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親子の距離
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「井上さん、最近残業が減りましたね、前はずっと会社にいたのに」
西條が満足そうに行った。
「そうだな、帰るのは相変わらず遅いけどな」
「あ、私のせいですか?気が引けちゃいます」
「君のせいじゃないよ、逆に、子供が寝る前に帰る事は出来るんだから」
真一は、上手い具合に仕事を部下にまわす技術を高めていた。もともと、部下の仕事を手伝ってあげる事で部下の信頼を得て、更に多く働いてもらうのが、得意な人心把握術であった。だが、それで回せる仕事には限度がある。
地位が上がってからは、管理に専念する事ために、部下にまわせる仕事は可能な限り部下にまわした。
みのると会話する時間が出来た事を、真一は素直に喜んでいるように見えるが、元来の目的はそれではない。西條と過ごすひと時のために、彼は成長したのだ。自分の下心を満たす事が、彼の原動力であった。
家庭環境はだいぶ向上したが、みのるはモヤモヤを抱えている。食事の主な内容は、お菓子からご飯とおかずに変わったし、土日以外にも父親と遊ぶ時間が増えた。それは喜ばしい事だ。しかし、帰ってくる真一は、いつも西條の残り香を纏っていた。
「そういえば、みのる君て、カレーが好きなんでしょう?私、この間、面白いカレーを見つけたんですよ。
簡単に作れるルウなんですけど、本格的なんです。
昔、人気タレントがCMしてたらしいんですけど、とても美味しいんですよ」
真一は、西條の話に食いついた。
「ああ、アフリカの地方のカレーでしょ?食べた事あるよ。
もしかして、君も好きなの?」
「結構好きです。
私達、好みが合いますね」
一瞬間があってからの返答だった。だが、つい最近作ったカレーの話題が出て、更に西條が好きだと言うので、少し舞い上がった真一は、ペラペラとカレー談議を始める。
みのるの事を彼女に話した事は無いのに、自分達親子と西條は以前からの付き合いがあるかの様だ。真一は、今の会話も含めて、自分から息子の事を西條に話さなかった。将来のハードルを下げたかったのだ。
表面的な家庭環境の良さは、確かに向上していた。相変わらず部屋は散らかっていたが、封の空いたお菓子や、放置された液体調味料などは、母の恒子がすべて処分してくれている。更に、みのるが習い事を始めたらしい。
以前行っていた勉強系のものでは無く、スイミングスクールとプログラミングだ。体力の向上に役立つし、AIとロボット技術が発展する昨今だから、将来性を考えると良い習い事だろう。
日本のロボット技術は昔から凄い。人の形をしていないから普段意識していないが、餃子包み機や焼き鳥の肉に串を刺すのだって、立派なロボットだ。身近な所では、回転寿司で寿司を握っていたりする。
昭和の時代を迎える前でさえ、ヨーロッパで行われた世界万博に日本はロボットを出展していた。人の姿をした彼は、油圧を利用して顔や手を動かしたり、表情を変えたりして、向こうの人々を驚かしていたのだ。
残念ながら、万博後の輸送の際に盗まれて、今も行方が分からない。
人工知能にしても、真一が子供の頃に人工知能と呼ばれていた物は、今現在は人工無能と呼ばれてしまうほど、技術が発達している。真一が興奮していた技術は、ただ、大量の会話情報を集めて、受け答えのパターンを作り、人間と会話させただけの物だったからだ。
みのるは、1日中家のパソコン画面を見ているようになった。息子の子の変化に、真一は気が付く事が出来なかった。もともとゲームをする習慣が無い彼には、ゲーム依存症がどの様なものか分からなかったのだ。
勉強は押し付けないがゲームもさせない。外でよく遊ばせるという彼の教育方針は、脆くも崩れ去った。子育てに手を出すようになった恒子は、孫可愛さにゲームを買い与えたからだ。
みのるは、真一から発せられる香水の香りについて問いただしたいと思っていた。出来る事なら、付き合っている女性と別れてほしいとも思っていたが、逆に自分が捨てられてしまうのではないかと、恐れを抱いて言えない。
別離したとしても、富山陽子は血の繋がりのある母であることには変わらないのだ。この年代の子供にとって、女性とはたった1人の母親以外いない。それが、他の誰かに取って代わられてしまうなど、想像の中ですら到底受け入れる事が出来なかった。
土日のお出かけは続いていたが、ちょっとした遠出をする機会はめっきり減っている。みのるは、なんとか日帰り旅行へ行く回数を回復させたいと望んでいたが、言い出せずにいた。その寂しさを紛らわせるために、ゲームの光を眼底に映し続ける。
「みのる君、寂しがりませんか?」
「さびしがらないよ、最近はゲームに熱中しているんだ。
僕なんかより、ゲームの方が好きらしいから、大丈夫さ」
「じゃあ、もう少し・・・。
私、寂しがり屋なんです」
親子の関係は、平行線を辿っていた。みのるに想像できる事は何も無い。ただただ、整理できない感情が、心に満ちている。
離婚して7年、真一にとって、長い男所帯での生活だ。単色であった生活が急に色鮮やかに花開き、芳醇な香りを放っている。これほどまでに身も心も充実しているのは、いつ以来だろう。
心にぽっかりと風穴があいたみのるとは裏腹に、真一の心は、温かくて柔らかい吐息で満たされていた。
時同じくして、東京でも変化が起こっていた。
「実はね、富山さんを支店長に推す声があってね」
「私をですか?」
人事部の部長に呼ばれた陽子は、信じられない様子で、食事を共にする男性社員を見やった。
「君は、幾つかの支店の店員からも評判が良いからね。
何度かの研修で君と接したスタッフからも、君みたいな店長がいたらって話も聞くんだよ」
「まさか、私なんか」
「それに・・、お子さんいたでしょう?別れて暮らしているとはいっても、やっぱり会いたいでしょう。
支店長に昇進すれば、給料も大分上がるし、勤務時間も自分で決めれるんだよ、シフトを作っているのが自分になるんだからさ。
午後出勤も可能になるし、お子さんの世話もできるんじゃないかな」
普通、人事部の方から家庭の事情に踏み入って来る事は無い。あるとしたら、正社員を契約に換えるとか、大抵は女性蔑視だ。
子供がいる事を前に話した事があったのか、履歴書に何か書いたのかは覚えていなかったが、自分の生活を気にかけてくれている。
もともと、主婦や母親に理解を示す会社であるから、何も疑う事は無いかもしれない。人事部部長の話に、陽子は感謝した。
西條が満足そうに行った。
「そうだな、帰るのは相変わらず遅いけどな」
「あ、私のせいですか?気が引けちゃいます」
「君のせいじゃないよ、逆に、子供が寝る前に帰る事は出来るんだから」
真一は、上手い具合に仕事を部下にまわす技術を高めていた。もともと、部下の仕事を手伝ってあげる事で部下の信頼を得て、更に多く働いてもらうのが、得意な人心把握術であった。だが、それで回せる仕事には限度がある。
地位が上がってからは、管理に専念する事ために、部下にまわせる仕事は可能な限り部下にまわした。
みのると会話する時間が出来た事を、真一は素直に喜んでいるように見えるが、元来の目的はそれではない。西條と過ごすひと時のために、彼は成長したのだ。自分の下心を満たす事が、彼の原動力であった。
家庭環境はだいぶ向上したが、みのるはモヤモヤを抱えている。食事の主な内容は、お菓子からご飯とおかずに変わったし、土日以外にも父親と遊ぶ時間が増えた。それは喜ばしい事だ。しかし、帰ってくる真一は、いつも西條の残り香を纏っていた。
「そういえば、みのる君て、カレーが好きなんでしょう?私、この間、面白いカレーを見つけたんですよ。
簡単に作れるルウなんですけど、本格的なんです。
昔、人気タレントがCMしてたらしいんですけど、とても美味しいんですよ」
真一は、西條の話に食いついた。
「ああ、アフリカの地方のカレーでしょ?食べた事あるよ。
もしかして、君も好きなの?」
「結構好きです。
私達、好みが合いますね」
一瞬間があってからの返答だった。だが、つい最近作ったカレーの話題が出て、更に西條が好きだと言うので、少し舞い上がった真一は、ペラペラとカレー談議を始める。
みのるの事を彼女に話した事は無いのに、自分達親子と西條は以前からの付き合いがあるかの様だ。真一は、今の会話も含めて、自分から息子の事を西條に話さなかった。将来のハードルを下げたかったのだ。
表面的な家庭環境の良さは、確かに向上していた。相変わらず部屋は散らかっていたが、封の空いたお菓子や、放置された液体調味料などは、母の恒子がすべて処分してくれている。更に、みのるが習い事を始めたらしい。
以前行っていた勉強系のものでは無く、スイミングスクールとプログラミングだ。体力の向上に役立つし、AIとロボット技術が発展する昨今だから、将来性を考えると良い習い事だろう。
日本のロボット技術は昔から凄い。人の形をしていないから普段意識していないが、餃子包み機や焼き鳥の肉に串を刺すのだって、立派なロボットだ。身近な所では、回転寿司で寿司を握っていたりする。
昭和の時代を迎える前でさえ、ヨーロッパで行われた世界万博に日本はロボットを出展していた。人の姿をした彼は、油圧を利用して顔や手を動かしたり、表情を変えたりして、向こうの人々を驚かしていたのだ。
残念ながら、万博後の輸送の際に盗まれて、今も行方が分からない。
人工知能にしても、真一が子供の頃に人工知能と呼ばれていた物は、今現在は人工無能と呼ばれてしまうほど、技術が発達している。真一が興奮していた技術は、ただ、大量の会話情報を集めて、受け答えのパターンを作り、人間と会話させただけの物だったからだ。
みのるは、1日中家のパソコン画面を見ているようになった。息子の子の変化に、真一は気が付く事が出来なかった。もともとゲームをする習慣が無い彼には、ゲーム依存症がどの様なものか分からなかったのだ。
勉強は押し付けないがゲームもさせない。外でよく遊ばせるという彼の教育方針は、脆くも崩れ去った。子育てに手を出すようになった恒子は、孫可愛さにゲームを買い与えたからだ。
みのるは、真一から発せられる香水の香りについて問いただしたいと思っていた。出来る事なら、付き合っている女性と別れてほしいとも思っていたが、逆に自分が捨てられてしまうのではないかと、恐れを抱いて言えない。
別離したとしても、富山陽子は血の繋がりのある母であることには変わらないのだ。この年代の子供にとって、女性とはたった1人の母親以外いない。それが、他の誰かに取って代わられてしまうなど、想像の中ですら到底受け入れる事が出来なかった。
土日のお出かけは続いていたが、ちょっとした遠出をする機会はめっきり減っている。みのるは、なんとか日帰り旅行へ行く回数を回復させたいと望んでいたが、言い出せずにいた。その寂しさを紛らわせるために、ゲームの光を眼底に映し続ける。
「みのる君、寂しがりませんか?」
「さびしがらないよ、最近はゲームに熱中しているんだ。
僕なんかより、ゲームの方が好きらしいから、大丈夫さ」
「じゃあ、もう少し・・・。
私、寂しがり屋なんです」
親子の関係は、平行線を辿っていた。みのるに想像できる事は何も無い。ただただ、整理できない感情が、心に満ちている。
離婚して7年、真一にとって、長い男所帯での生活だ。単色であった生活が急に色鮮やかに花開き、芳醇な香りを放っている。これほどまでに身も心も充実しているのは、いつ以来だろう。
心にぽっかりと風穴があいたみのるとは裏腹に、真一の心は、温かくて柔らかい吐息で満たされていた。
時同じくして、東京でも変化が起こっていた。
「実はね、富山さんを支店長に推す声があってね」
「私をですか?」
人事部の部長に呼ばれた陽子は、信じられない様子で、食事を共にする男性社員を見やった。
「君は、幾つかの支店の店員からも評判が良いからね。
何度かの研修で君と接したスタッフからも、君みたいな店長がいたらって話も聞くんだよ」
「まさか、私なんか」
「それに・・、お子さんいたでしょう?別れて暮らしているとはいっても、やっぱり会いたいでしょう。
支店長に昇進すれば、給料も大分上がるし、勤務時間も自分で決めれるんだよ、シフトを作っているのが自分になるんだからさ。
午後出勤も可能になるし、お子さんの世話もできるんじゃないかな」
普通、人事部の方から家庭の事情に踏み入って来る事は無い。あるとしたら、正社員を契約に換えるとか、大抵は女性蔑視だ。
子供がいる事を前に話した事があったのか、履歴書に何か書いたのかは覚えていなかったが、自分の生活を気にかけてくれている。
もともと、主婦や母親に理解を示す会社であるから、何も疑う事は無いかもしれない。人事部部長の話に、陽子は感謝した。
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