猫のモモタ

緒方宗谷

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何も見てこなかったハマグリの話

目に写るものは自分で選べる

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 真夏の砂浜は灼熱地獄。モモタのぷにゅぷにゅ肉球は火傷しそうです。普段ならそんな熱い砂浜を歩こうとは思わないのですが、モモタは暑さをこらえて波打ち際まで走って行きました。
 「ハマグリさん、何してるの?こんな強い日差しの中で砂から出て貝殻を開けていたら、浜焼になっちゃうよ」
 ハマグリは力無く寂しげながらも、雲一つない遠くの空を神剣に見ています。
 「確かにモモタの言う通りかもしれない。真夏の昼間に外に出ていたら死んでしまうかもしれないけれど、波打ちぎわならのぼせる前に、寄せては帰す波が僕を冷ましてくれるから、案外大丈夫なんだ」
 「でも、危険でしょう?もうすぐ海が遠くになるころだよ、少し砂の中でお休みしたら?」
 ハマグリはもう少しここにいると言って、話を続けます。
 「僕はずっと海底の砂の中で生活していた。
  老いさらばえて力が弱って浜に打ち上げられて初めて見た夕日はとても綺麗だった。
  こんなに綺麗な景色があったのに、なんでもっと外に飛び出そうとしなかったのだろう。
  岩場に行ったり温かいところに行ってみたりしてみたかったよ」
 「ごはんを捕りに、色々なところに行ったのでしょう?」
 「ごはんを捕りに行ったんだから、ご飯の事しか見ていなかったよ。
  それに、いつも同じ近所の海底だったからね」
 モモタは水に潜れないので、海底がどんなところか分かりません。海はとても澄んでいましたから、防波堤から覗ける海底は、砂だけのところやゴツゴツ岩だけのところがあって楽しそうです。
 ハマグリはため息をつきました。
 「海底か、海底ってどんなところだったんだろう。
  そう言えば、僕が住んでいたところも良く見てこなかったな。思い返すと、ヒトデがいたりウニがいたり、モモタが歩ける砂浜より楽しげだった気もするよ」
 「そうなの?」
 モモタは砂浜を振り返って続けます。
 「波が来ない所は砂しかないし、足が捕られるし、おまけに熱いしで良いところないけど、海底は違うんだね」
 「そうだね、水の中は浮くから足は取られないね。それにたくさんのお友達が住んでいるから、乾いた砂浜みたいに見渡す限りなにもいないってことはないよ」
 「わぁ、とても楽しそうだね」
 モモタはウキウキしてきて楽しげに言いましたが、それとは真逆にハマグリはドヨ~ンとします。
 「行けもしない海底の事を考えてそんなに楽しめるなんて、素敵な猫だなぁ。
  僕はずっと海底に住んでいたのに、近所の憩いの場ですら楽しんでこなかったのに」
 モモタの目には、ハマグリには映らなかった景色が映っていたのです。



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