猫のモモタ

緒方宗谷

文字の大きさ
上 下
410 / 505
モモタとママと虹の架け橋

第五十二話 義と徳を振りかざす者と振りかざされる者

しおりを挟む
 キキは、悪化の一途をたどる事態の原因はカラスにある、と分かっていました。カラスさえ来なければ、ここまで状況が悪くなることは無かったでしょう。ですが、カラスを排することが出来ません。弱り切った自分であっても、数羽のカラスと闘うことくらいは出来るはずですが、そんなことをしてしまったら、もはや山鳩たちは自分を信じてはくれないでしょう。

 キキはショックを隠し切れません。本来、ごはんにしてきた山鳩に恐怖を感じることなんてありませんでした。それが今はどうでしょう。山鳩の罵声の重さといったら、耐えられる重さではありません。潰れてしまいそうです。

 それでもキキは頑張りました。

 「それじゃあ、クジラが死んでしまってもいいって言うの? 困ってるクジラを目の前にして見捨てろって言うの? どうしてそんなひどいことが出来るんだ?」

 最初に話しかけてきた老いた声が言いました。

 「わしらはそのクジラを存じておらんよ。知らん者のためにわしらが危険な目に遭ういわれなんぞないからの」

 「だから、僕は何度も食べないって――」

 「そうではない。仮におぬしの言うことが本当だとしても、わしらにはクジラを助ける義理なんぞない。そもそも、冬に入って草葉も枯れ散ってしまった。大地は白銀に覆われて、ただでさえ青紫がかった灰色のわしらは目立ってしまう。

  そんなわしらが海まで行ってみい。おぬしらの目であれば、遠くに連なる巍然(ぎぜん)とした山々からでもよく見えるじゃろうな。わしらはたちまちのうちに見つかって食べられてしまう」

 「翁の言う通りです」と知的な声。

 老いた声が続けます。

 「わしらが行ったところで、そのクジラが助かるかも分からぬ。仮に助かったとしても、それでわしらが死んでしまっては元も子もあるまい」

 キキが言いました。

 「僕が守ります。僕はオオタカですから、何者にも負けません」すんなり敬語で喋れました。

 「何を根拠に言っておる。おぬし一羽で守れる山鳩の数なんぞたかが知れておる」

 「それでも守ります」

 「言うは易しじゃ。肉食の鳥が飛び交い、キツネやタヌキ、イタチが這い回る中で、どうやって守りきる」

 「それは――」キキは答えられません。確かに大勢で襲ってこられては、みんなを守りきれません。

 「でも――」とキキは続けました。

 「クジラは苦しんでいます。鼻を塩で詰まらせて動けなくなっています。早く助けてやらないと、あんなに大きなクジラでさえ凍ってしまいます。山鳩がたくさん来てくれたら、クジラを覆う塩を掘ったり食べたりして、鼻の穴を開けられる。

  そうしたら、クジラは助かるし僕も感謝する。僕は君たちを食べないから、君たちも安心できるでしょう? 僕の友達だって喜んでくれる。みんな喜んでくれることなんだよ」

 年老いた声が訊きました。

 「なぜそこまでしてクジラを助けたがる?」

 「それは――」キキは迷いました。虹の雫のことを話せば、それが欲しいだけだと非難されると思ったからです。ですが、キキは隠さずに言いました。当然非難轟々です。

 沸き起こる非難の嵐をせき止めて、年老いた声が言いました。

 「おぬしが友達の猫を助けたいと思う気持ちはよう分かる。だが、クジラを助けたい気持ちは偽りではないか? もし虹の雫とやらがなかったとしたら、それでもおぬしはクジラを助けるのかのう」

 知的山鳩が「そう言うのを偽善と言うのです」と言いました。

 キキは黙り込みます。

 年老いた声は続けました。

 「助けはせんじゃろうな。おぬしにとって、そのクジラは知らぬクジラじゃから。
  それにな、猫の願いだって猫のものじゃ。その猫の願いが叶おうともわしらには何の影響もない。確かにおぬしの言うことは徳に適っておるが、それをしないからといって不徳とするのはいかがなものじゃろうな」

 キキは、年老いたハトの考えに納得がいかきません。

 「どうして? 困っている者を助けるのはどんな動物だっておんなじでしょう?」

 「“義見てせざるは勇無きなり”と言うが、それは強者の言うこと。山鳩であるわしらが、オオタカであるおぬしのようにできるとは限らん。結局困っているかどうか、すべきかどうかを決めておるのはおぬしじゃ。わしらではない。それに、わしらが受けているこの災難はどうしてくれる? 勇を見せたとして食われてしまったらどうする? そんなわしらの気持ちを察してくれるのも義ではないかの」

 知的鳩が言いました。

 「義や徳を振りかざして、実行しなければ不徳と決めつけるほうが不徳でしょう。あなたは、あなたの目的を行わせるために、義や徳を利用しているのです。そんなあなたに義や徳を持って答えてやる必要はありません。義や徳が不徳の者に対してまで無条件に及ぶわけではないのです。不義不徳の者を利する義や徳はありませんから。翁が仰ったとおり、あなたが義や徳を説くのであれば、その義や徳をわたしたちに示して、あなたの望みにわたしたちを利用するのをやめてください」

 知的鳩が言い終わると、拍手喝さいが響き渡ります。

 キキの後ろの方角にいたハトが羽を掲げて、みんなを鎮めてから言いました。

 「君の友達って猫だって言ったね。猫だって僕たちのことを食べるよ。塩を一生懸命掘っている間に後ろから襲われたら、どうするんだ」

 キキは振り向いて答えます。

 「モモタはそんなことしないよ。とてもいいやつなんだ」

 「山鳩を食べたことない――いや、肉を食べたことない草食の猫だって言うのかい?」

 「それは・・・」キキは否定できません。

 後ろの声が続けます。

 「君のいいやつってどんなやつさ。もしお腹を空かせている君を見かねて山鳩を捕えて持ってきてくれたら、それは君にとってはいいやつなんだろうけど、餌食にされた山鳩にとっては悪逆非道なやつじゃないか」

 またまた、抜けや折れやのシュプレヒコールが響き渡りました。

 年老いた声が口を開いて、キキに言いました。

 「約束は、おぬしが言っているだけのこと。それをその猫が守るいわれはない」

 「モモタは守るよ、本当だよ。僕は空の王者だよ。王者は嘘つかないよ。モモタはそんな僕のお友達なんだ。モモタは、僕がした約束を理解して守ってくれる。僕は、王者である自分に誓って約束を守るよ」

 知的山鳩が言いました。

 「猛禽はみんなそうです。近くの山に何種類もの猛禽が住んでいますが、みんなわたしたちを食べますよ。ですから、あなたが僕たちを食べるのも当然です。猛禽は自らが王者だと豪語しています。自分が絶対で、我々はごはんでしかありません。

  あなたは“嘘をつかない”“約束は守る”と言いましたが、何をもって嘘というのです? いつからいつまでが約束できるのですか? 食べない山鳩は誰と誰ですか?」

 「それは――・・・、君たちを食べたら嘘になるよ。いつからと言われれば、出てきてくれた時からだよ。 食べない山鳩が誰かなんて分からないよ。姿を見ていないんだから」

 すると、勝ち誇ったような声が返ってきました。

 「なぜあなたが決めるんです? だから私は言ったのです。猛禽はみな同じだ、と。皆王者だと自負していますから。皆嘘をつきません。当然です。だって真偽を決めるのはそちらですから。いくらでも例外は作れます。いくらでも本当は作れるのです」

 キキが言いました。

 「どうしてそんなことばかり言って僕を困らせるの? そんなふうにしなくてもいいじゃないか。協力しておくれよ」

 「困らせることばかり言っているのは、あなたの方ですよ。あなたは自らの望みを叶えるために色々なことを言っていますが、それを望んでいるのはあなただけでしょう。あなたは決めつけているのです。あなたが望むことは正しくて、わたしたちが間違っている、と。

  あなたはあなたの論理で事を話しておいでですが、あなたの論理が唯一無二の論理ではないし、絶対的に正しいと言うわけではないのです。

  我々だって死にたくありません。もしかしたらを考えれば、あなたに協力しないという結論があってしかるべきです。誰も強要できません。だってもしもの時があったら、その時は食べられている時ですから、取り返しなんてつけようがありません」

 知的山鳩が言いていることはもっともです。キキは答えられませんでした。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

コボンとニャンコ

魔界の風リーテ
児童書・童話
吸血コウモリのコボンは、リンゴの森で暮らしていた。 その日常は、木枯らしの秋に倒壊し、冬が厳粛に咲き誇る。 放浪の最中、箱入りニャンコと出会ったのだ。 「お前は、バン。オレが…気まぐれに決めた」 三日月の霞が晴れるとき、黒き羽衣に火が灯る。 そばにはいつも、夜空と暦十二神。 『コボンの愛称以外のなにかを探して……』 眠りの先には、イルカのエクアルが待っていた。 残酷で美しい自然を描いた、物悲しくも心温まる物語。 ※縦書き推奨  アルファポリス、ノベルデイズにて掲載 【文章が長く、読みにくいので、修正します】(2/23) 【話を分割。文字数、表現などを整えました】(2/24) 【規定数を超えたので、長編に変更。20話前後で完結予定】(2/25) 【描写を追加、変更。整えました】(2/26) 筆者の体調を破壊()3/

バラの神と魔界の皇子

緒方宗谷
児童書・童話
 悪意を持って陥れようとする試みがどの様に行われるか学ぶことによって、気が付かない内に窮地に陥らないようにするための教養小説です。

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

【完】ノラ・ジョイ シリーズ

丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴* ▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー ▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!? ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...