Perfume

緒方宗谷

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みのると早苗と祖母

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 ピンポーン、ピンポーンと言うチャイムの音がスピーカーから響く。誰もいないのだろうか。
 ここ最近、みのるの出席状況が芳しくないと担任から連絡を受けていた早苗は、員位置の家を訪ねた。昼間の時間帯だから、真一がいない事は分かっているが、もしかしたらみのるが出てくれるのではないかと思い、しばらくドアの前にいた。
 (やっぱり、出てくれないのかな?真一さんの話では、ご飯もよく食べてくれるようだし、お婆ちゃんもよく来てくれるから、生活は大丈夫そうだけど。
  そう言えば、この家の担当になってから大分経ったけれど、まだ1度もみのる君の顔を見た事ないんだよね)
 写真ですらまだ見ていない。みのるの事を話す真一は、とても楽しそうだ。父子家庭で子供生活をとても心配して相談してくる男親は多いが、彼は少し違っている。
 真一は自分より年上であるし、背が高くて比較的男前だ。会社では中堅サラリーマンだから部下もいて、受け答えも社会人として完成していた。だから、だいぶ大人びて見える。しかし、いざ話してみると、第一印象と彼の性格は、だいぶ異なっていた。
 親という字は、木の上に立って見ると書く。その字の通り、子供より高い位置に立って見守り、教え導くのが親だ。多くの父親は子供と接する時に、子供の頭の上から見下ろしているように思えた。目線を合わせようと努力する親も多いが、やはり子供は子供だと下に見ている人もいる。
 それに対して、真一は完全にみのる目線だ。外見は大人びている年相応の男性だったが、内面は子供のままで、あまり成長していない。どちらかといえば、みのるを上に見る発言もしているほどだ。
 彼の子供時代は、カードゲームやボードゲームといったら、市販の物をルール通りに遊ぶことしかなかったが、みのるは自分でルールを作ったり、ゲームを作ったりするらしい。
 創作ゲームの多くは、隅々までちゃんとルールが決められていて、ノートを切って作ったカードでなければ、売られているのかと見まがうと、絶賛している。親バカの部分もあるのだろうが、それだけ息子が可愛いという事だろう。
 親によっては、自分が被害者のように装って、家庭の問題を子供のせいにしてしまう人もいる。
 承認欲求が強いのだろうか。自分は一生懸命にお世話をしているのに、自分の子供は他の子と違って難しい性格だとか、好き嫌いが激しくて、ちゃんとご飯を食べてくれないとか、上手くいかない結果の責任を子供に押し付けている者もいる。
 真一と同様、朝から晩まで働いていて、子供を世話する時間も気力も体力もないがために構う時間が無いのだと、社会のせいにする親もいた。
 確かに、その言い分にも一理あるのだが、多くの場合、なぜか言い訳に聞こえた。早苗の親も離婚していて母子家庭で育ったのだが、母親は勤めに出ていながら、きちんと家事もこなしていた。
 昔と比べれば、色々と便利な家事道具も出ているし、最後の仕上げだけをすれば完成する半分調理された料理も登場していたから出来たのだろう。それから10年以上が経過しているし、コンビニ弁当や総菜、宅配弁当なども充実してきた。中には、栄養面まで気を使ったお弁当もある。
 母が早苗を育てた当時と比べても、だいぶ生活しやすくなっているのだから、彼女にとって、責任を社会や子供に押し付けるような男親が信じられなかった。酷い言い方をすれば、一部の男親の言分は作り話の様にさえ聞こえていた。
 相談に来ているにもかかわらず、こちらがアドバイスをすると、それは違うそれは出来ないと言う。それをやらない言い訳にしているようだ。女に相談していること自体もバツが悪そうで、可能な限りアドバイスする側と対等の地位を築こうとする。
 本来なら、新しい知見を得て、それを実行してみる努力をすべきだと思うが、プライドからかアドバイスを受け入れない。自分に非が無いと言い訳を並べ立てて、全て子供の責任にしていた。同情を買う事で、自らの正当性を得ようとする代理ミュウヒハウゼン症候群のようだ。
 それに対して、真一はみのるに責任を求めはしない。みのるの行動に問題があると言いつつも、それは自分がちゃんと教育できていないからだと、自らの責任と見なして話していた。一言も息子を悪く言わない真一の姿勢に、早苗は好感を覚えていた。
 「あら?泉さんじゃない、どうしたの、うちの前で?誰もいないのかしら」
 みのるの祖母だ。
 「こんにちは。
  学校から、最近出席していないと連絡があったものですから、来てみたのですけれど、いらっしゃらないみたいなんです」
 「散らかっていますけど、上がっていきますか?みのるもいると思いますし」
 「いえ、真一さんがご不在なのに、勝手にみのるくんと会うわけにはいかないんです。
  もし親御さんが望まないのにお子さんと会ったり、お子さんが嫌がるのに会ったりすると、ご家族と良い関係が築けませんので」
 しばらく世間話をしている時だった。ガチャッと言う音がして扉が開くと、早苗の肩より高いくらいの可愛い男の子が出てきた。
 「みのる、ごあいさつしなさい」
 「こんにちは」
 「こんにちは、みのる君、初めましてね。
  私、泉早苗って言います」
 「うん、学校に遊びに行ってくる」
 みのるは祖母の恒子にそう言うと、走って行こうとする。
 「待ちなさい、みのる。
  泉さんは、みのるの事を心配して来てくださったんだから、今日はお家にいなさい」
 「えー!?」
 心が病んで引きこもっているのかと心配していた早苗だったが、取り越し苦労だったと知ってホッとした。
 「良いんですよ、元気に外で遊んだ方が良いでしょうから。
  私は、みのる君の元気な姿が見られただけで満足です」
 それを聞いたみのるは、オートロックのエントランスに走って行ってしまった。
 「みのる、泉さんに上がってもらいますからね、良いね?」
 「うん、良いよー」
 早苗が担当した子供の中で、一番元気のよい子であった。






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