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モモタとママと虹の架け橋
第百二十話 宝石懸想(ほうせきけそう)
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昔々、世界は混とんとしていて暗闇に包まれていました。空には多くの星々が住んでいましたが、誰も自分以外に星が存在するなんて知りません。
星々は、長い長い悠久の時の中でたった一つきりで過ごすうちに、だんだんと寂しさを覚えるようになりました。ですが、この世には自分しかいない、と思っていた星々には、どうすることも出来ません。ただただそこに浮かんでいることしか出来ませんでした。
ある時、一つの星が叫んでみました。
「おーい、誰かー、誰かいませんかー?・・・」
何度か叫んでみるものの、どの方向からも返事はありません。
その星は、悲嘆に暮れて言いました。
「なんで僕はしゃべれるんだ。たった一つしかいないのに。これじゃあ、誰ともしゃべれない。喋られるっていうのは、なんて残酷なことなんだ。喋りたくて喋りたくて我慢できない。喋ったとしても誰も聞いてもくれないのに・・・」
遠く離れた空の彼方に、別の星がいました。
この星は、生まれてからこのかた一度も声を発したことがりません。来る日も来る日も縹渺たる暗闇の向こうを見据えていました。
とてつもなく長い時間瞬きもせずに暗闇を見つめ続けていたこの星は、ついにゆっくりとまぶたを閉じました。大粒の涙を瞳に湛えて。
そして思いました。
「なぜわたしには瞳があるのでしょう。なに一つ見えやしないのに。瞳を閉じていても開けていても、どうせ暗闇しか見えないのであれば、いっそのこと瞳なんてなかったらよかったのに」
この星がいる空から更に遠くにある空に、また別の星が住んでいました。
この星は、生まれてこのかた声を発したこともなく、瞳を開いたこともありません。延々とじっとして、まなこを瞑って耳をそばだてていました。ですが何も聞こえてくることはありません。
ついに耐えられなくなったこの星は、ゆっくりと大きなため息をついて、最後にもう一度耳を澄まして辺りを確かめてから、心の声で小さくつぶやきました。
「なぜ僕には耳があるんだ。聞こえるのは僕の声しかないのに。僕以外に星はいないのだから、耳が聞こえたからって何になるというんだ。喋るのは僕だけなのだから。
喋ることだって必要ない。だって声を出さなくても頭の中で喋られる。これなら耳なんてなくてもおんなじだ。どうして僕は耳なんてもって生まれてきたのだろう」
この三つの星だけではありません。多くの星が、この星たちのような悩みを抱えていました。ある者は鼻があること。ある者は舌があること。毎日毎日どの星も何かしらの悶々とした気持ちをいだき、悄然(しょうぜん)としてしていたのです。
自分以外の存在に思いをはせて懊悩としながらも、畢竟(ひっきょう)何もできずに空に浮かび続けていました。
ある空に、漫然とした気持ちを吐露し続ける星がいました。たった一つでいることに耐えられなくなったこの星は、暗闇に穴が開くほど睥睨(へいげい)し、喚き散らしています。ですが、誰の声も聞こえてきません。
この星は、生まれてこのかたこのようにしてきたのですが、ついぞ誰も現れてはくれませんでした。気塞いに陥ったこの星は、ついには寸毫の望みも枯渇して、喚き散らすのをやめました。
しかのみならず絶望に打ちひしがれたのか、悄然(しょうぜん)とした様子で浮かんでいます。そしてついには、卒然と星であることを放擲(ほうてき)してしまいました。
するとどうでしょう。この星は、漸漸(ざんざん)と闇に没していくではありませんか。そして空の暗闇よりも暗い暗黒の星へと変わってしまいました。ですがこの星自身も気がつきません。星自身ですら自らの姿は見えていなかったからです。ですから闇色に変ってしまったことに気がつかなかったのでした。
誰も独りぼっちに耐えられる者などおりません。多くの星々が厭世的(えんせいてき)に過ごすようになりました。ほとんどの星は考えるのをやめ、ただの大きな石の塊や土の塊となったのです。
ですがそんな中で、それでもなお生き続ける星がいました。しかし、彼らが存在しうるという状況は、常に苦悩に満ちたものでした。
彼らは尽きない誰かへの渇望を溢水させて、滂沱の涙を流して延々と泣き続けていたのです。止めどなくあるれる涙は筋を引いて川を成し、流れていってくぼんだ所に溜まっていきました。
勢い余って飛び散った涙もありました。それらは雨となってまた落ちてきてます。それらもまた流れていってくぼんだ所に溜まっていきました。
度々嗚咽し身を震わせたので、大きく大地が揺らぎ、そして裂けました。
溜まった水は次第に量を増して、池となって湖となり、果ては大地の裂け目を満たして海へと変貌していきます。そこまで来ると、さすがに星の涙は枯れ果てて出なくなってしまいました。星の中を巡っていた水脈は枯れ果て、星は乾いてひび割れた土の塊へと変わっていってしまったのです。
涙は枯渇し喉も嗄れ果てた今、もはや闇の向こうを見やることも誰かを呼ぶことも叶いません。今まで星であることを放擲(ほうてき)しなかった星々の中にも、諦めて、ただの塊となるものが出始めました。空は、更なる闇へと沈んでいきます。
より暗くなる中で、地表がひび割れようともあきらめない星々がまだいました。空のどこを見渡しても、己が己としてあるべき姿でいる星はどこにも見当たりません。なぜならば、彼らもまた星であることを放擲(ほうてき)してしまった星のように黙りこくっていたからです。
彼らは、唯一残された想像するということを続けていました。彼らが夢想する世界は闇に包まれていましたし、自分以外の星の存在を想像できていたわけではありません。見たことがないものを想像することは出来ないのです。
ですが彼らは、忘れてはいませんでした。彼らは、自らの口から言葉を発しました。自らの耳で己の声を聞きました。自らの地表で、己の涙に触れました。そして、見えないと思っていた闇を、闇として見ていたのです。
彼らは気がつきました。僕は(わたしは)存在する、と。自分が存在するならば、どこかに自分と同じようにものを考える誰かがいるはずだ、と。
いつからか、彼らは自分のように独りぽっちの星々を空想するようになっていったのです。そうして、彼らは目を閉じて静かに夢想するようになったのでした。
星々は、長い長い悠久の時の中でたった一つきりで過ごすうちに、だんだんと寂しさを覚えるようになりました。ですが、この世には自分しかいない、と思っていた星々には、どうすることも出来ません。ただただそこに浮かんでいることしか出来ませんでした。
ある時、一つの星が叫んでみました。
「おーい、誰かー、誰かいませんかー?・・・」
何度か叫んでみるものの、どの方向からも返事はありません。
その星は、悲嘆に暮れて言いました。
「なんで僕はしゃべれるんだ。たった一つしかいないのに。これじゃあ、誰ともしゃべれない。喋られるっていうのは、なんて残酷なことなんだ。喋りたくて喋りたくて我慢できない。喋ったとしても誰も聞いてもくれないのに・・・」
遠く離れた空の彼方に、別の星がいました。
この星は、生まれてからこのかた一度も声を発したことがりません。来る日も来る日も縹渺たる暗闇の向こうを見据えていました。
とてつもなく長い時間瞬きもせずに暗闇を見つめ続けていたこの星は、ついにゆっくりとまぶたを閉じました。大粒の涙を瞳に湛えて。
そして思いました。
「なぜわたしには瞳があるのでしょう。なに一つ見えやしないのに。瞳を閉じていても開けていても、どうせ暗闇しか見えないのであれば、いっそのこと瞳なんてなかったらよかったのに」
この星がいる空から更に遠くにある空に、また別の星が住んでいました。
この星は、生まれてこのかた声を発したこともなく、瞳を開いたこともありません。延々とじっとして、まなこを瞑って耳をそばだてていました。ですが何も聞こえてくることはありません。
ついに耐えられなくなったこの星は、ゆっくりと大きなため息をついて、最後にもう一度耳を澄まして辺りを確かめてから、心の声で小さくつぶやきました。
「なぜ僕には耳があるんだ。聞こえるのは僕の声しかないのに。僕以外に星はいないのだから、耳が聞こえたからって何になるというんだ。喋るのは僕だけなのだから。
喋ることだって必要ない。だって声を出さなくても頭の中で喋られる。これなら耳なんてなくてもおんなじだ。どうして僕は耳なんてもって生まれてきたのだろう」
この三つの星だけではありません。多くの星が、この星たちのような悩みを抱えていました。ある者は鼻があること。ある者は舌があること。毎日毎日どの星も何かしらの悶々とした気持ちをいだき、悄然(しょうぜん)としてしていたのです。
自分以外の存在に思いをはせて懊悩としながらも、畢竟(ひっきょう)何もできずに空に浮かび続けていました。
ある空に、漫然とした気持ちを吐露し続ける星がいました。たった一つでいることに耐えられなくなったこの星は、暗闇に穴が開くほど睥睨(へいげい)し、喚き散らしています。ですが、誰の声も聞こえてきません。
この星は、生まれてこのかたこのようにしてきたのですが、ついぞ誰も現れてはくれませんでした。気塞いに陥ったこの星は、ついには寸毫の望みも枯渇して、喚き散らすのをやめました。
しかのみならず絶望に打ちひしがれたのか、悄然(しょうぜん)とした様子で浮かんでいます。そしてついには、卒然と星であることを放擲(ほうてき)してしまいました。
するとどうでしょう。この星は、漸漸(ざんざん)と闇に没していくではありませんか。そして空の暗闇よりも暗い暗黒の星へと変わってしまいました。ですがこの星自身も気がつきません。星自身ですら自らの姿は見えていなかったからです。ですから闇色に変ってしまったことに気がつかなかったのでした。
誰も独りぼっちに耐えられる者などおりません。多くの星々が厭世的(えんせいてき)に過ごすようになりました。ほとんどの星は考えるのをやめ、ただの大きな石の塊や土の塊となったのです。
ですがそんな中で、それでもなお生き続ける星がいました。しかし、彼らが存在しうるという状況は、常に苦悩に満ちたものでした。
彼らは尽きない誰かへの渇望を溢水させて、滂沱の涙を流して延々と泣き続けていたのです。止めどなくあるれる涙は筋を引いて川を成し、流れていってくぼんだ所に溜まっていきました。
勢い余って飛び散った涙もありました。それらは雨となってまた落ちてきてます。それらもまた流れていってくぼんだ所に溜まっていきました。
度々嗚咽し身を震わせたので、大きく大地が揺らぎ、そして裂けました。
溜まった水は次第に量を増して、池となって湖となり、果ては大地の裂け目を満たして海へと変貌していきます。そこまで来ると、さすがに星の涙は枯れ果てて出なくなってしまいました。星の中を巡っていた水脈は枯れ果て、星は乾いてひび割れた土の塊へと変わっていってしまったのです。
涙は枯渇し喉も嗄れ果てた今、もはや闇の向こうを見やることも誰かを呼ぶことも叶いません。今まで星であることを放擲(ほうてき)しなかった星々の中にも、諦めて、ただの塊となるものが出始めました。空は、更なる闇へと沈んでいきます。
より暗くなる中で、地表がひび割れようともあきらめない星々がまだいました。空のどこを見渡しても、己が己としてあるべき姿でいる星はどこにも見当たりません。なぜならば、彼らもまた星であることを放擲(ほうてき)してしまった星のように黙りこくっていたからです。
彼らは、唯一残された想像するということを続けていました。彼らが夢想する世界は闇に包まれていましたし、自分以外の星の存在を想像できていたわけではありません。見たことがないものを想像することは出来ないのです。
ですが彼らは、忘れてはいませんでした。彼らは、自らの口から言葉を発しました。自らの耳で己の声を聞きました。自らの地表で、己の涙に触れました。そして、見えないと思っていた闇を、闇として見ていたのです。
彼らは気がつきました。僕は(わたしは)存在する、と。自分が存在するならば、どこかに自分と同じようにものを考える誰かがいるはずだ、と。
いつからか、彼らは自分のように独りぽっちの星々を空想するようになっていったのです。そうして、彼らは目を閉じて静かに夢想するようになったのでした。
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