさげな声で答えます。
しばらく黙って外を見ていた亜紀ちゃんは、意を決したように唾をのみ込んで庭に背を向けました。タンスから飛び降りると、すぐに寝室へ戻って押入れを開けます。お洋服を引っ張り出すと、急いで着替えていきました。
そして、可愛いポーチから桃色のレインコートを取り出して、その上に纏います。
「まさかっっ…」と、アゲハちゃんが亜紀ちゃんに声をかけました。「この嵐の中お外に出るわけじゃないでしょう?」
やめるように説得しますが、亜紀ちゃんは意に介しません。
チュウ太も止めに入ります。
「よしなよ亜紀ちゃん。こんな雨の中でお外になんか出たら溺れちゃうよ」
モモタも「にゃあにゃあ」鳴いて亜紀ちゃんを思いとどまらせようとしますが、効果はありません。そこでモモタはママのところに行って、亜紀ちゃんを止めてくれるように頼みます。ですが、ママもそれどころではありません。避難袋が見つからなくて焦っているようでした。
「モモター! 亜紀ちゃんがっっ」
キキが叫びます。
モモタは、急いで寝室のほうに戻ると、亜紀ちゃんは廊下を走っていって玄関に座り、可愛い赤い長靴を履き始めていました。手には大きくて寸胴な懐中電灯が握られています。
モモタが強い口調で言いました。
「だめだよ亜紀ちゃん! こんな嵐の中一人でお外に出たら、本当に死んでしまうよ」
亜紀ちゃんは、熱にうなされたように繰り返し独り言を呟いていました。「パパが死んじゃう…パパが死んじゃう…」、と。
玄関の硝子戸を開けた亜紀ちゃんは、宙を見上げて一瞬たじろぎました。もはや雨ではありません。目の前に滝があるかのようです。まさに水の壁としか言いようがありません。しかも全く前が見えませんでした。雨の壁に加えて、地面を強く打ちつける雨粒が飛沫となって沸き立ち、霧のように充満してていたからです。
ですが、亜紀ちゃんは歯を食いしばって一度鼻で大きく息を吸うと、胸に懐中電灯を抱えて横殴りの雨の中へと走り出しました。
「亜紀ちゃーん」モモタが叫びます。堪らず玄関を下りました。それと同時に、アゲハちゃんがモモタの胸にとまります。
「アゲハちゃん・・・」モモタがアゲハちゃんを見つめました。
見つめ返したアゲハちゃんが、微笑んで言います。
「とめたりしないわ。とめてもモモちゃんは絶対行っちゃうもの。それに、モモちゃんなら亜紀ちゃんを助けられると思うわ」
「でも、アゲハちゃんは待っていた方がいいよ。こんなに強い雨の中じゃ、翅が濡れちゃうでしょう?」
「大丈夫よ。いつもたくさんの鱗粉でお手入れしているもの。ちょっとやそっとの雨なんて怖くないわよ」
それを聞いたモモタは、微かに笑って頷きます。アゲハちゃんも笑って頷きました。
モモタはすぐに玄関を飛び出しました。とても激し暴風雨でしたが、モモタにはアゲハちゃんを守りきる自信がありました。屋久杉の森では、一晩こんな嵐に見舞われて耐え抜いたのですから。
亜紀ちゃんのお家は坂の中腹にありましたから、上から流れてくる水が川のようになっていました。モモタは、強く踏ん張っていないと流されてしまいそうです。
モモタを放っておくことが出来ずに、キキたちも外に飛び出してきました。この雨の中では、チュウ太は簡単に流されてしまいますから、カンタンの背中に乗っています。
停電を起こした漁村には、全くといっていいほど明かりがありません。みんなには、走る亜紀ちゃんの姿が見えていません。夜目の利くモモタだけが、その双眸に亜紀ちゃんを捉えることが出来ました。
モモタは、「こっちっ」と言って走り出します。
亜紀ちゃんは、寄せては返す荒れ狂う波が砕け散る港へとやってきました。そして、岸壁から灯台のほうを見やります。
防波堤によってコの字型に囲まれた港の外の海は、竜蛇が絡み合って悶えているかのように混沌としていました。時折大きな波がやってきては、防波堤にぶつかって、その上を流れて内側に落ちていきます。
亜紀ちゃんの足はレインコートで見えていませんでしたが、とても震えていることでしょう。その振動がモモタにも伝わってきて、とても強い恐怖と闘っていることが窺えました。
すぐに戻ると言って寝室から出ていたママでしたが、なかなか戻ってきません。泣きじゃくる亜紀ちゃんをなだめてあげようと、モモタがそばに寄りそい、頬を伝う涙をなめてやります。亜紀ちゃんは、モモタを強く抱きしめて布団をかぶりうずくまってしまいました。ですが急に「そうだ」と叫んで立ち上がります。
亜紀ちゃんは、モモタを抱えたまま部屋を出て、庭に面した廊下に向かいました。
辺りには家具や調度品が散乱しています。その上を裸足で駆けていきました。割れたガラスも落ちていましたが、幸い踏まずに済んだようです。
倒れていたタンスに乗って背伸びをした亜紀ちゃんは、一生懸命外を見やっていました。灯台を見ようとしているのでしょう。散らかった物が何であるかくちばしでつついて慎重に確認しながら、カンタンが亜紀ちゃんの横に立って一緒に外を見やります。
「あっ、灯台の光がついてないよ」
簡単の声にみんなはびっくりして、タンスの上に上ります。
「本当だ」とキキが言いました。柱に爪を立てて止まったキキは、海が暗闇に沈んでしまったことをモモタに教えてやります。
チュウ太が言いました。
「亜紀ちゃんパパはどうするんだろう。もう帰ってきてるのかな?」
「そうと祈るしかないわね」アゲハちゃんが、元気なさげな声で答えます。
しばらく黙って外を見ていた亜紀ちゃんは、意を決したように唾をのみ込んで庭に背を向けました。タンスから飛び降りると、すぐに寝室へ戻って押入れを開けます。お洋服を引っ張り出すと、急いで着替えていきました。
そして、可愛いポーチから桃色のレインコートを取り出して、その上に纏います。
「まさかっっ…」と、アゲハちゃんが亜紀ちゃんに声をかけました。「この嵐の中お外に出るわけじゃないでしょう?」
やめるように説得しますが、亜紀ちゃんは意に介しません。
チュウ太も止めに入ります。
「よしなよ亜紀ちゃん。こんな雨の中でお外になんか出たら溺れちゃうよ」
モモタも「にゃあにゃあ」鳴いて亜紀ちゃんを思いとどまらせようとしますが、効果はありません。そこでモモタはママのところに行って、亜紀ちゃんを止めてくれるように頼みます。ですが、ママもそれどころではありません。避難袋が見つからなくて焦っているようでした。
「モモター! 亜紀ちゃんがっっ」
キキが叫びます。
モモタは、急いで寝室のほうに戻ると、亜紀ちゃんは廊下を走っていって玄関に座り、可愛い赤い長靴を履き始めていました。手には大きくて寸胴な懐中電灯が握られています。
モモタが強い口調で言いました。
「だめだよ亜紀ちゃん! こんな嵐の中一人でお外に出たら、本当に死んでしまうよ」
亜紀ちゃんは、熱にうなされたように繰り返し独り言を呟いていました。「パパが死んじゃう…パパが死んじゃう…」、と。
玄関の硝子戸を開けた亜紀ちゃんは、宙を見上げて一瞬たじろぎました。もはや雨ではありません。目の前に滝があるかのようです。まさに水の壁としか言いようがありません。しかも全く前が見えませんでした。雨の壁に加えて、地面を強く打ちつける雨粒が飛沫となって沸き立ち、霧のように充満してていたからです。
ですが、亜紀ちゃんは歯を食いしばって一度鼻で大きく息を吸うと、胸に懐中電灯を抱えて横殴りの雨の中へと走り出しました。
「亜紀ちゃーん」モモタが叫びます。堪らず玄関を下りました。それと同時に、アゲハちゃんがモモタの胸にとまります。
「アゲハちゃん・・・」モモタがアゲハちゃんを見つめました。
見つめ返したアゲハちゃんが、微笑んで言います。
「とめたりしないわ。とめてもモモちゃんは絶対行っちゃうもの。それに、モモちゃんなら亜紀ちゃんを助けられると思うわ」
「でも、アゲハちゃんは待っていた方がいいよ。こんなに強い雨の中じゃ、翅が濡れちゃうでしょう?」
「大丈夫よ。いつもたくさんの鱗粉でお手入れしているもの。ちょっとやそっとの雨なんて怖くないわよ」
それを聞いたモモタは、微かに笑って頷きます。アゲハちゃんも笑って頷きました。
モモタはすぐに玄関を飛び出しました。とても激し暴風雨でしたが、モモタにはアゲハちゃんを守りきる自信がありました。屋久杉の森では、一晩こんな嵐に見舞われて耐え抜いたのですから。
亜紀ちゃんのお家は坂の中腹にありましたから、上から流れてくる水が川のようになっていました。モモタは、強く踏ん張っていないと流されてしまいそうです。
モモタを放っておくことが出来ずに、キキたちも外に飛び出してきました。この雨の中では、チュウ太は簡単に流されてしまいますから、カンタンの背中に乗っています。
停電を起こした漁村には、全くといっていいほど明かりがありません。みんなには、走る亜紀ちゃんの姿が見えていません。夜目の利くモモタだけが、その双眸に亜紀ちゃんを捉えることが出来ました。
モモタは、「こっちっ」と言って走り出します。
亜紀ちゃんは、寄せては返す荒れ狂う波が砕け散る港へとやってきました。そして、岸壁から灯台のほうを見やります。
防波堤によってコの字型に囲まれた港の外の海は、竜蛇が絡み合って悶えているかのように混沌としていました。時折大きな波がやってきては、防波堤にぶつかって、その上を流れて内側に落ちていきます。
亜紀ちゃんの足はレインコートで見えていませんでしたが、とても震えていることでしょう。その振動がモモタにも伝わってきて、とても強い恐怖と闘っていることが窺えました。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる