猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第八十五話 人魚姫の歌劇

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 雲一つない青空が広がる海にしか見えない、海底神殿の室内都市。クークブアジハーが気を失ったため、捕食者を失った海には、久しぶりに開放感あふれる穏やかな空気が流れます。

 ウーマク君とちゃくちゃくちゃんも壁の外側の海に出て、サンゴ山の外へと続く道へ向かっていました。あとは、ウーマク君がみんなを連れて、モモタたちが最初に上陸した部屋に来てくれるだけ。そうすれば、あぶくトンネルを使って、みんなは脱出できます。

 モモタは、屋上に上がってきた階段の手前で後ろを振り返りました。今いるところの反対側に立っている美しい人魚の少女の石像を見つめます。

 人魚という存在を知らなかったモモタですが、ふと気がついて言いました。

 「もしかして、あの石の女の子が、ここに住んでたのかな? とても優しそうな人。僕会ってみたかったなぁ。上半身が人間で、下半身が魚ってとっても面白いもの。

  ウーマク君とちゃくちゃくちゃんは、イルカとジュゴンで違うけど、あの石像を見てると、そんなこと乗り越えて結婚できる気になれる。そう思うと、とてもわくわくしてくるんだ」

 みんなはそれを聞いて、モモタに微笑みます。

 すると、どこからともなく可愛い女の子の声が、音楽に乗せて聞こえてきました。


 プロローグ

女の子 「ニライカナイ、海に栄えた太古の王国、七つの海で一番の。
     夢のまた夢、長い時が泳ぎ去った、
     サンゴに隠れた、青みを帯びた石の城。
     どんなお友だちでも関係ない、姿かたちも関係ない、
     心の形も関係ない、愛する気持ちがありさえすれば。
     ここは愛と情熱の、理解と融和の結晶だから、
     モモタやモモタ、聞こえてくるでしょ? 愛のお囃子、
     ティンドンティンドンティンティンドン」

モモタ 「あなたはだーれ? ここはどこ? どうして誰も住んでない?」

女の子 「わたしはニーラ、この国の主(あるじ)、遠い昔にほろんだ国の」

モモタ 「悲しいお話? 聞きたくないな。 滅んだなんて言わないで」

ニーラ 「大丈夫よ、優しいお話、あなたが望む、優しいお話、
     滅んだ話は、また別のお話」

モモタ 「本当? それなら聞かせてほしい、
     僕が望むは、二頭の行く末、ウーマク君とちゃくちゃくちゃん、
     ひいてはそれが僕の行く末。
     だって僕にはたくさんの、いろんな姿のお友だち」

ニーラ 「羨ましいわ、猫ちゃんなのに、キキにチュウ太にアゲハちゃん、
     あなたはほんとに愛されているのね」 

モモタ 「あの二頭はどうなるの?」

ニーラ 「分からないわ。何千年ぶりのことだもの、純粋無垢な相思相愛。
     今のわたしは夢心地、二頭の愛に触れたから。
     あなたたちにも感謝するわ、だって純粋無垢な友情だもの。
     だからみんなに聞いてほしい、この国の物語、わたしが生まれた物語。
     それでは開演、始まり始まりー」


第一幕 王子 

 ニライカナイではないどこかの海。サンゴ礁に囲まれた極彩色の楽園。
 暖かくて、どこまでも見通せるほど透き通っている。

第一景 オーサン

(たくさんのイルカがいる。一頭の若いイルカを追いかけまわして、何やら騒いでいる。その騒ぎを見守るように、少女たちが踊っている)

家臣A (若いイルカに追いすがって)
    「なぜお逃げになるのです、オーサン様。
     あなたはもういい年頃です、妃の一人も選ばなくては」

オーサン「なぜ知らない娘と添い遂げられる? 今の今まで会ったこともないのに。
     彼女らは僕の何を知っているといえるのか。
     僕は彼女らの何を知っているといえるのか」

家臣B 「それはおいおい知ればいいこと、結ばれることが始まりですから」

オーサン「そこに愛はあるのだろうか、いいやあるまい、僕の心は動じないから…」

家臣C 「愛は意思で作るものではございません、生まれ育って成るものなのです」

家臣A 「だから、今はなくてもよい、何も考えてはなりません、 
     唯々お好きに選べばいい、御心に従って選べばいい。
     オーサン様が選ぶのならば、それが真になるのですから」

オーサン「なら選ぼう大声で、僕は誰とも結ばれない、だってそこに愛はないから」
(オーサンは振り切るように泳ぎだす)

娘たち合唱
(狼狽しながら)
    「おお、なんて罪なお方、はるばる我らはまかり越したのに」

オーサン「申し訳ない、だが君たちとて、愛がなければここは監獄、
     心の核心を閉じ込める監獄。
     目にも鮮やかサンゴの色彩、舌鼓が鳴る豊富な魚。
     確かにここは楽園だけれど、心が死んだら冥界と同じ」

娘たち合唱
(オーサンを取り巻いて)
    「なにをおっしゃいますか、オーサン様。
     あなたに選ばれるのが至福の喜び、そう教えられて参りました」

オーサン「誰に教わったというのかね?」

娘A  「母でございます」

娘B          「祖母でございます」

娘C                   「語り部でございます」

オーサン「それは考えを改めるべきだ、自身の想いではないのだから」
(その場から泳ぎさる)
(暗転)


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