猫のモモタ

緒方宗谷

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何も見てこなかったハマグリの話

望んでいるの、望まれているもの

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 朝も昼も夜も、ハマグリは波打ちぎわで貝殻を開いて遠くを見ています。モモタは何するわけでも無く、一緒に寄りそって話を聞いていました。
 「モモタに子供たちの話を聞かせてあげたっけ?」
 「ううん、聞いたことないよ、どんなお話しなの?」
 一度モモタを見たハマグリは、また地平線の向こうを見ます。
 「僕たち夫婦はとても子沢山でね、子供たちの寝顔を見る度に、僕は子供達を立派に育てようと決意したんだ。
  でもやっぱり水を伝わってくる子供たちの声には耳を傾けなかったのだ。
  いつもそうさ。『遊ぼう遊ぼう』ってじゃれついて来たのに、僕はご飯を捕りに行っていたんだ」
 「何で?遊んであげればよかったのに」
 「子供たちはシジミの様に小さくってね、たくさんご飯を食べさせてやって、貝殻に大きな牙があるしゃこ貝の様に成長させてやりたかったのさ」
 モモタはどの貝のことを言っているのか分かりませんが、多分あの貝だろう、と思いました。この間防波堤をお散歩している時に覗きこんだ海の浅瀬に、モモタくらいの猫なら2,3匹丸飲みに出来るくらい大きなギザギザの貝殻を持つ貝が眠っていたのを見たことがあったのです。
 ハマグリの話は続いていました。
 「子供たちは僕に言ったんだ。
  『僕たちはハマグリなんだよ、お父さんが真珠貝に憧れているからって、それを僕達に押し付けないでよ。僕たちは丸々太った大きなハマグリになりたいんだよ。 
  あんな平べったい貝になんてなりたくないよ。ぼくは赤貝に憧れているんだ。
  それに真珠なんて何の役に立つんだよ、僕真珠なんていらないよ』って」
 モモタは、赤ちゃんのころを思い返しました。いつも祐ちゃんに遊んで遊んで、とじゃれついてお勉強のジャマばかりしていましたが、祐ちゃんはいつもモモタと遊んでくれました。
 ママは祐ちゃんに、お勉強しなさいって言うけれど、笑顔でモモタと遊ばせてくれました。モモタにとってはとても大事な思い出です。この思い出があるから、どんなに離れたところに旅行をしても、とても居心地の良いお家でお世話になっても、僕のお家は祐ちゃんのお家だと思えるのです。
 ハマグリは泣き始めました。
 「数えると、とても長くとても多くの子供を育ててきたのに、何にも記憶がないんだ。僕はいったい何をしてきたんだろう?」
 モモタは自分の経験を話しませんでした。ハマグリの子供たちは、今どこにいるか分かりません。もう取り返しがつかないのです。
 モモタは、まだ子供の内にそれを知ることが出来ました。知る前から知っていたような気がします。だって、ご主人様との思い出には後悔がないんだもん。

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