Kaddish

緒方宗谷

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別れ

24ー1

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 春人は声を出す力も残っていなかったが、声にならない声を心が発していた。手足を動かす力は残っていなかったが、心は力いっぱい抵抗していた。
 目の前には、砂を赤黒く染める血を流して倒れる幸助がいる。自分が助けなければ、お父さんが死んでしまう。母親ばかりでなく、父親までも失ってしまう。
 幸助は、生まれたばかりの赤子を連れていなかった。春人は、弟が既に死んでいる事を悟っていた。生みの両親ばかりでなく、育ててくれた両親も失ってしまう。悲痛に耐えられずに過呼吸を起こした彼は、そのまま独房へ投げ込まれた。
 何日位が過ぎたのだろうか、家族を失った春人に、もはや生きる希望は無い。何日も食事を与えられていないが、それで良いと思っていた。だが、神は春人を死なせてはくれなかった。
 餓死室とされたこの部屋に入れられて、死を待つばかりの春人であったが、1人の隊員が入ってきて、彼を独房から連れだした。正確には隊員に連れられた囚人頭が外に連れ出したのだ。
 「この収容所は閉鎖になるらしいぞ、もうすぐそこに、ソビエトが来ているらしいんだ。
  もう少し生きてみてはどうか? ソビエトが来さえすれば、私達は助かるぞ」
 テーブルの上に、カビの生えたパンが皿にものせらずに出された。春人は、初め手を付けようとしなかったが、囚人頭は食べるように説得を続ける。
 「お父さんの仇を討ちたい、とは思わないのか?」
 「お父さんは、そんな事望まないよ・・・、そういう人じゃないから。
  平和が好きなんだよ、お父さんは」
 「あの日本人の男もそうだが、本当の父親の仇だ。生き残った私達には、復讐する義務がある」
 春人はパンを食べた。だが、復讐のためにではない。幸助とメラはふんだんの愛情を注いでくれた。2人は、自分に復讐なんて望んでいないと感じていた。2人は自分に、平和に幸せに生きてほしいと望んでいるはずだ。
 春人は誓った。いつかここに戻ってくると。お父さんと一緒に、家へ帰るんだ、と。



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