猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第三話 金色(こんじき)の国

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 ママのことを想いながら再び眠りにいざなわれたモモタが目を覚ますと、空はすっかりと晴れ渡っていて、青く透き通っていました。
 優しく揺り椅子を揺らしていたおばあちゃんの膝から下りたモモタが、飾り棚に飛び乗って窓から空を見上げると、雲はほとんど無くなっています。

 モモタがおばあちゃんの方を振り返って「にゃあ」と鳴く間もなく、モモタの気持ちを察したおばあちゃんが、「そうね、もしかしたらモモタちゃんの煌めく光の柱が残っているかもしれないものね」と言って、玄関を開けてくれました。

 急いで裏の納屋の屋根に飛び乗ったモモタは、そのままお家の屋根の一番高いところまで登っていきます。そして空を見渡しました。

 おばあちゃんのお膝の上でお昼寝する前とはうって変わって、いつものように清々しい景色が広がっています。お庭の向こうには、遮るものが何もない水平線の大パロラマ。空と海が溶け合っているかのようです。

 モモタは隅々まで光の柱を探しましたが、一本もありません。
 「もしかしたらママに会えるかもって思ったけど、だめみたい。お寝坊さんな僕が悪いんだろうけど、残念だなぁ」

 強がって笑ってみようとしますが、なぜか笑えません。ほほ笑みを浮かべることすら出来ませんでした。落胆したモモタは、しょんぼりと俯いていましたが、お部屋には戻りません。ママに会いたい、と言う気持ちを抑えきれなかったのです。

 長い間海に向かってぽつんと一匹でいたモモタは、不意に優しいママの記憶を思い出させるような柔らかな温かさに包まれました。背中に気配を感じて振り返ると、そこには今まで見たこともないような光景が広がっています。

 黄金に輝く太陽が雲雲を黄金色に照らし、反射するその光で天が金色(こんじき)に染まっていました。
 「すごい、世界ってお空の上にもあったんだ」
 見上げた金色の空に、雲雲が神々しい大地として浮かんでいるようです。

 モモタはそこに、温かくて優しい誰かがいるように思えました。それに、丸みを帯びたその光は、ママの毛色や瞳の色のようにも思えました。そして、陽が傾いて空が茜色に変わり紺碧色に変わるまで、モモタは空を見つめ続けていました。

 日没を迎えてから間もなく。モモタはある決心をしました。あの空の世界に行ってみよう、と。もしかしたら、そこにママがいるかもしれない、と考えてのことでした。

 その日の晩、おばあちゃんとお夕食を食べたモモタは、おねだりをして外に出してもらいました。飼い主でもないのに長いことお泊りをさせてくれたお礼をしたい、と思ったからです。

 おばあちゃんは、いつも家庭菜園のニンジンをネズミにかじられて、「ざーんねーん」と笑って言いながら、ニンジンなしのシチューを作っていました。

 それを思い出したモモタは、たまにはニンジン入りのシチューを飲んでほしいと思って、ニンジンをかじりに来る野ネズミを捕まえてあげよう、と考えたのです。

 ですが、すぐには捕まりません。このお家にはお泊りしている猫がいることを知っていた野ネズミたちは、警戒してすぐに出てこなかったからです。それに、一匹のモモタに対して野ネズミは何匹もいましたから、方々からニンジンを狙って走って来て、モモタを翻弄しました。

 ネズミがモモタをバカにして言いました。

 「家猫なんかに捕まるもんか。僕たちはキツネやタヌキも出し抜いて生活しているだぞ」

 モモタは、闇夜に紛れる野ネズミに向かって頼みます。

 「お願いがあるんだ。今年だけでもニンジンを食べるのをやめてくれないかなぁ」

 「なんでさ」野ネズミが訊きました。「猫はニンジンなんて食べないだろう?」

 「このお家のおばあちゃんが食べるんだよ。毎年君たちがニンジンを食べちゃうから、いつもニンジンを食べられなくて困っているらしいんだよ」

 すると、野ネズミたちが言いました。

 「僕たちだって困っているよ。この辺りは草原ばかりで木の実がなる木がないからね。ここだけがお腹いっぱいになれる楽園なのさ」
 「ほんとほんと、秋になればイチジクはなるし柿もなるし、冬の備えにはうってつけの超楽園」

 モモタの後ろからも声が聞こえます。

 「それとも何かい? 君は僕たちに飢え死にしろって言うのかい? ニンジン以外にも食べるものがあるんだから、おばあちゃんにはニンジンくらい我慢してもらえばいいじゃないか」

 野ネズミたちは、どうしてもモモタの言うことを聞こうとしません。仕方がないので、モモタはもう一度野ネズミを捕まえよう、と頑張りました。ですが、どんなに追いかけてもすばしっこい野ネズミを捕らえるコトが出来ません。

 桶の陰に隠れても柿の木に登ってみても、イチジクの木の根元に潜んでみても、すぐに野ネズミたちに見つかってしまいます。あと少しというところで、イバラの中に逃げられてしまいました。

 モモタは疑問に思いました。「なんで僕のことが分かるんだろう。だって真っ暗だから、見えないはずだもん」

 モモタは目が良いので,真っ暗闇でもネズミのことは見えていますが、野ネズミにはモモタが見えていません。だから、そばに潜んでいても、野ネズミたちはモモタに気がつかずにニンジンを食べに戻って来るのです。

 モモタは考えました。

 「あ、そうか、音だ。柿の葉やイチジクの葉が擦れる音や、足音でわかるんだ」
 そこでモモタは一計を案じました。お家の屋根に上って、そこから野ネズミを狙うことにしたのです。

 屋根の上はとても高いので、モモタは少し怖く思いました。ですが、下はふかふかに耕された土のクッションでしたから、飛び降りても痛いことはないでしょう。そればかりか、菜園全体が一目で見渡せるので、ちょろちょろと迫ってくる野ネズミたちの姿もみんな見えました。

 小さくこわばって狙いを定めたモモタが、「えいやー」と大ジャンプ。音が立たなかったので、捕まえられるまで気がつかなかった野ネズミは、びっくり仰天している様子です。

 夜が明ける頃、モモタはようやく二匹の野ネズミを捕まえることに成功しました。それを玄関扉の前にそっと置きます。おばあちゃんに貰ってもらおうとおすそ分け。

 人間がネズミを食べないのは知っていましたが、一晩かけて一生懸命捕まえた野ネズミでしたので、モモタは褒めてもらいたい一心でプレゼントしたのでした。

 おばあちゃんが優しさから少し開けておいてくれた二階の窓から寝室に入ったモモタは、おばちゃんが眠るベッドに飛び乗って、頬を寄せて言いました。

 「おばあちゃん、今まで一緒に過ごさせてくれてありがとう。僕、新たな旅行に出発します。また近くによったら遊びに来るね。その時は楽しいお土産話をうんとするよ」

 太陽が水平線から完全に顔を出すまで添い寝をしていたモモタは、おばあちゃんを起こさないように静かにベッドを下り、岬のお家を後にしました。何度も何度も振り返って、おばあちゃんのことを想いながら。






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