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モモタとママと虹の架け橋
第五十三話 むき出しの暴力は気持ちいい
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キキは初めて戦慄を覚えました。今まで自分は、強いから一羽でいることが出来るのだ、と自負していました。他の鳥は弱いから群れているのだ、とも思っていました。
ですがどうでしょう。周りにいる山鳩は群れているにもかかわらず、オオタカである自分を見おろしているではありませんか。勝利の高みから。キキは、多数であるということが、こんなに恐ろしいことだとは思ってもみませんでした。一羽でいることがこんなにも弱たらしいことだとは思ってもみませんでした。
本来、カラスから身を隠しているはずの鳥たちはカラスを仲間とし、死にかけているクジラを見捨て、挙句にカラスをけしかけて自分を襲わせよう、としているのです。
山鳩たちは、山鳩のものとは思えないシュプレヒコールを叫んでいます。「喰い千切れっ、喰い千切れっ」と叫んでいるのです。
それは、カラスに向かってだけ言っているのではありません。自分たちの誰かに向かっても叫んでいるようでした。実際、大挙して押し寄せては、キキの尾羽をつついて逃げていく山鳩が後を絶ちません。
それを繰り返されたキキはたまりかねて羽を逆立てると、決まって凶暴だと非難されました。狂ったような場の空気に、キキは居た堪れなくなりました。なによりもきちがいめいた表情で尾羽をつつく山鳩に恐れをなしたのです。
キキに襲いくる山鳩たちは、本当に気が狂ったように尾羽をくわえて首を左右に振ります。一心不乱に尾羽を毟ろうとするそのさまは、狂気に満ちているとしか思えません。全く力はないので、何度やられても羽が抜けてしまうことはないでしょう。ですが、気がふれた山鳩の目には、とても恐ろしいものが見えました。
黒目はただ黒いだけではありません。大変濁った黒でした。いいえ、それは黒と言っていいような色ではありません。それは精気のないくすんだ黒ともいえない汚れた黒い色をしていました。
キキは空の王者です。周りに集まってきた鳥たちが束になって襲ってきても、戦えば負けることはありません。瞬く間に数羽を仕留めて屠ることが出来るでしょう。ですがそれはしませんでした。そう約束したからです。
キキは背を向けました。それを見たカラスがなじってきます。
「アイツ逃げるぞ。オオタカのくせに情けない。戦ってみせろよ。山鳩相手に怖がるなんて、なんてヘタレなんだ」
山鳩たちが笑います。「ヘッタッレッ、ヘッタッレッ」の大合唱。
キキは堪えました。自分は王者なのですから、このような罵声に乗せられて約束を破るわけにはいきません。
たくさん鳥がいるのに、誰も自分を信じてくれない――心の中で嘆きます。ですが、それも致し方ないがないことです。だって山鳩たちから見れば、キキは恐ろしい猛禽のオオタカなのですから。
キキがあきらめて山を去ろうと翼を広げた時でした。
「ちょっと待って」と子供の声が聞こえてきました。
キキが振り返ると、一羽だけキキを信じた山鳩の姿が、すぐそばの枝に見えました。隠れることなく、堂々とキキを見下ろしています。
「僕は信じるよ」
子供の山鳩が言いました。キキに命を救われたハッサムです。
罵詈雑言が渦巻く森の空気は、一瞬にして凍りつきました。辺りは静寂に包まれます。
ハッサムは続けて言いました。
「キキ君は、僕のことを助けてくれたんだ。だから僕は信じるよ。ねえ、お父さん、お父さんも信じてあげて、お母さんも信じてあげて」
騒ぎを聞きつけて見に来たハッサムを追いかけてきた両親は、離れた梢にとまって躊躇しています。子供の言うことを信じてやりたいようにも見受けられますが、オオタカを前にしてはそれも出来ません。
なによりも、森のみんなが罵声を浴びせるオオタカの手助けをすれば、自分たち家族がどんな目に遭うか分かりません。みんなが刺すような視線で両親の答えを待っています。それが両親にひしひしと伝わりました。
今来たばかりのハッサムも両親も狂った場の空気を吸い込んでいませんでしたから、みんなの言動が正気の沙汰でないことは分かるのでしょう。今はキキを助けてやるべきだと考えているようでした。
ですが、両親にそんな勇気はありません。両親は困るばかりで、息子の呼び掛けに応じることができませんでした。
ハッサムが言いました。
「僕だけでも海にいってくるよ」そう言い終えてハッサムはキキのもとに羽ばたいて降りていきました。
疲れ切った様子のキキが、救いの羽にすがるように言いました。
「ありがとう、ハッサム。君だけでも手伝ってくれると助かるよ」
息子の名を呼ぶ母鳩のシリピリカに、ハッサムは「大丈夫だよ」と言って翼を振ります。
そうしてキキは、ハッサムに支えられながら海に戻ってヨタヨタと飛んでいきました。
そんな二羽を見送っていた鳥たちは、その姿が見えなくなるや否や、騒ぎ出しました。やかましすぎて何を言っているのか分かりません。
両親もオロオロ戸惑うばかりです。息子が心配で心配で仕方がありません。両親は飛んでいこうかどうか迷っていますが、一向に飛び立てずにいます。終いにはシリピリカが泣き崩れました。
「ああ、どうしましょう。わたしの大事なハッサムが、オオタカに騙されて連れていかれてしまったわ」
キキがいなくなったことで、騒ぎを気にしながらもやってこられずに遠くで見ているだけだった小鳥たちがやってきました。
小鳥のママ友グループは、非難されるハッサムの両親を庇うように言いました。
「大丈夫よ。あのオオタカは、ハッサムちゃんを食べたりなんかしないと思うわ。だって、わたし、怪我をして動けなくなっているハッサムちゃんを、あのオオタカの坊やがイタチから助けたところも見たんですもの。
その後鷹掴みにされて連れていかれたから、わたしたちも一度は食べられちゃうんだろうなって疑ったけれど、しばらくしたらハッサムちゃん戻ってきたのでしょう? 今日久しぶりに見たハッサムちゃんはとても元気そうだったものね」
実は、ハッサムの両親も近所の山鳩たちも、ハッサムからキキの話は聞いていました。
聞いた内容のイタチとの出来事については、小鳥たちが言っていることとだいたい同じです。
途中から聞いた猫の話も、モモタという名前も、ハッサムから聞いた通りでした。みんなから聞くオオタカとこの辺りの山鳩たちのとやり取りの中に、揚羽蝶のアゲハちゃんとクマネズミのチュウ太のことは出てきませんでしたが、それも本当のことなのでしょう。
父鳩のオシッステが「ハッサムの言っていたことは本当だったのか。何で私たちは信じてやれなかったんだろう」と嘆きます。
知り合いの山鳩が言いました。
「信じられないのも無理はないさ。だってオオタカと友達になったって言うんだからなぁ」
「でも、本当にオオタカのキキを前にしても信じられなかった」そうため息をついたオシッステは、小鳥たちに訊きました。「本当にあのオオタカで間違いないのかい?」
「ええそうよ」と小鳥たちが答えます。
その他にも見たという鳥たちが、「サッハムを助けたのはあのオオタカで間違いない」と言うので、ようやく山鳩たちは少し信じ始めました。
誰かが言いました。
「カラスのせいじゃないか?」
みんなかガラスを白い目で見やります。
「あることないこと言ってみんなを煽り立てるから、こんなことになったんだ」
キキに向かっていた憎悪が、今度はカラスに向けられます。
カラスが煽っていたのは間違いありませんが、別に嘘をついていたわけではありません。山鳩たちと同じことを信じて同じようにキキを信じなかっただけです。それなのに、全てカラスが悪い、とカラスたちは悪者にされてしまいました。
居た堪れなくなったカラスたちは、逃げるように飛んでいきました。
煽動するカラスがいなくなったことによって、みんなの心に平静が戻ってきたようです。今になって、キキのことを可哀想だと言う者が現れました。ですが、どれも他人事のように吐き捨てられた音でした。そして、誰も自分たちが悪かった、と思う者はおりませんでした。
ですがどうでしょう。周りにいる山鳩は群れているにもかかわらず、オオタカである自分を見おろしているではありませんか。勝利の高みから。キキは、多数であるということが、こんなに恐ろしいことだとは思ってもみませんでした。一羽でいることがこんなにも弱たらしいことだとは思ってもみませんでした。
本来、カラスから身を隠しているはずの鳥たちはカラスを仲間とし、死にかけているクジラを見捨て、挙句にカラスをけしかけて自分を襲わせよう、としているのです。
山鳩たちは、山鳩のものとは思えないシュプレヒコールを叫んでいます。「喰い千切れっ、喰い千切れっ」と叫んでいるのです。
それは、カラスに向かってだけ言っているのではありません。自分たちの誰かに向かっても叫んでいるようでした。実際、大挙して押し寄せては、キキの尾羽をつついて逃げていく山鳩が後を絶ちません。
それを繰り返されたキキはたまりかねて羽を逆立てると、決まって凶暴だと非難されました。狂ったような場の空気に、キキは居た堪れなくなりました。なによりもきちがいめいた表情で尾羽をつつく山鳩に恐れをなしたのです。
キキに襲いくる山鳩たちは、本当に気が狂ったように尾羽をくわえて首を左右に振ります。一心不乱に尾羽を毟ろうとするそのさまは、狂気に満ちているとしか思えません。全く力はないので、何度やられても羽が抜けてしまうことはないでしょう。ですが、気がふれた山鳩の目には、とても恐ろしいものが見えました。
黒目はただ黒いだけではありません。大変濁った黒でした。いいえ、それは黒と言っていいような色ではありません。それは精気のないくすんだ黒ともいえない汚れた黒い色をしていました。
キキは空の王者です。周りに集まってきた鳥たちが束になって襲ってきても、戦えば負けることはありません。瞬く間に数羽を仕留めて屠ることが出来るでしょう。ですがそれはしませんでした。そう約束したからです。
キキは背を向けました。それを見たカラスがなじってきます。
「アイツ逃げるぞ。オオタカのくせに情けない。戦ってみせろよ。山鳩相手に怖がるなんて、なんてヘタレなんだ」
山鳩たちが笑います。「ヘッタッレッ、ヘッタッレッ」の大合唱。
キキは堪えました。自分は王者なのですから、このような罵声に乗せられて約束を破るわけにはいきません。
たくさん鳥がいるのに、誰も自分を信じてくれない――心の中で嘆きます。ですが、それも致し方ないがないことです。だって山鳩たちから見れば、キキは恐ろしい猛禽のオオタカなのですから。
キキがあきらめて山を去ろうと翼を広げた時でした。
「ちょっと待って」と子供の声が聞こえてきました。
キキが振り返ると、一羽だけキキを信じた山鳩の姿が、すぐそばの枝に見えました。隠れることなく、堂々とキキを見下ろしています。
「僕は信じるよ」
子供の山鳩が言いました。キキに命を救われたハッサムです。
罵詈雑言が渦巻く森の空気は、一瞬にして凍りつきました。辺りは静寂に包まれます。
ハッサムは続けて言いました。
「キキ君は、僕のことを助けてくれたんだ。だから僕は信じるよ。ねえ、お父さん、お父さんも信じてあげて、お母さんも信じてあげて」
騒ぎを聞きつけて見に来たハッサムを追いかけてきた両親は、離れた梢にとまって躊躇しています。子供の言うことを信じてやりたいようにも見受けられますが、オオタカを前にしてはそれも出来ません。
なによりも、森のみんなが罵声を浴びせるオオタカの手助けをすれば、自分たち家族がどんな目に遭うか分かりません。みんなが刺すような視線で両親の答えを待っています。それが両親にひしひしと伝わりました。
今来たばかりのハッサムも両親も狂った場の空気を吸い込んでいませんでしたから、みんなの言動が正気の沙汰でないことは分かるのでしょう。今はキキを助けてやるべきだと考えているようでした。
ですが、両親にそんな勇気はありません。両親は困るばかりで、息子の呼び掛けに応じることができませんでした。
ハッサムが言いました。
「僕だけでも海にいってくるよ」そう言い終えてハッサムはキキのもとに羽ばたいて降りていきました。
疲れ切った様子のキキが、救いの羽にすがるように言いました。
「ありがとう、ハッサム。君だけでも手伝ってくれると助かるよ」
息子の名を呼ぶ母鳩のシリピリカに、ハッサムは「大丈夫だよ」と言って翼を振ります。
そうしてキキは、ハッサムに支えられながら海に戻ってヨタヨタと飛んでいきました。
そんな二羽を見送っていた鳥たちは、その姿が見えなくなるや否や、騒ぎ出しました。やかましすぎて何を言っているのか分かりません。
両親もオロオロ戸惑うばかりです。息子が心配で心配で仕方がありません。両親は飛んでいこうかどうか迷っていますが、一向に飛び立てずにいます。終いにはシリピリカが泣き崩れました。
「ああ、どうしましょう。わたしの大事なハッサムが、オオタカに騙されて連れていかれてしまったわ」
キキがいなくなったことで、騒ぎを気にしながらもやってこられずに遠くで見ているだけだった小鳥たちがやってきました。
小鳥のママ友グループは、非難されるハッサムの両親を庇うように言いました。
「大丈夫よ。あのオオタカは、ハッサムちゃんを食べたりなんかしないと思うわ。だって、わたし、怪我をして動けなくなっているハッサムちゃんを、あのオオタカの坊やがイタチから助けたところも見たんですもの。
その後鷹掴みにされて連れていかれたから、わたしたちも一度は食べられちゃうんだろうなって疑ったけれど、しばらくしたらハッサムちゃん戻ってきたのでしょう? 今日久しぶりに見たハッサムちゃんはとても元気そうだったものね」
実は、ハッサムの両親も近所の山鳩たちも、ハッサムからキキの話は聞いていました。
聞いた内容のイタチとの出来事については、小鳥たちが言っていることとだいたい同じです。
途中から聞いた猫の話も、モモタという名前も、ハッサムから聞いた通りでした。みんなから聞くオオタカとこの辺りの山鳩たちのとやり取りの中に、揚羽蝶のアゲハちゃんとクマネズミのチュウ太のことは出てきませんでしたが、それも本当のことなのでしょう。
父鳩のオシッステが「ハッサムの言っていたことは本当だったのか。何で私たちは信じてやれなかったんだろう」と嘆きます。
知り合いの山鳩が言いました。
「信じられないのも無理はないさ。だってオオタカと友達になったって言うんだからなぁ」
「でも、本当にオオタカのキキを前にしても信じられなかった」そうため息をついたオシッステは、小鳥たちに訊きました。「本当にあのオオタカで間違いないのかい?」
「ええそうよ」と小鳥たちが答えます。
その他にも見たという鳥たちが、「サッハムを助けたのはあのオオタカで間違いない」と言うので、ようやく山鳩たちは少し信じ始めました。
誰かが言いました。
「カラスのせいじゃないか?」
みんなかガラスを白い目で見やります。
「あることないこと言ってみんなを煽り立てるから、こんなことになったんだ」
キキに向かっていた憎悪が、今度はカラスに向けられます。
カラスが煽っていたのは間違いありませんが、別に嘘をついていたわけではありません。山鳩たちと同じことを信じて同じようにキキを信じなかっただけです。それなのに、全てカラスが悪い、とカラスたちは悪者にされてしまいました。
居た堪れなくなったカラスたちは、逃げるように飛んでいきました。
煽動するカラスがいなくなったことによって、みんなの心に平静が戻ってきたようです。今になって、キキのことを可哀想だと言う者が現れました。ですが、どれも他人事のように吐き捨てられた音でした。そして、誰も自分たちが悪かった、と思う者はおりませんでした。
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