猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第二十三話 虹の雫は山の色?

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 見上げると、山が抜けてしまったかのように、空が見えています。

 今まで空は梢に遮られていて、小川と同じくらいのか細さでしか見えていませんでしたので、とても懐かしい感じがしました。

 ですが、逆に河原は肌があらわになった石ころが磊々と積み重なるばかりになってしまっています。このような地形ができてから、さほど時が過ぎていないのでしょう。

 川を挟んだ崖は、今まで土でできていたはずなのですが、気がつくと今は石だけでできています。モモタでも登れないほどの峡谷と化していました。

 モモタたちには知る由もありませんでしたが、それほど遠くない昔に、地震か大雨で山が崩れてしまったのでしょう。土はみんな川に洗い流されて、山崩れで転げ落ちた大きな石だけが残ってできた地形なのです。

 それでも、森の力はすごいなー、とモモタは思いました。大きな岩の凸凹に小さな十文字草が咲いていたからです。

 そう遠くない将来、この大きな岩は、十文字草に覆い尽くされることでしょう。もしかしたら、周りでむき出しになっている岩肌や大きな石たちの表面も、いつしか色々な草花や苔に覆われるのかもしれません。

 モモタは、ニッコリとほほ笑みました。

 目の前には、大きな一枚嵓(くら)が行く手を塞いでいて、飛び越えられないような高さから滝を流し落としています。そばまで行ってみると、熊よりも何倍も大きな一枚嵓です。

 一枚嵓の頂上にミゾもんがいて、こちらを見下ろしていました。

 アゲハちゃんはそのまま飛んで上がっていきましたが、モモタとチュウ太は遠回りして登っていきます。それを見たキキが、一枚嵓の上に舞い降りてきました。

 モモタが一枚嵓の頂上に辿り着くと、チュウ太と二匹して息をのみました。一枚岩でせき止められて溜まった小川の水が、大きな池となっていたからです。澄んだ翡翠緑に輝いて。

 泳げないモモタは、心配して言いました。

 「もしかして、池の底にあるのかなぁ?」

 すると、ミゾもんが言いました。

 「だいじょぶ、だいじょぶ。きれいな石だから、こん中に隠したんだぁ」と、くちばしで小さな穴を指し示します。一枚嵓の裏側が割れて大きな裂け目が出来ています。そこに小さな石が挟まって、洞窟になっていました。

 モモタが、ミゾもんに言いました。

 「僕、虹の雫を探して冒険してるんだ。もし虹の雫だったら、僕にくれないかなぁ」

 「いいよ。命を助けてくれたお礼に、君にあげるー」

 そう言われたモモタは、ひょんと飛び跳ねて喜びました。

 その横でチュウ太が心配して言いました。

 「大丈夫か? 池の下に入っていくなんて、突撃ものだぞ」 

 「そうだよ」とキキも言います。「上から水が落ちてきて沈んじゃったら苦しい思いをするぞ。それに、こんな中にアゲハちゃんは入っていけないだろ? 翅が濡れてダメになっちゃうよ。猫だって水は苦手なんだ。だから、この中にはないんじゃないか?」

 すると、アゲハちゃんがキキの首筋にとまって言いました。

 「あら、そんなことないわよ。あるかもしれないわ。だって翅と虹の雫があるかないかは関係ないもの。

  猫が水を嫌いなのも関係ないわ。だって行くのはチュウ太だもの」

 そう言われて、チュウ太はびっくり仰天。

 「なんで僕なんだよ」

 「あら、こんなに小さな穴に入れるのは、チュウ太だけでしょ?」

 そうアゲハちゃんに言われて、チュウ太はぐうの音も出ません。

 ですが、モモタが言いました。

 「ううん、僕が行くよ。僕、おひげの幅より広ければどこにだって入っていけるんだ。
  僕は真っ暗でも目は利くし、そもそも僕のためにみんなについてきてもらっているのに、僕自身が率先して入っていかないわけにはいかないもん。それに、チュウ太には行かせられないよ。水が流れているから、もしチュウ太が入って足を滑らせたら、下まで落ちていってしまうよ」

 そう言ってモモタは、一枚嵓の洞窟に入っていきます。

 「モモタ・・・」と呟いて黙ってお見送りをできるチュウ太ではありません。

 キキのように大きすぎて入れないとか、アゲハちゃんのように翅がダメになるから入れない、というのであればいざ知れず、チュウ太は入れます。

 お友達思いのチュウ太に、お友達をたった一匹で真っ暗な洞窟に行かせるような薄情なまねはできません。チュウ太は、すぐにモモタを追いかけました。冗談で「チュウ太が行くのよ」と言ったアゲハちゃんに尻尾を引っ張られて止められたにも関わらず。

 真っ暗な洞窟の中を走ってきたチュウ太は、モモタのふかふかしっぽにぶつかりました。

 「モモタぁー」と叫んでしがみつきます。

 二匹ともビショビショでしたが、そんなこと関係ありません。

 モモタはとても心細かったので、チュウ太が来てくれてとても嬉しく感じましたし、そう思ってくれたことが伝わったチュウ太も、とても嬉しく感じられたからです。

 上下左右に曲がりくねった洞窟を抜けると石ころは無くなって、横に裂けた一枚嵓だけになりました。石ころがあった頃とはうって変わって、つるつるスベスベで、猫でさえも滑り落ちてしまいそうです。

 モモタは、慎重に下へと下りられる場所を探します。ですが、既に外の光は届いておらず、モモタの目ですら何も見えなくなっていました。

 進めなくなったので、くまなく道を道を探しましたが、進めそうな場所はありません。完全な行き止まりです。

 モモタの背中から飛び降りたチュウ太が、スッテンころりんと転がりました。そして起き上がって頭をさすりながら言いました。

 「水の流れはあるよ。水で溢れてないってことは、どこかから流れ落ちてるってことじゃあないか?」

 「じゃあ、チュウ太は僕の首筋に乗っていたほうがいいよ。水と一緒に流れ落ちちゃったら大変だもの」

 しばらくの間、二匹が水の流れを追って行ったり来たりしていると、坂になった横の裂け目に縦の割れ目があって、水が流れて落ちているのを発見しました。

 モモタが下りてみると、穴は途中で途切れました。大きな不安が首をもたげます。モモタの鼻先には、天上も壁も地面もありませんでした。真っ暗なので、広いのかせまいのかもわかりません。

 お空を飛べないモモタは、これ以上進めなくなって困ってしまいました。

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