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モモタとママと虹の架け橋
第七十話 力をうるのに必要なもの
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縦に大きく揺れ続けていた地震は、ようやく治まりました。巨大な屋久杉に、崩れ落ちてくる様子は見られません。大きく傾き、地を覆っていた根は割れ砕け、天を遮るように広がっていた枝の多くは落ちてしまいましたが、その巨大な樹幹は現在です。
遠くに避難していたツマベニチョウたちが、モモタたちの元に戻ってきました。彼らの目に、モモタたちに囲まれているあっちゃんママの姿が飛び込んできました。あの美しかったあっちゃんママは翅を無くし、地を這う虫のような姿になっていました。よく見ると、触角も千切れて、左右で長さが違います。
そんな土埃にまみれたあっちゃんママの姿を見て、ママ友たちは心配して心を痛めましたが、そのような姿になるほどの状況を潜り抜けてきたとは思えないほど、さっちゃんママの表情は安らかです。とても優しく微笑んでいました。
あっちゃんママの腕には、頭が黒い縁のあるオレンジ色で、トゲ状の斑紋が並んだ絹のように真っ白なサナギがいだかれています。あっちゃんママは、それを大変慈しむように見つめていました。
サナギが咽び泣きながら声を発しました。
「ママ、ママ、お翅がっ、たいしぇつなお翅が・・・わたちのちぇいで・・・」
「いいのよ」あっちゃんママは、優しく言いました。強くそして柔らかく抱きしめて続けます。「翅なんてどうでもいいの。だってさっちゃんの方が大切なんですもの」
「ママ・・・・」
さっちゃんは、ぴょこぴょこ身を震わせながら、あっちゃんママにすがりついて泣きじゃくります。
あっちゃんママが続けて言いました。
「ごめんね、さっちゃん。わたしのせいで、さっちゃんは苦しい思いをしていたのね」
「わたち、てっきりママはわたちのことがきらいなんだと思っていたでちゅ」
その悲痛な思いを癒すような優しい声で、あっちゃんママがさっちゃんを包みます。
「さっちゃんは、最後に産んだ卵で、とても小さかったの。孵化した後も他のみんなより小さかったわ。だから、元気に育ってほしくて、そう言っていたの。でもそれが重荷だったのね。本当にごめんね。さっちゃんは、今のまま変わらなくてもとても可愛いわよ」
さっちゃんは、思い詰めたように声をこらしました。
「でも、もうきれいになれないでちゅ。だって、サナギにもなれずに溶けて虫じゃなくなっちゃったでちゅから」
さっちゃんにキスをしてから、あっちゃんママが言いました。
「あら、さっちゃんはサナギになっているわよ」
自分は何もしていない、と言うさっちゃんに、あっちゃんママが続けます。
「わたしのお翅が、さっちゃんを産着のようにくるんだの。今さっちゃんはわたしの翅でサナギになっているのよ」
「本当でちゅか?」
「ええ、本当よ。さっちゃんは、わたしのお翅をきれいだって思ってくれるでしょう? そんなお翅に包まれて生まれ変わったら、絶対にきれいな蝶々になれるんだから。だから、ゆっくりおねんねして、幸せな夢を見ましょうね」
さっちゃんは、「うん」と元気に深く頷きます。そして「そうだ」とって、アゲハちゃんを呼びました。
「もうこれいらないでちゅ」そう言うと、サナギの胸にはまっていた青い虹の雫をコロリと落としました。そして言いました。
「あげるでちゅ。アゲハのお姉ちゃんに」
「ありがとー」と、アゲハちゃんが、さっちゃんを撫でました。
世界が終るのではないか、というほどの大惨事に見舞われていたことが嘘であったと思えるほどの美しい光景です。二匹の愛情が、のどかで微笑ましい麗らかな春のそよ風の如く情景に溶けて、みんなの心に広がっていきいきます。
その麗しい光景の横で、キキは屋久杉を見上げていました。
この屋久杉は、間違いなくこの島最強の屋久杉でした。覇を唱えて他の木々を滅した屋久杉でした。しかし、その強さを内包しきれず座屈してしまいました。チュウ太とアゲハちゃんがいなければ、間違いなく瓦解していたことでしょう。
ふとキキの頭の中に、オオワシ親父のことが思い浮かびました。彼は、大空の覇者であることを守るために、断崖絶壁という殺風景な場所を縄張りとし、一羽で住んでいます。全てを見下ろす孤高の存在ではありました。
彼は、妻子を失いさえしなければ、あの高みにある覇王の座に由然と腰を下ろし、あの嶮しい山脈全体に君臨していたに違いありません。あの山々に住む全ての猛禽を見下ろしていたことでしょう。気が振れて痩せ衰えた今でさえ最強なのですから。
キキも大空で最強を目指しています。改めてオオワシ親父の凄さを見せつけられた気分でした。
キキは言いました。
「どんなに大きく育っても、その強さに耐えられなかったら強いって言えないよな」
それを聞いたモモタが、キキに声をかけました。
「強くなる目的を見失ったらいけないんだよ。もし見失ったら、それはただの暴力だもの」
「そうだね。強さは弱いやつに見せるんじゃないね。強いやつに見せるんだ」キキが笑いました。
媼が、モモタたちのもとにやってきて言いました。
「ありがとうございますじゃ、アゲハちゃん。あなたとチュウ太殿のおかげで、島は大惨事を免れることができた」
「いやぁ~」と照れるチュウ太。
その横でアゲハちゃんが言いました。
「いいのよ。わたしは、蝶々の赤ちゃんに夢と希望を失ってほしくなかっただけだもの」言い終わって、すやすや眠るさっちゃんを撫でてやります。
みんなで屋久杉を見上げました。残った枝葉の上に、雲一つない大空が広がっています。みんなは口に出しませんでしたが、日常享受している平和の大切さをしみじみと感じている様子でした。
遠くに避難していたツマベニチョウたちが、モモタたちの元に戻ってきました。彼らの目に、モモタたちに囲まれているあっちゃんママの姿が飛び込んできました。あの美しかったあっちゃんママは翅を無くし、地を這う虫のような姿になっていました。よく見ると、触角も千切れて、左右で長さが違います。
そんな土埃にまみれたあっちゃんママの姿を見て、ママ友たちは心配して心を痛めましたが、そのような姿になるほどの状況を潜り抜けてきたとは思えないほど、さっちゃんママの表情は安らかです。とても優しく微笑んでいました。
あっちゃんママの腕には、頭が黒い縁のあるオレンジ色で、トゲ状の斑紋が並んだ絹のように真っ白なサナギがいだかれています。あっちゃんママは、それを大変慈しむように見つめていました。
サナギが咽び泣きながら声を発しました。
「ママ、ママ、お翅がっ、たいしぇつなお翅が・・・わたちのちぇいで・・・」
「いいのよ」あっちゃんママは、優しく言いました。強くそして柔らかく抱きしめて続けます。「翅なんてどうでもいいの。だってさっちゃんの方が大切なんですもの」
「ママ・・・・」
さっちゃんは、ぴょこぴょこ身を震わせながら、あっちゃんママにすがりついて泣きじゃくります。
あっちゃんママが続けて言いました。
「ごめんね、さっちゃん。わたしのせいで、さっちゃんは苦しい思いをしていたのね」
「わたち、てっきりママはわたちのことがきらいなんだと思っていたでちゅ」
その悲痛な思いを癒すような優しい声で、あっちゃんママがさっちゃんを包みます。
「さっちゃんは、最後に産んだ卵で、とても小さかったの。孵化した後も他のみんなより小さかったわ。だから、元気に育ってほしくて、そう言っていたの。でもそれが重荷だったのね。本当にごめんね。さっちゃんは、今のまま変わらなくてもとても可愛いわよ」
さっちゃんは、思い詰めたように声をこらしました。
「でも、もうきれいになれないでちゅ。だって、サナギにもなれずに溶けて虫じゃなくなっちゃったでちゅから」
さっちゃんにキスをしてから、あっちゃんママが言いました。
「あら、さっちゃんはサナギになっているわよ」
自分は何もしていない、と言うさっちゃんに、あっちゃんママが続けます。
「わたしのお翅が、さっちゃんを産着のようにくるんだの。今さっちゃんはわたしの翅でサナギになっているのよ」
「本当でちゅか?」
「ええ、本当よ。さっちゃんは、わたしのお翅をきれいだって思ってくれるでしょう? そんなお翅に包まれて生まれ変わったら、絶対にきれいな蝶々になれるんだから。だから、ゆっくりおねんねして、幸せな夢を見ましょうね」
さっちゃんは、「うん」と元気に深く頷きます。そして「そうだ」とって、アゲハちゃんを呼びました。
「もうこれいらないでちゅ」そう言うと、サナギの胸にはまっていた青い虹の雫をコロリと落としました。そして言いました。
「あげるでちゅ。アゲハのお姉ちゃんに」
「ありがとー」と、アゲハちゃんが、さっちゃんを撫でました。
世界が終るのではないか、というほどの大惨事に見舞われていたことが嘘であったと思えるほどの美しい光景です。二匹の愛情が、のどかで微笑ましい麗らかな春のそよ風の如く情景に溶けて、みんなの心に広がっていきいきます。
その麗しい光景の横で、キキは屋久杉を見上げていました。
この屋久杉は、間違いなくこの島最強の屋久杉でした。覇を唱えて他の木々を滅した屋久杉でした。しかし、その強さを内包しきれず座屈してしまいました。チュウ太とアゲハちゃんがいなければ、間違いなく瓦解していたことでしょう。
ふとキキの頭の中に、オオワシ親父のことが思い浮かびました。彼は、大空の覇者であることを守るために、断崖絶壁という殺風景な場所を縄張りとし、一羽で住んでいます。全てを見下ろす孤高の存在ではありました。
彼は、妻子を失いさえしなければ、あの高みにある覇王の座に由然と腰を下ろし、あの嶮しい山脈全体に君臨していたに違いありません。あの山々に住む全ての猛禽を見下ろしていたことでしょう。気が振れて痩せ衰えた今でさえ最強なのですから。
キキも大空で最強を目指しています。改めてオオワシ親父の凄さを見せつけられた気分でした。
キキは言いました。
「どんなに大きく育っても、その強さに耐えられなかったら強いって言えないよな」
それを聞いたモモタが、キキに声をかけました。
「強くなる目的を見失ったらいけないんだよ。もし見失ったら、それはただの暴力だもの」
「そうだね。強さは弱いやつに見せるんじゃないね。強いやつに見せるんだ」キキが笑いました。
媼が、モモタたちのもとにやってきて言いました。
「ありがとうございますじゃ、アゲハちゃん。あなたとチュウ太殿のおかげで、島は大惨事を免れることができた」
「いやぁ~」と照れるチュウ太。
その横でアゲハちゃんが言いました。
「いいのよ。わたしは、蝶々の赤ちゃんに夢と希望を失ってほしくなかっただけだもの」言い終わって、すやすや眠るさっちゃんを撫でてやります。
みんなで屋久杉を見上げました。残った枝葉の上に、雲一つない大空が広がっています。みんなは口に出しませんでしたが、日常享受している平和の大切さをしみじみと感じている様子でした。
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