猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第二十話 心に触れた肉球

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 モモタは、千夏ちゃんに抱かれながら、お家に帰りました。その後ろをチュウ太とアゲハちゃんがついてきます。キキは上空からみんなを見ていました。

 すでに太陽は真上にあります。人々は、お仕事に行ってしまったのでしょう。のどかな田舎町ですから、全く人の気配がありません。

 モモタは空を見上げました。遠くに、真っ白で大きな雲が流れています。それ以外に雲はありません。

 お家につくと、千夏ちゃんはみんなをお部屋にあげてくれました。

 「はいはーい、チュウちゃんとタカちゃんはベランダね」と言いながら、工事現場の人さながら、二匹を誘導します。お部屋に残れたのは、モモタとアゲハちゃんだけでした。

 お外に出された二匹に対して、モモタとアゲハちゃんは可哀想に思いましたが、キキが言います。

 「人間は、僕たちが怖いのさ。なんせ撲は空の王者だからね。なんでチュウ太もかは知らないけれど、たぶん前歯が怖いんじゃないかな。この扱いは、僕にとってはほまれだよ」

 モモタは、逆の立場だったら悲しい思いをすると思いましたが、考え方次第で上から目線になれるようです。

 外に出したといっても、千夏ちゃんはチュウ太とキキのことは受け入れているようでした。だって、チュウ太とキキのごはんも用意してくれましたから。

 二匹とも、初めて見る食べ物に目を輝かせています。チュウ太にはアーモンド。キキには牛肉のスライスでした。モモタも牛肉をご馳走になりました。アゲハちゃんは、蜂蜜です。 

 みんな喜んで、お腹いっぱいになるまで食べましたが、モモタは一つ気になっていることがありました。ずっと千夏ちゃんに元気がなかったからです。 

 モモタは、お昼ごはんを食べ終わってしばらくした後、窓辺で自分の背中にとまるアゲハちゃんを人差し指に招こうとしているお姉さんに、訊いてみました。

 モモタは、温かい午後の日差しを浴びながら、とても緩やかに流れる時間の中で、静かに千夏ちゃんが話してくれるのを待ちました。

 しばらくして、千夏ちゃんがおもむろに話し始めます。

 「わたしね、この間まで都会の大学にいたんだ。ちゃんと卒業したんだよ。いい大学ではなかったけれどね。内定ももらっていたから、社会人になって順風満帆なOL生活だーってみんなとはしゃいでいたし、卒業旅行にフランスとイタリアに行ったんだけれど、ときどき思うの。わたし、社会に出てやっていけるのかなって。

 わたしの実家は山の向こうの村落だから、みんな顔見知りなほど人数が少ないんだ。高校はこの町だったし、あまり人が多い所は得意じゃないみたい。

 それなのに、大学進学したらすごい沢山の人と会わないといけないでしょう? 東京には行ったことがあったけれど、観光で大勢とすれ違うのとは大違い。大学生活は楽しかったのだけれど、いつもおばあちゃんの部屋で大の字になってお昼寝している思い出ばかりが甦っていたんだ」

 大学とか社会とか、モモタには分からな言葉が出てきましたが、モモタは、旅行に出たいのに怖くて出かけられないんだな、と思いました。

 千夏ちゃんは、モモタを慈しむように見つめて微笑みます。

 「モモにゃんはすごいねぇ、だってここいら辺の猫ちゃんじゃないでしょう? 見たことないもん。しかも、お友達をいっぱい連れて。ネズミまでいるし。大きな町から来たのかい? それとも村から来たのかな?」 

 モモタをナデナデしながら、千夏ちゃんは続けました。

 「わたしは結局出られなかったな。何とかここに踏み止まって実家には戻らなかったけれど、ここが限界。わたしはモモにゃんが羨ましいよ。猫以外ともお友達になれてさ。ごはんまで友達だもんね」

 「ごはんとはなんだ」とチュウ太が飛び上がります。

 「あはは、ごめんごめん」と千夏ちゃんが笑いました。

 「全くもう」と言うチュウ太をしり目に、アゲハちゃんが「気を使わなくていいのよ、千夏ちゃん。だってこの子ごはんじゃない」

 キキがみんなに言いました。

 「人間は体も大きいし、たくさんいるから強いものだと思っていたけど、違うみたいだな。一人一人はとても弱そうだ。僕が空の王者だからかもしれないけど、小さな僕にもかなわないんだから」

 そして、続けて言いました。

 「僕だったら戻ってこないよ。僕はここより大きな町は見たことないけど、本当にもっと大きい町があるって言うなら、その町の中にお家を作るさ」

 すると、チュウ太が訊きます。

 「作れなかったらどうするのさ。千夏ちゃんは、お家を作れなくてここまで戻ってきたんだろ? たぶん、もっと強い人間がいたり、口に合うごはんがなかったんだよ」

 「なんでさ。たくさんお家があるじゃないか。千夏は弱いかもしれないけれど、もっと弱い人間は大勢いるはずだろ? 僕が千夏だったら、無視するね。熊やキツネと一緒さ。あいつらがやってこられないはるか天空を飛び回ってやるよ。あいつらが飛べないはるかかなたをね」

 チュウ太が反論しました。

 「千夏っちゃんには翼がないよ。熊やキツネに出くわしたらどうしようもないじゃないか」
 「君は、ウサギや野ネズミにもおんなじこと言うかい? 『あきらめろ』って。

  ウサギには、熊やキツネにはない俊敏さで飛び跳ねられるし、お家にもたくさんの入り口があるんだ。空から見ていると、同じうさぎが色々な穴から出てくるところをよく見るからね。熊やキツネは一つのお部屋しかないお家に住んでいるけれど、ウサギは違うんだ。

  野ネズミだってそうさ。熊よりも早く木の上に登っていける。キツネに至っては登れもしないだろ? それに、枯葉の下に隠れられたら見つからないよ。

  確かにウサギや野ネズミは、熊やキツネに力で敵わないかもしれないけど、彼らには彼らの得意なことがあって、それを使えば生きていけるんだ。チュウ太だって言ってただろ? 『僕の前歯はすごいんだぞ』って。『猫にだって勝てるんだぞ』って。

  千夏だってそうさ。千夏は自分の力に気がついていないだけ。それに気がつくまで、がむしゃらに強い人間を無視して、まずい食べ物を食べ続ければいいんだよ」

 「でも――」アゲハちゃんが言いました。「みんながみんなして新しいお家を作らなくてもいいんじゃない?

  わたしは、生まれたお家と同じ山の中に住んでいるし、紋黄蝶たちは生まれも育ちも同じお庭よ。千夏ちゃんの力は、山里で生きられる力なんじゃないかしら」

 キキが首を傾げます。

 アゲハちゃんが続けました。

 「考えてみて。ここは山とは大違いよ。たまに遊びにきて珍しいお花の蜜を飲むにはいいけれど、わたしが住むにはお花が少ないわ。人が多すぎるから、ケンカの強いスズメバチやクマンバチだって住みにくいんじゃないかしら。

  そう考えたら、ここに住める子たちなんかは、ある意味スズメバチより強い力があるのよ」

 「確かにな」とチュウ太「ハムスターは僕よりおっとりしてるけど、人間を怖がらずにそばによれるなんてすごいもんな。人間を怖がらせないっていうのも力なのかも」

 アゲハちゃんが話を引き継ぎます。

 「海を渡る蝶々が話してくれるお土産話には、とても珍しいお花や美味しい蜜が出てくるし、美味しい葉っぱのことも出てくるわ。それを「いいなぁ」って聞いている自分もいるけれど、代わりにわたしは、お家のあるお庭のお花がためてくれる蜜をたくさん味わっているのよ。舐めれば舐めるほど、本当の美味しさが分かるの。

  以前、お友達のアサギマダラのアサちゃんに、お庭のお花の蜜をご馳走してあげたの。わたしが、こっちの方が美味しいわよって教えてあげたのだけれど、『どれも同じ味』ですって(笑)。アサちゃんのお話を聞いていると、色々な種類のお花を知っているし味も知っているけれど、本当のお味は知らないみたい。

  だから、わたし思うの。生まれ育ったお家に住み続けているからこそ見えるものがあるんだって。確かに旅行は楽しいし、色々なことを知れるけれど、旅行に行かないことがいけないことなんかじゃないわ。千夏ちゃんは、もっと大きな町に行って、『やっぱり、田舎が一番だなぁ』って思えたから戻ってきたのよ。それに気がついていないだけじゃないかしら」

 モモタは、この町に来てからのことを振り返りました。以前訪れた港町にはたくさんの猫が住んでいましたが、ここにはあまり住んでいません。この数日で、白黒猫一匹しか見ていないのです。他の猫の匂いはしますからいるはずですが、とても少なそう。

 モモタは、千夏ちゃんのおでこにぷにゅっと肉球を添えて、ナデナデしてあげました。

 千夏のお姉ちゃんは、とても可愛い笑顔で微笑んでくれました。

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