猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第九十七話 己の望みか、誰が望みか

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第五幕 旅立ち

(狂乱索餌の大混乱とは一転して、静かで暗い海の谷底。イルカもジュゴンももサメたちもいない。
 いるのは、オーサン、シルチ、イルカ王、ジュゴン王のみ)

第一景

(中央中段にオーサン、シルチ、イルカ王、ジュゴン王がいる。)

イルカ王とジュゴン王
(オーサンとシルチの周りを泳ぎまわる)

イルカ王(オーサンと離ればなれになったシルチに向かって)
    「姫よ姫、ジュゴンの姫よ、なぜあなたは息子にすがる。
     息子はイルカ、あなたはジュゴン、
     それは結ばれぬ運命ということ」

シルチ 「それは違いますわ、イルカの陛下、
     わたしはオーサン様を愛しております。
     そしてオーサン様もわたしを愛しておりますからには、
     これが真実の愛でないはずがありません」

イルカ王「だが二頭がしようとしていることは、ありえぬことだ。
     結婚など出来やしない…」

シルチ             「なぜそうと決めつけるのです?」

イルカ王「出来ないからに決まっておろう」

シルチ                「それは、
     出来ないという理由をつけて、やらせないようにしているだけ。
     陛下自身がしないようにしているだけです。
     目を閉じて想像してください、白いイルカが思い描けます、 
     青いジュゴンが思い描けます。
     勇気を出してひと泳ぎすれば、違う世界が広がっています。
     それを知ろうとしさえすれば、翡翠の青や緑に輝く海の如く、
     生命も色鮮やかに…」

イルカ王「だが、あなた自身はどうなのだ、白いジュゴンは変わらない。
     イルカは家族で群れを成すもの、
     あなたはいつまで経ってもジュゴンのまま…」

シルチ 「姿かたちなど関係ない、大事なのは内に秘める心なのです。
     隣人を愛すと心に決めれば、いと小さき者をも愛せるはずです」

イルカ王「だが、残された家族はどうすればいいのか、
     私とていつまでも若くはないぞ、後継者たるオーサン失くして、
     誰が家族を導けようか」

シルチ 「それは既に示されております、陛下によって示されております。
     イルカは家族で群れを成すもの、血の繋がりは塩より濃い、
     切っても切れない強い絆、誰が王になろうとも、
     家族の皆への愛が本物ならば、よく治まることでしょう」

ジュゴン王
    「(オーサンに向かって)王子は一頭娘を連れ去るというのか、
     私の最たる幸せを。
     民のみんなが望んでいるのだ、シルチが幸せになることを」

オーサン「陛下、恐れながら申し上げましょう。
     陛下のおおせになる幸せとは誰の幸せか」

ジュゴン王  
    「それは無論、シルチの幸せ」

オーサン「その幸せとはいかなるものです?」

ジュゴン王
    「私が連れてきたジュゴンの中から婿を選んで迎えることだ。
     さすれば、我が姫は子宝に恵まれ、民も喜び安堵する。
     孫の顔を見たいと夢見ることすら、お前は私に願うなと言うか」

オーサン「いいえ、ですがそれはあなたの願いであって、シルチ姫の
     願いだとは言えないのです。
     シルチ姫は、それを望んでおりません、
     僕を…僕を愛しているのですから。
     陛下は錯覚しているのです、民は錯覚しているのです。
     自らの望みが叶う喜びが、さも姫の喜びであるかのように。
     心にいだく姫の姿は、えてして姫の姿をした自分。
     姫はこうあるべきだという決めつけが、
     姫を不幸にしてしまうのです。」

ジュゴン王
    「だが、民の幸せも考えなければ王とは言えぬ。
     シルチとて同じこと、姫である以上は同じこと。
     一頭娘のシルチが婿を、とらぬと国が滅んでしまう」

オーサン「なにをもって国と言います?」

ジュゴン王 
    「それは、無論王家あっての国であろう」

オーサン「いえ、それは違います、民あっての国なのです。
     たとえシルチ姫が大海の向こうに旅立とうと、
     民はそこに居続けます、国はそこにあり続けます。
     美しい浅瀬に波が寄せて引いてを繰り返し、
     千年経てなおなくなりますまい」

ジュゴン王
    「なればこそ、シルチはジュゴンと添うべきなのだ」

オーサン「ジュゴンの国は我らの国と、違って家族の群れではない。
     それは、血のつながりだけが国ではないとする、
     大いなる証の一つでしょう。
     姫がおらずとも、民が王家を望めば王国が、
     寄合を望めば寄合の国ができましょう」

ジュゴン王
    「オーサン王子、それは王家に滅べと言うのか」

オーサン「いいえ、滅べとは言いません。
     王家は真理ではありありません、イルカの王家はイルカが考え、
     ジュゴンの王家はジュゴンが考えたるもの。
     フカの谷が覇道で治まるのだって、皆がそれを望むから。
     シルチ姫がいなくなって、王家が滅びると決めるはあなた次第、
     民次第。
     ジュゴンの陛下、父君としてお考えください、姫の行く末を。
     王家のために、民のために犠牲にしてよいのでしょうか、
     姫の幸せを。
     姫が旅立っても、民が不幸になるとは限りますまい。
     変化を恐れるから生まれる不安、ただ一時の」

(オーサンとシルチは寄りそって上手へ消え、イルカ王とジュゴン王は上手を見ながら下手に消える)
(しばらくして、下手海面付近からオーサンとシルチが現れる)
(周りをさざ波たちが踊っている)
 
オーサン「ああ、シルチ、見てごらん、あの空の金色(こんじき)のさまを」

シルチ 「ああすてき、あんな空、わたし初めて目にします」

オーサン「海に王国があるように、浜珊瑚の上に王国があるように、
     天空にも国があるのだろう」

シルチ 「見て、輝く天幕、あたかも優しく赤子をあやすように、
     流れるさざ波であるかのよう」

オーサン「あの揺らめきの金色の帯と、ともに光る一筋の明光、
     あの下に行けば必ずや、僕たちが住まうに適した、
     豊かな海が広がっているはず」

シルチ 「さあ行きましょう、わたしたちの愛で、七つの海を満たすために」

(金色の空を目指して泳いで行く二頭)

海のさざ波たち
   「晴ればれ晴れるや、晴れやか晴れるや。
    晴ればれ晴れるや、晴れやか晴れるや」
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