猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第五十五話 大空の王者

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 しかし、上空ではただならない事態が発生していました。遠くの高く険しい山に住んでいた一羽のオオワシが、大挙して海に押し寄せる山鳩たちの影をその目に捉えていたのです。

 オオワシはお腹を空かせていました。昨日一日吹雪いていたので狩りができず、ずっと何も食べていなかったからです。

 (しめた)と思ったオオワシは、すぐさま巣のある枝から飛び立って、キキの制する空を目指しました。

 捕りたい放題の山鳩を捕まえてやろう、と飛び立ったのは、その一羽だけではありません。周辺の山々にいたオオワシたちも飛び立っていました。

 接近してくるオオワシたちに、キキは度肝を抜かれました。なんとその姿は、キキよりもはるかに大きかったからです。倍以上はあるように見えました。

 キキは、鋭く大きいくちばしが自慢でしたが、彼らのくちばしはそれよりも大きく鉤状になっています。あんなのに噛まれようものなら、首の骨が折れて切り落とされてしまう、とキキは驚愕しました。

 しかも五羽、十羽と集まってきます。数えると十三羽いました。とてもじゃありませんが、キキでは敵いません。一対一でも敵わないでしょう。初めて見る自分より大きくて強そうなオオワシに、キキは震えざるを得ませんでした。

 キキは、目を泳がせて合わせないように下を見ます。大変動揺していて、明らかに戦意を喪失していました。ですが、眼下には一生懸命穴を掘るチュウ太の姿が見えます。やってきたキツネを引きつけて逃げ回るモモタの姿も見えます。そして、自分を信じて駆けつけてくれた山鳩たちも大勢います。ですから、この空から逃げるわけにはいきません。

 キキは、顔面蒼白になりながらも、塩の大地の上を飛び続けました。

 ついに、一羽のオオワシが制空権を奪おうと、キキに襲い掛かります。キキはスイッ、と身を翻して螺旋を描き、オオワシの爪をすり抜けます。そのまま背後を取って、背中に爪を立てました。ですが、全く歯が立ちません。押さえつけようとしましたが、オオワシの飛ぶ力の方が強くて、逆に高度が上がっていきます。

 急速に横回転したオオワシの向ける爪が、キキの翼を引っ掻きました。キキは急いで離脱を試みます。間一髪、キキの眼光を曇らせようと放たれたくちばしが、宙でかち合いました。

 キキとオオワシ、お互いがお互いの背後を捕ろうと旋回します。より深く小さく旋回しようとしたがために、ほとんどきりもみ状態となりました。

 キキの方が小さかったので、上手く相手の背後に回れそうではありましたが、羽を広げると二メートル近いオオワシが、両翼を羽ばたかせるたびに巻き起こる風が原因で、背後に取り付くことが出来ません。

 キキは焦っていました。一羽のオオワシにも敵わないのに、他の十数羽がやってきたらどうしようもありません。

 ですが、周りに集まってきたオオワシたちは、キキにも山鳩たちにも目もくれず、遠くの方で何かと闘っています。

 時々視界に入る彼らをキキが見やると、オオワシ同士で争っていました。

 オオワシたちの数を遥かに超える山鳩がいるのですから、ケンカをしなくとも全員ごはんにありつけるでしょう。それなのに、なぜオオワシたちは争っているのでしょうか。

 よく見ると、オオワシたちが互いに争っているのではありませんでした。一羽の大きなオオワシと他の十一羽のオオワシが戦っていたのです。いいえ、戦っていたのではありません。一羽のオオワシに、他のオオワシたちが襲われていたのでした。

 十一羽を相手に大立ち回りを繰り広げる巨魁のオオワシは、全ての山鳩は俺のものだ、と言わんばかりの暴れっぷりです。

 上空での戦いに気がついた山鳩の女の子が悲鳴をあげました。北海道最強の大空の王者オオワシがいたからです。キキなんかよりはるかに大きいオオワシの姿に、みんなは恐れおののいて、すぐさま飛び立ち、逃げていきました。

 ようやく鼻の穴を発見して、穴の中を掘り下りていた山鳩たちへも、オオワシ出現の報は届きました。みんな一目散に鼻の穴から飛び出て逃げていきます。

 モモタを追いかけていたキツネも逃げていきました。キツネは大人でしたが、オオワシの前では赤子同然です。

 殆どの山鳩は山へと逃げ帰りましたが、ハッサムは残りました。オシッステとシリピリカも残ります。息子を一羽残してなんか行けません。 

 他にも、クジラの鼻の中にいた方が安全だと言う数羽が残りました。

 モモタは、守るべき山鳩たちがいなくなったので、クジラの鼻の中に下りていきます。

 モモタは、鼻の中にいたチュウ太たちと合流し、みんなで一生懸命塩を掘り掘り、鼻の洞窟を下りていきます。塩を濃紫色に染め上げる何かは、もうすぐ下にあるように思えました。シロップをこれでもか、とかけまくったかき氷の様に、もうこれ以上濃い紫はない、と言えるほどの染まりようだったからです。

 そして、ついにモモタの爪が、塩の塊とは違う何かに当りました。硬くもなく柔らかくもない何かです。それは、今まで手に入れた虹の雫と同じ感触でした。

 モモタとチュウ太は一緒になって最後の掘り掘りを続けます。モモタと一緒に鼻の穴を下りていたハトたちみんなもつついて、塩の塊を砕いていました。

 外では、キキとオオワシの壮絶な背後の取り合いが続いています。そんな中、穴のそばでキキを応援していたアゲハちゃんの背中の真後ろを、紫色の光の柱が音もなく天を貫きました。

 突然光に包まれたアゲハちゃんは驚いて振り向きますが、眩しくて見ていられません。手の甲を瞳にあてがって穴を見た瞬間、光がなくなりました。それから間もなくして、ようやくとり出せた藍色の虹の雫をモモタがくわえて出てきました。

 ちょうどその時、一羽のオオワシが、出てきたモモタの頭に向かって、超高速で滑空しながら高度を急速に下げて迫ってきていました。

 遠くで大きなオオワシに襲われていた中の一羽です。背を向けるアゲハちゃんはもちろん、モモタも山鳩たちも気がつきません。オオワシは、太陽の光を背負って迫ってきていたからです。

 モモタたち全員が鼻の穴から出ると、それを待っていたクジラが言いました。

 「ありがとう、急に鼻の通りがよくなったよ。口にたまった塩を全部吹きだしたいから、みんなお鼻から離れておくれ」

 「うん、分かった」と答えたモモタが、視線をクジラからアゲハちゃんに戻すと、ものすごい速さで迫って来る固まりがあることに気が付きました。中心に黄色があって、それを白と茶褐色で包んだ塊です。

 初めは何か分からなかったモモタでしたが、ピントを合わせて「うわぁ! 大変だぁ」

 モモタは、アゲハちゃんに覆いかぶさって胸のフワフワを抱かせ、取って返してチュウ太をくわえます。

 山鳩たちが一斉に飛び立ちました。

 モモタは、すぐさま穴に戻ろうとしますが、先ほどクジラが「潮を噴く」と言っていたので、大噴水に巻き込まれてしまいます。慌てて飛び込むのをやめて、穴の反対側に飛びました。

 走り出そうとしますが、オオワシの速度が速すぎて、モモタが走り出すための一歩を踏み出す前に、オオワシの鋭い爪がお尻に届きました。オオワシは、今だ、とばかりに指を握ろうとします。

 しかしその瞬間、すごい勢いで塩の嵐が吹き上がりました。それに巻き込まれたオオワシは、あっという間に天空に飛ばされていきます。それと同時に、塩の大地がぐらぐら、と揺れ始めました。動き出したクジラの影響で、塩の浮島がきしみだしたのです。みるみる間に大地が裂けて砕けていきます。下にいたクジラがいなくなったがために、砕けた塊は、どんどんと沈み始めました。

 モモタは、急いで流氷の大地まで走っていきました。

 みんなが遠くの氷の浮島まで行くのを待って、クジラは大きな大きな尾びれで海面を叩きます。

 噴き上がった潮からなんとか逃れたオオワシが、落ちてくる潮の塊を掻い潜りながら、その場を離れていくモモタを眼光にとらえていました。体勢を立て直して逃げるついでに仕留めてやろう、と狙いを定めてモモタを目指そうとしますが、クジラが放った尾びれに巻き込まれて、海の中に叩き落とされました。

 何とか小さな流氷に這い上がったオオワシは、モモタを見つけて三度飛び立つ準備をしますが、海面からジャンプしたクジラのド迫力にけおどされて、這う這うの体(てい)で逃げていきました。

 クジラが吹いた塩と、飛び上がってできた波しぶきが相まって、空中には幾つもの小さな虹がかかりました。とても美しい光景です。あたかも雲の上にいるようでした。ようやく安全な流氷の上に辿り着いたモモタたちは、危険が迫っていたことも忘れて、戻ってきたハッサムと共にその虹を見上げていました。

 クジラが海面から顔を出して、モモタたちにお礼を言って、群れへと帰っていきます。モモタたちも、「山へ帰る」と言うハッサムたちにお礼を言いました。そしてその姿が見えなくなるまで、ハッサムを見送りました。

 小さな虹がいくつもかかった霞む白銀の霧の向こうに、色とりどりの花に彩られた丘が浮かんでいるような、幻想的な昼下がり。モモタたちは、その光景にウットリと見惚れていました。

 この時、上空にキキの姿はありませんでした。モモタたちは、陽が暮れるまで流氷の上でキキを待ち続けましたが、一向に帰ってくる気配がありません。そしてこの日、とうとうキキはモモタたちの元には戻りませんでした。

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