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モモタとママと虹の架け橋
第六十四話 地底の世界
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だいぶ時が経ちました。外で待っているツマベニチョウたちは、期待半分で待っている様子です。ですが一匹だけ、心の底から心配している様子の蝶々がいました。それを見てとったモモタが言いました。
「大丈夫だよ。さっちゃんのママ。チュウ太はとっても元気だから、さっちゃんのところまで行って、かならず連れ出してくると思うな。それに、虹の雫も持ってくると思うから、屋久杉はもうこれ以上大きくならないよ」
キキが、屋久杉の上空を旋回して、様子をうかがうことにしました。
なんという高さと大きさを誇っているのでしょう。キキが今まで見てきたどんな大きな木ですら、足元にも呼ばない大きさです。人間が建てたビルさえも超えるその樹高は、誰でさえも見下ろすことは出来ません。空から見下ろしているはずのキキですら、見下ろしている、という心境にはなれませんでした。枝張りは複雑に入り組みながらも、迷うことなく伸びるべき方向に伸びるべくして伸びて一本一本が雄々しく空気をつんざき、一心に葉を茂らせています。
キキは、瞬きをすることも忘れて注目し続けました。そしてしばらくして唾を飲みました。
遮るものの何もない圧倒的な高さに君臨するそのさまは、まさに山の如しです。枝葉の勢いは天を切り裂いで緑に染めていました。吹き荒む海風に晒されても揺れない太い枝の根元ばかりか、細長い枝先の葉でさえ、強風を涼しげに受けて、ささらささら、と揺れています。
この様な過酷な環境であれば、どんな木ですら、またたく間に風と塩にやられて枯れて朽ち果ててしまうに違いありません。にもかかわらず、この巨大樹は、痛嘆を覚えないばかりか、海風の洗礼を気持ちよさそうに受けているようにも見受けられます。
キキが、偵察し終えて戻ってきました。
「特別変わったことないけど、しいて言えばまだ新しことかな。僕んちの更に奥にあった山の杉みたいに長いこと経っているような見た目だけど、枯れたところもないし、汚れたところもないし。1年で大きくなったってのも本当かも。
それにしてもとんでもない大きさだな。見ているだけで気圧されてしまうほどだよ。全てを忘れて見ることに没頭してしまうほどに」
アゲハちゃんが、根をさすりながら言いました。
「やっぱり、虹の雫には何か不思議な力があるのね。太陽の落し物だからかしら。だって、木々は太陽の光に向かって伸びるでしょ? 日陰の木は大きくなれないもの。その力が真下にあるから、こんなにおっきくなったのかも」
そうこうする内に、チュウ太が戻ってきました。
「ああ、助かった」
息も絶え絶えで肩を揺らしながら、お尻をついてへたり込みます。とても疲れた様子で、喉に詰まっていた言葉を、一口一口ずつ吐き出しました。
「中はすごいことになってるよ。とっても広い迷路のようで、土が全然ないんだ。根っこが入り組んだ洞窟みたいだよ。奥の方に根にからまれたまあるい玉の青の光があって、周りの根もそれに向かって伸びてる感じ」
チュウ太は、地表に露出した根を叩いて話を続けます。
「たぶん、こいつらも地中に潜って、ぐるっと一回転して、虹の雫のほうに伸びてるんだろうね」チュウ太が屋久杉に振り向きました。「虹の雫は、やっぱりあの木の下だろな。洞窟の真ん中辺。さっちゃんもその中にいるよ」
「本当ですか?」あっちゃんママがチュウ太の足元に飛び込んで言いました。そしてすがるように懇願します。
「どうか…どうか、わたしの赤ちゃんを助けてください」
「うーん」とチュウ太が唸ります。
アゲハちゃんが訊きました。
「そこまで行ってどうして助けてこなかったの?」
「助けようとしたさ。虹の雫に近づくにつれてどんどん狭くなってきたから、根をかじり切って進んだんだけど、光の球に手を伸ばした途端、根が動き出したんだ。僕を捕まえようとするんだもの。もう、びっくりしたのなんのって、大変だったよ。大慌てで戻ってきたんだ。でも、光の中から声が聞こえたよ。『いやー』だって。なんか、帰りたくなさそう」
「そんな・・・」とあっちゃんママが落胆して崩れ落ちます。
キキが言いました。
「話ができるようなら、もう一度行ってこいよ。上手い具合に説得して連れ戻してくるんだ。なんなら隙をついて連れてきちゃえばどう?」
「だめよ」とアゲハちゃん。「よく話を聞いてみましょう。今度はわたしも行ってみるわ」
チュウ太は嫌そうです。
「えー? また行くの?」
アゲハちゃんが言いました。
「大丈夫よ。今度はわたしも行くから。根が動き出す手前まででいいから。でも無理にとは言わないわ。近づかなければいいってことだけでも分かっているから、わたし一匹でも大丈夫よ」
「いや、僕も行くよ」
さすがは友情に熱いチュウ太だけあります。女の子一匹を危険な穴ぐらに行かせはしません。アゲハちゃんを先導するために、最初に穴へと飛び込みました。
アゲハちゃんは、眩しくて目を開けてられません。外にいる時に根の間からこぼれる青色の光を見ていた時は、どこか心地いいくらいの光でしたから、とても不思議です。
大きな翅が、度々根に擦れました。折れたり千切れたりないように慎重に進んでいきます。
太い根を背負う姿勢で休憩したアゲハちゃんは、自分が進んできたほうを見やりました。光を背にしているので眩しくありません。見渡す洞窟は、根が入り組んでいて遠くまで見通すことは出来ませんでした。でも、チュウ太の言う通り、土がないがらんどうであることが窺えます。
「不思議ね」とアゲハちゃんが言いました。「上に出ていた根の下がみんなこんなだったら、人間のお家が何軒か入ってしまう広い空洞じゃないかしら。屋久杉はとても大きくて重そうなのに、よく落ちてこないわね」
本来なら、厳しく険しい感じにねじまがった根を見て怖い、と思いそうなものですが、揺らめく青色の光に照らされた根の表面には、安らぎを覚えます。
太い根が張り巡らされているだけではないことに、アゲハちゃんは気がつきました。太い根から、ふんわりした見た目の毛のようなものが生えています。とても細い根のようです。アゲハちゃんは、その細く小さな鬚根を見渡して、なぜか苔を愛でているよな気持ちになりました。
休憩を繰り返しながら、二匹は進み続けます。だいぶ狭くなってきていますが、最初にチュウ太が入った時に嚙み切った場所を通ったので、アゲハちゃんの翅も傷つくことがありません。
しばらくして、チュウ太がアゲハちゃんを止めました。
「ここら辺から先に行かないほうがいいよ」
アゲハちゃんが目を細めて手のひら越しに先を見やると、明らかに光の感じが変わっています。光が強すぎて青色が白亜へと変化し、先ほどまであったまろやかさがなくなっています。更には、空間が眩しすぎて、光に背を向けたとしても眩しく感じられました。その上、瞳を閉じていても、まぶたを透かして内側に光が差し込んできて、真っ黒なはずの視界が白青色に発光しています。
アゲハちゃんは、手のひらを光の球にかざしたまま、薄目を開けてまつ毛越しに回りを見渡しました。入り口付近と違って、根はだいぶ細くなっていました。ここに来るまでに、根と根の合間はだいぶ狭くなってきていましたが、更に先に行くと逆に広くなっているようです。
チュウ太が言いました。
「ここから先に行くと、心なしか根が這うように動きだすんだ。伸びたり縮んだりして進む毛虫みたいに。その先はだいぶ広いよ。人間のお家くらいの広さかな。根はあるけど、スカスカ。不思議と宙に浮くんだ。泳いでいけるんだよ―――て、話し最後まで聞いてっっ!」
チュウ太が叫びました。アゲハちゃんが、スィーと先に泳ぎ出たからです。
慌てたチュウ太も泳ぎ出ると、振り向いたアゲハちゃんが、背中で両手を繋いで言いました。
「あはは、泳げていないわよ、チュウ太。モガモガもがいているだけじゃない」
「しょうがないだろ、僕泳いだことないんだから」
ゆっくりと漂うように進んでいるからでしょうか。根は音を発てずに動き始めましたが、二匹を襲ってはこないようです。
ようやくアゲハちゃんは、屋久杉の根の中心にやってきました。根に包まれた光の玉の姿が全貌を現します。辺りは、眩しすぎて空間が白光に包まれています。根や二匹に当ってようやく本来の青色になるほどの白さでした。
「大丈夫だよ。さっちゃんのママ。チュウ太はとっても元気だから、さっちゃんのところまで行って、かならず連れ出してくると思うな。それに、虹の雫も持ってくると思うから、屋久杉はもうこれ以上大きくならないよ」
キキが、屋久杉の上空を旋回して、様子をうかがうことにしました。
なんという高さと大きさを誇っているのでしょう。キキが今まで見てきたどんな大きな木ですら、足元にも呼ばない大きさです。人間が建てたビルさえも超えるその樹高は、誰でさえも見下ろすことは出来ません。空から見下ろしているはずのキキですら、見下ろしている、という心境にはなれませんでした。枝張りは複雑に入り組みながらも、迷うことなく伸びるべき方向に伸びるべくして伸びて一本一本が雄々しく空気をつんざき、一心に葉を茂らせています。
キキは、瞬きをすることも忘れて注目し続けました。そしてしばらくして唾を飲みました。
遮るものの何もない圧倒的な高さに君臨するそのさまは、まさに山の如しです。枝葉の勢いは天を切り裂いで緑に染めていました。吹き荒む海風に晒されても揺れない太い枝の根元ばかりか、細長い枝先の葉でさえ、強風を涼しげに受けて、ささらささら、と揺れています。
この様な過酷な環境であれば、どんな木ですら、またたく間に風と塩にやられて枯れて朽ち果ててしまうに違いありません。にもかかわらず、この巨大樹は、痛嘆を覚えないばかりか、海風の洗礼を気持ちよさそうに受けているようにも見受けられます。
キキが、偵察し終えて戻ってきました。
「特別変わったことないけど、しいて言えばまだ新しことかな。僕んちの更に奥にあった山の杉みたいに長いこと経っているような見た目だけど、枯れたところもないし、汚れたところもないし。1年で大きくなったってのも本当かも。
それにしてもとんでもない大きさだな。見ているだけで気圧されてしまうほどだよ。全てを忘れて見ることに没頭してしまうほどに」
アゲハちゃんが、根をさすりながら言いました。
「やっぱり、虹の雫には何か不思議な力があるのね。太陽の落し物だからかしら。だって、木々は太陽の光に向かって伸びるでしょ? 日陰の木は大きくなれないもの。その力が真下にあるから、こんなにおっきくなったのかも」
そうこうする内に、チュウ太が戻ってきました。
「ああ、助かった」
息も絶え絶えで肩を揺らしながら、お尻をついてへたり込みます。とても疲れた様子で、喉に詰まっていた言葉を、一口一口ずつ吐き出しました。
「中はすごいことになってるよ。とっても広い迷路のようで、土が全然ないんだ。根っこが入り組んだ洞窟みたいだよ。奥の方に根にからまれたまあるい玉の青の光があって、周りの根もそれに向かって伸びてる感じ」
チュウ太は、地表に露出した根を叩いて話を続けます。
「たぶん、こいつらも地中に潜って、ぐるっと一回転して、虹の雫のほうに伸びてるんだろうね」チュウ太が屋久杉に振り向きました。「虹の雫は、やっぱりあの木の下だろな。洞窟の真ん中辺。さっちゃんもその中にいるよ」
「本当ですか?」あっちゃんママがチュウ太の足元に飛び込んで言いました。そしてすがるように懇願します。
「どうか…どうか、わたしの赤ちゃんを助けてください」
「うーん」とチュウ太が唸ります。
アゲハちゃんが訊きました。
「そこまで行ってどうして助けてこなかったの?」
「助けようとしたさ。虹の雫に近づくにつれてどんどん狭くなってきたから、根をかじり切って進んだんだけど、光の球に手を伸ばした途端、根が動き出したんだ。僕を捕まえようとするんだもの。もう、びっくりしたのなんのって、大変だったよ。大慌てで戻ってきたんだ。でも、光の中から声が聞こえたよ。『いやー』だって。なんか、帰りたくなさそう」
「そんな・・・」とあっちゃんママが落胆して崩れ落ちます。
キキが言いました。
「話ができるようなら、もう一度行ってこいよ。上手い具合に説得して連れ戻してくるんだ。なんなら隙をついて連れてきちゃえばどう?」
「だめよ」とアゲハちゃん。「よく話を聞いてみましょう。今度はわたしも行ってみるわ」
チュウ太は嫌そうです。
「えー? また行くの?」
アゲハちゃんが言いました。
「大丈夫よ。今度はわたしも行くから。根が動き出す手前まででいいから。でも無理にとは言わないわ。近づかなければいいってことだけでも分かっているから、わたし一匹でも大丈夫よ」
「いや、僕も行くよ」
さすがは友情に熱いチュウ太だけあります。女の子一匹を危険な穴ぐらに行かせはしません。アゲハちゃんを先導するために、最初に穴へと飛び込みました。
アゲハちゃんは、眩しくて目を開けてられません。外にいる時に根の間からこぼれる青色の光を見ていた時は、どこか心地いいくらいの光でしたから、とても不思議です。
大きな翅が、度々根に擦れました。折れたり千切れたりないように慎重に進んでいきます。
太い根を背負う姿勢で休憩したアゲハちゃんは、自分が進んできたほうを見やりました。光を背にしているので眩しくありません。見渡す洞窟は、根が入り組んでいて遠くまで見通すことは出来ませんでした。でも、チュウ太の言う通り、土がないがらんどうであることが窺えます。
「不思議ね」とアゲハちゃんが言いました。「上に出ていた根の下がみんなこんなだったら、人間のお家が何軒か入ってしまう広い空洞じゃないかしら。屋久杉はとても大きくて重そうなのに、よく落ちてこないわね」
本来なら、厳しく険しい感じにねじまがった根を見て怖い、と思いそうなものですが、揺らめく青色の光に照らされた根の表面には、安らぎを覚えます。
太い根が張り巡らされているだけではないことに、アゲハちゃんは気がつきました。太い根から、ふんわりした見た目の毛のようなものが生えています。とても細い根のようです。アゲハちゃんは、その細く小さな鬚根を見渡して、なぜか苔を愛でているよな気持ちになりました。
休憩を繰り返しながら、二匹は進み続けます。だいぶ狭くなってきていますが、最初にチュウ太が入った時に嚙み切った場所を通ったので、アゲハちゃんの翅も傷つくことがありません。
しばらくして、チュウ太がアゲハちゃんを止めました。
「ここら辺から先に行かないほうがいいよ」
アゲハちゃんが目を細めて手のひら越しに先を見やると、明らかに光の感じが変わっています。光が強すぎて青色が白亜へと変化し、先ほどまであったまろやかさがなくなっています。更には、空間が眩しすぎて、光に背を向けたとしても眩しく感じられました。その上、瞳を閉じていても、まぶたを透かして内側に光が差し込んできて、真っ黒なはずの視界が白青色に発光しています。
アゲハちゃんは、手のひらを光の球にかざしたまま、薄目を開けてまつ毛越しに回りを見渡しました。入り口付近と違って、根はだいぶ細くなっていました。ここに来るまでに、根と根の合間はだいぶ狭くなってきていましたが、更に先に行くと逆に広くなっているようです。
チュウ太が言いました。
「ここから先に行くと、心なしか根が這うように動きだすんだ。伸びたり縮んだりして進む毛虫みたいに。その先はだいぶ広いよ。人間のお家くらいの広さかな。根はあるけど、スカスカ。不思議と宙に浮くんだ。泳いでいけるんだよ―――て、話し最後まで聞いてっっ!」
チュウ太が叫びました。アゲハちゃんが、スィーと先に泳ぎ出たからです。
慌てたチュウ太も泳ぎ出ると、振り向いたアゲハちゃんが、背中で両手を繋いで言いました。
「あはは、泳げていないわよ、チュウ太。モガモガもがいているだけじゃない」
「しょうがないだろ、僕泳いだことないんだから」
ゆっくりと漂うように進んでいるからでしょうか。根は音を発てずに動き始めましたが、二匹を襲ってはこないようです。
ようやくアゲハちゃんは、屋久杉の根の中心にやってきました。根に包まれた光の玉の姿が全貌を現します。辺りは、眩しすぎて空間が白光に包まれています。根や二匹に当ってようやく本来の青色になるほどの白さでした。
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