猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第八十四話 頼みの壺

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 モモタたちは、一計を案じました。

 四角形に張り巡らされた壁の四隅には、とても大きな壺が飾られていました。その一つが倒れています。他の三つは重くて動かせそうにありませんでしたが、横になった一つは、転がせば海に落とせるかもしれません。

 ウーマク君が提案します。

 「なんとかあいつをおびき寄せて、頭の上にあの壺を落とすことが出来れば、さすがのあいつも気を失うよ。みんなで協力して気を失わせた隙にここから逃げ出そう」

 チュウ太が、話しを止めて問いただします。

 「それだと君たちしか逃げられないんじゃない? 僕たちはどうするのさ」

 「みんなを呼んでくるよ。君たちはあぶくトンネルで来たんだろう? 帰りのあぶくトンネルを作ってもらって脱出すればいい。クークブアジハーは大きすぎて、狭い水路は泳げないし、入っていくことができても反転できない。しかも真暗だから、敢えて入っては来ないんじゃないかな。

  こことサンゴ山の入り口を繋ぐ道はとても遠回りなんだ。もしかしたら、僕が知らない道があるのかもしれないけれど、少なくともモモタ君たちがここに来るまでにアーチ天上の道は通らなかったんだろ?」

 「うん」とモモタが頷きます。「たぶん、ホオジロザメが泳げるほどの太い道はなかったかな。人が三人並んで歩ける程度だったと思うよ」

 「それなら大丈夫だよ。急いで帰れば、あいつが外に出るよりも早く君らのほうが出られると思うよ」

 それから数日の間、キキはお庭の中を飛び回りました。計画がばれないように、出口を求めて探索したり、モモタのごはんを捕まえたりするふりを装います。

 ここしばらく、クークブアジハーは姿を現しません。どこにいるか分かりません。深く潜水しているのかもしれませんし、お外に出ているのかもしれません。

 キキが根気強く飛び回っていると、ようやくチャンスが巡ってきました。静かに、そして正確に、キキの軌跡を追う背びれが海面を切り裂きます。

 クークブアジハーの出現の水音はキキには聞こえませんでした。ですがキキは、持ち前の目のよさで、ちょっとした水面の変化を捉えていたのです。

 すぐにはモモタたちへの元へと戻りません。海面近くを飛んでみたり、サンゴでできた壁に爪を引っ掛けて周りを見渡してみたり、と気づかないふり。その度に沈む背びれと巨体の影を視界の端に捉えながら、キキはまた飛び始めます。

 キキは思いました。クークブアジハーは、自分を食べる気満々だ、と。

 クークブアジハーは、時折襲い掛かる動作を見せました。海中にいるのでその姿は見えませんが、キキの洞察力はそれを察知していました。どれだけ間が詰められたとしたら、捕獲圏に入るのか推察して、飛ぶ高度を調整します。襲えそうで襲えない距離を保ちました。

 自分を追うことに飽きられてもいけません。ですのでキキは、モモタたちの元に戻ることにしました。その時も演技は忘れません。脱出経路を探すのをやめたていで、警戒を怠った感じで飛び始めました。

 追跡してくる背びれの速度が上がります。間を詰め始めたということでしょう。襲い掛かるため臨戦態勢に入ったのです。

 キキは翼を羽ばたかせて、クークブアジハーと距離をとろうとしました。そうすれば、彼は更に速度を上げる、と思ったからです。速度が上がればすぐに止まることは出来なくなります。ですから、もしモモタたちの計画に気がついたとしても、すぐに避けられないでしょう。壺を落とす時間を稼ごうというのです。

 アゲハちゃんが、手のひらをモモタに向けて、マテの姿勢をとりました。モモタとチュウ太、そして陸に上がったちゃくちゃくちゃんが、壺を落とそう、と構えます。

 空気が緊張で凍りつきました。声も凍って出てきません。そして、その瞬間は訪れました。
クークブアジハーは、ぐんぐんとスピードを上げてキキに迫ります。そして音もなく海面をかき分けて、頭頂部をもたげました。

 短い時間でしたが、とても長く感じられるひと時です。いえ、時間が長かったのではありません。キキの目にもアゲハちゃんの目にも、とてもスローモーションに見えていたのです。

 不意に、キキの体勢が左にぶれました。クークブアジハーは海の狩人。その一瞬を見逃しません。尖った鼻先が海上に現れると同時に、恐ろしい牙のならぶ大きな口を開いて、爆発したかのような水しぶきを上げながらキキに襲い掛かります。

 キキは、みんながいる壺の下を深く右にUターンして、左に向かって急横回転。右にそれる獲物を追って右を向いた口舌の追随を許さず、そのわき通り過ぎようとします。

 アゲハちゃんが、かざしていた手を勢いよく振り下ろしました。その瞬間、モモタたちは一斉にツボを押し始めます。

 チュウ太が叫びました。

 「だめだー! 重すぎて転がらない!」

 「頑張れー!」とモモタが叫びます。

 間一髪ですり抜けられると思ったキキですが、クークブアジハーも負けてはいません。腰を目一杯よじって、キキに追いすがります。

 キキの視界に影が差しました。上にも下にも薄桃色のアゴの粘膜が覆っています。舌が伸縮するのが見えました。右のほうには、海水が吸い込まれていく二つの洞穴が空いています。その中央に落ちる咽喉が、キキを飲み込もうと待ち構えていました。

 キキは、更にギアを入れました。全力を出した体に激しくムチを打ち、トップにいれたギアをより上げようとします。

 キキは背を仰け反らせて、極小さく体を左にひねりました。急速に速度を落としたキキに、前進する力がのしかかり、一瞬焦点が揺らぎ視界が白くぼやけます。それでもキキは、左急横回転と上方宙返りをやめません。

 先を行き過ぎた口を戻そうと、クークブアジハーが左に身をよじります。

 壺をぶつけるには、またとないチャンスでした。ですが、壺は一向に落ちていきません。キキが壺を見やります。1ミリも動く気配はありませんでした。

 そこに、ウーマク君の声が響きます。

 「ちゃくちゃくちゃん、そこどいてー!」
 ちゃくちゃくちゃんが目だけで後ろを見やると、水路の向こうを泳ぐウーマク君が、潜水を開始しました。大ジャンプを披露するのだと瞬時に気がついたちゃくちゃくちゃんは、壺から離れて身を伏せます。

 海面に青い影が浮かび上がったかと思った瞬間。水を叩く音を響かせて、ウーマク君が壺目掛けて勢いよく飛び上がりました。そして激しく体当たり。

 水しぶきが怖くて伏せたモモタが見上げると、ゆっくりと壺が回転を始めます。そして、バランスを保てなくなると一瞬速く転げて、そのまま外の海へと落ちていきました。

 モモタは、その壺を追って海面を見下ろします。ちょうど、クークブアジハーの口が閉じられる瞬間でした。その中にキキの姿が見えました。

 クークブアジハーの鋭い目が、ぎょろりと壺を見上げます。すぐに避けようとしますが、身の半部を海上に露出した状態では、避けようもありません。身をよじりますが、壺の影の外には逃げ出せませんでした。

 しかも、海中に頭が沈む前に壺が落ちてきて、頭へと直撃しました。壁の上部から海面までは、相当な距離があります。クークブアジハーの巨体が、海面に叩きつけられ、大きな衝撃音が響きます。大量の水しぶきが、モモタたちにもかかりました。

 身をかがめたモモタが、閉じた瞳を開けてもう一度海を見やります。しばらくすると、耐えきれず気を失ったクークブアジハーが、横を向いて水面に浮かびあがってきました。漂いながら、外の海へと下りる階段のほうへと流れていきます。

 「やったぁー!」

 モモタたちは、嬉しさのあまり飛び上がって、みんなで健闘を讃え合います。

 階段から飛び移れる距離にクークブアジハーが流れてくるのを待って、モモタは大きなお腹に飛び移ろうと身構えました。

 「危ないわ」とアゲハちゃんが心配します。「ずべって落ちたらどうするの? 尾びれに乗ってから上っていけば安全よ」

 「大丈夫だよ。サメさんの肌はザラザラしていて滑らないんだ」

 モモタはそう言いながら飛び乗ってから、口のほうへと歩んでいきます。チュウ太は階段でお留守番。

 橙色の虹の雫に向かって前足を伸ばすモモタですが、上手く届きません。何度も口の谷間に落ちそうになりながら、ようやく爪に雫を引っ掛けました。

 「あっ」とモモタが叫びます。

 その瞬間、八重歯に挟まった虹の雫が歯の上を転がって、口の谷間に落ちていきます。すかさずキキが飛び込んで雫をキャッチ、間一髪でした。

 モモタは、お礼を言いながら階段へと戻ります。そこにキキが戻ってきて、虹の雫をモモタの目の前に置きました。

 モモタは、虹の雫を見て「あれ?」と呟きます。「なんか違う?」軽く肉球でなで転がして言いました。「なんかこれ柔らかい。ぷにゅぷにゅしてる」

 キキが、何度も首を傾げます。

チュウ太が前足で押してみると、海水が滲みだします。それを見て言いました。

 「これ、人間が洗い物する時に使うやつじゃないの? アワアワもこもこなやつ」

 スポンジのことを言っているのでしょうか。
 アゲハちゃんも触ってみます。

 「分かったわ。これ、あれじゃないかしら」注目するみんなに言いました。「花粉よ。花粉の塊が水を吸ってふやけているのよ。それが、歯のギザギザに引っ掛かって取れなくなっていたんじゃないかしら」

 モモタたちが虹の雫だと思っていたものは、ただの花粉の玉でした。

 チュウ太が言います。

 「花粉じゃ役に立たないな。僕もモモタも花粉は使いようない。キキはどう?」

 「僕はないね」

 「わたしにはあるわ」とアゲハちゃん。「花粉や蜜蜂なんかはお家の材料にしたりもするし、わたしも身を飾ったりくつろぐのに使ったりできるわ」

 モモタが言いました。

 「それじゃー、アゲハちゃんにあげるー」

 「本当? ありがとー。とってもいいクッションが手に入ったわ」

 とても喜ぶアゲハちゃんでした。

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