猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第百話 表情の意味

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 モモタは、ふと我に返りました。目の前には、ニーラの銅像が立っています。周りを見渡すと、自分は、クークブアジハーのお庭に上がってきた階段の前にいました。

 モモタは、夢を見ていたのかな? と思ってみんなを見ると、みんなも同じように呆けた様子でお互いを見合います。

 モモタは言いました。
 「僕、ニーラちゃんに会ったんだ」

 するとアゲハちゃんが、「わたしもよ、シルチに会ったわ」

 「僕もだよ」とキキ「オーサンたちにも」

 チュウ太も言いました。
 「信じられない、僕たちおんなじ夢を見ていたんだ」

 みんなは、ニーラの石像を見上げます。

 モモタは言いました。
 「ううん、夢なんかじゃないよ、だってニーラちゃんの石像には、とても暖かい感情が溢れているから」

 「モモタ」キキが声をかけました。「早くいかないと、クークブアジハーが目を覚ましてしまうかもしれないよ。そうしたら、僕たちはここに閉じ込められてしまうよ」

 「そうだね、急がなくっちゃ」

 そう言って階段のほうに向きを変えたモモタは、二、三歩歩み出てから足を止め、もう一度ニーラの石像を見返しました。

 (夢なんかじゃないよね、また会えるかな。また会えるよね、きっと。・・・また会いたいな)

 そう思った瞬間です。ニーラの石像がまばゆい光に包まれました。極彩色のどこまでも深く優しい光です。

 みんなが光る石像の方を振り返った瞬間、ニーラの声が響きます。

 🎼呼ばれて無いのにイヤーサーサー♬🎼

 ジャカジャカジャカジャカジャカジャ♪ と、どこからともなくお囃子も聞こえます。

 ニーラの石像が光の中に溶けたかと思うと、三つの残像を残して、ニーラが姿を現しました。

 モモタたちは驚いて、口をそろえて叫びます。

 「最初の残像変なの出た―――‼‼‼」

 モモタたちの前に現れたのは、群青色の長い髪で、太めの襟と手に向かってだんだんと幅の広がる袖の口に朱色の縁のあるへそだし襦袢(じゅばん)を着ている人魚でした。襟を前で重ねて縛るだけの簡素ながらも琉球ブルーを下地にして色とりどりの複雑で派手な南国花蝶模様の衣の背中にはV字の切れ込みがあって、イルカの背びれがありました。下半身はイルカの姿、尾ひれはジュゴンの形をした女の子です。

 ニーラが言いました。

 「最後まで『ザンヒートゥームヌガタイ』(ジュゴンとイルカの物語)を見てくれてありがとう。
  あなたならここに来てくれるって思っていたから、一生懸命準備して待っていたの」

 「僕たちを?」モモタが答えます。

 「ええ、あなたが海ガメに乗って北に旅立ったのは、海に溶けたあなたたちの愛の息吹を感じて分かっていたから」

 「それで・・・ちょっと訊いてもいい?」モモタが、ニーラの言葉を遮って、おずおずと訊きました。

 「ええ、いいわよ」

 「なんで、最初の残像で変な顔したの?」

 「それは真実の愛がなせる業、わたしの愛がそうさせたの」

 莞爾して笑うニーラに、アゲハちゃんが言いました。

 「冗談でしょ?」

 「冗談よ(ニコニコ)」

 ニーラちゃんはなんか変な子だなと、みんなは思いました。

 モモタが再び口を開きます。

 「僕たち、虹の雫を探しているの。ニーラちゃん知ってる?」

 「虹の雫? さあ、聞いたことないけれど・・・」

 「クジラさんたちのお話だと、この辺りの海に温泉が湧いていて、そこに一つあるらしいんだ」

 ニーラは少し考えて答えます。

 「わたしはここから出たことないけれど、このニライカナイには一つだけ温泉が湧いているわ」

 「本当⁉」みんなが叫びます。

 モモタが言いました。

 「教えて! 僕どうしても虹の雫が欲しいんだ」

 「分かっているわ。ママに会いたいんでしょう?」

 ニーラは楽しそうにそう言って、スィーと宙を泳ぎながら、階下へと続く階段を下りていきます。モモタたちも後に続きました。

 しばらくして、「あっ」とモモタが叫びました。

 最初に上陸したところに戻ってきたのですが、あぶくトンネルがありません。

 モモタは慌てました。

 「どうしよう、あぶくトンネルがない。歌劇を見ていたから、クークブアジハーが目覚めちゃったんだ」

 チュウ太が不安がります。

 「じゃあ、僕たちもう帰れないってこと? まあ、ここのひかる苔は美味しいけれど・・・」

 そう言ってむしゃりとします。

 「隠し味は愛情よ」とニーラが言いました。

 というより、愛情そのものです。だって愛情で輝いているのですから。

 モモタがニーラに訊きました。

 「僕たち、どのくらい歌劇を見てたの?」

 「瞬きするほんの一瞬の合間だけよ。ウーマクとちゃくちゃくもまだニライカナイから出ていないわ。」

 モモタたちには信じられません。だって歌劇の中では、本当に時が過ぎていたように感じられたのです。何年も何十年も。

 ニーラが続けて言いました。

 「えくぼちゃんもまだおねむよ」

 「えくぼちゃん?」とモモタが訊き返します。

 「クークブアジハーのあだ名よ」

 それを聞いて、チュウ太が変な顔をします。

 「あの見た目でそのあだ名? 命名おかしくない?」

 ニーラが、半身を水路に沈めて言いました。

 「あら、あの子には可愛いところもあるのよ。心優しいし」

 キキが言いました。

 「なんにしろ、イルカたちが来るまでここで待つしかないね。ニーラちゃんと違って、僕たちは海の中で息出来ないし」

 ニーラがたおやかな笑顔を見せました。

 「大丈夫よ、真実の愛は、地上と海の境を無くすの。安心してついてらっしゃい」

 モモタ以外は、言っている意味が分からず躊躇しました。モモタだけが歩み出ます。少しのためらいもなく、前足を水路に入れました。

 するとどうでしょう。モモタの前足は水にぬれることなく海水の中へと潜っていきます。モモタは、そのまま大きなあぶく船にすっぽりと入ってしまいました。

 それを見たアゲハちゃんが、おっかなびっくり、モモタのもとへと下りていきます。手で水面に触れると、指は全く濡れません。それに気がついたアゲハちゃんは、「えいっ」と水中に飛び込みます。

 アゲハちゃんは、宙を舞っているのと同じようにヒラヒラと翅を羽ばたかせながら、モモタの耳にとまりました。とても海の中にいるとは思えません。

 チュウ太もアゲハちゃんに続きました。ただキキ一羽だけが躊躇します。

 「僕のくちばしや爪であぶくが割れないかな」

 「大丈夫よ」ニーラが言います。「ボーチラも言っていたでしょう。痛みに強弱をつけることによって、愛を示せるのよ」

 アゲハちゃんが言いました。

 「ツンデレのツンね」

 みんなはニーラに連れられて、海に沈んだニライカナイの廊下を泳いで行きました。
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