猫のモモタ

緒方宗谷

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愛情深いトラの話

子供はみんなの宝物

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 モモタは、とても微笑ましい光景を目の当たりにしていました。
 モモタだけではありません。来園した多くの人々も、感動の眼差しを向けています。
 みんなの視線の先には、メスのトラのプレムちゃんがいました。プレムちゃんの懐には、小さな小さな赤ちゃんがいます。
 その赤ちゃんは真っ白で、「みゅー、みゅー」と鳴いていました。
 実はこの赤ちゃん、トラの子ではありません。野良猫の赤ちゃんでした。
 ほんの数時間前のお話です。
 この白猫赤ちゃんのお家は、プレムちゃんのお家の上にある、植え込みの中にありました。
 猫のお母さんが、狩りに出かけていて、留守にしていた時のことでした。
 それを見計らって、家族を食べられてしまったねずみが、仇をとってやろうと、赤ちゃんに近づいてきたのです。
 いくら猫と言っても、赤ちゃんではネズミに敵いません。
 何度もかじられてしまいました。
 白猫赤ちゃんは逃げまどい、最後は、そばのトラのオリの中に、転げ落ちてしまったのです。
 ねずみも追いかけて中に入りましたが、すぐそばで静かにこちらを睨みつけるプレムちゃんを見て、一目散に逃げていきました。
 空を飛んでいた鳥たちが、騒ぎ立てます。
 モモタは一大事に気がついて、プレムちのお家へと急ぎました。
 迷い込んだ白猫赤ちゃんの毛には、うっすらと血が滲んでいます。冷たいコンクリートの地面の上で「みゅー、みゅー」鳴いて、お母さんを呼んでいました。
 トラのオリに集まってきた猫やネズミや虫たちは、「赤ちゃん猫が食べられてしまうぞ」となげき合います。
 赤ちゃん猫に気がついた来園者たちも、悲鳴をあげました。
 プレムちゃんは、白猫赤ちゃんの周りを行ったり来たりしながら、見つめていました。どう扱っていいか分からない様子で。
 オリの外に集まったお友達たちは、固唾を飲んで、事の顛末を見守ります。
 間違いなく、あの赤ちゃんは食べられてしまうはずでした。
 プレムちゃんは、ゆっくりと白猫赤ちゃんに近づいて、匂いを嗅ぎました。
 オリの外には、人や動物たちの悲鳴が響きます。
 自分がこれから食べられるなんて、分かっていないのでしょう。
 自分の匂いを嗅ぐトラに、白猫赤ちゃんはすり寄ります。
 プレムちゃんは、すり寄る赤ちゃんから身を離して、またウロウロし始めました。
 外で見ているお友達や人間たちは、ハラハラドキドキ、心が休まりません。
 メスのトラは、おもむろに横たわりました。白猫赤ちゃんの傍らに。
 白猫赤ちゃんは、一生懸命にすり寄っていって、プレムちゃんのお腹の毛に顔をうずめました。
 そして、何かを探すように顔を左右に振って、トラから離れません。
 しばらくすると、白猫赤ちゃんは左右に顔を振るのをやめて、前足で一生懸命にトラのお腹を押しはじめました。
 一生懸命お乳を吸おうとしているのです。おっぱいを飲んでいる様でした。
 それを見ていたモモタには、心優しいプレムちゃんの姿が、百獣のママに見えました。





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