Kaddish

緒方宗谷

文字の大きさ
上 下
67 / 90
再会

22ー4

しおりを挟む
 私は、喉が破れんばかりに叫んだ。
 「何をするんだ!! 離せ!! 離すんだ!!」
 「お父さん! 助けて! お父さん!!」
 ダニエルは、部下である親衛隊員に取り押さえさせた私達2人の間に入って、微笑もせずに低い声で言った。
 「コウスケ・ツチヤ、ベルリンにある君の家の庭に埋まっているアレは、何なのだね?
  この子供が君の子でない事は、既に調べがついているのだよ」
 「そんな事関係ない!! はるとは私の子だ!! 私とメラの子供なんだ!!」
 「君達夫婦がした事は、重大な裏切り行為だ。ドイツに対しても、君の祖国に対してもね」
 「ドイツを裏切っている? 日本を裏切っているだって!? 裏切っているのはナチスの方だ。
  いったいここは何なのだ!! ドイツ人を騙してこんな所を作り、挙句の果てに国家自体が存亡の危機に晒されている!! これが裏切りでなくて、なんと言うのだ!!
  それに、日本はお前達になんか加担していない!! 大東亜共栄圏を建設しようとしていたんだ!! 人種民族で差別されない五族共栄を願っていたんだ!!」
 「何故それを真実だと思える? それを本当に信じられるのか?」
 私は反論できなかった。2.26事件で自国の首相を暗殺しようとするような国だ。外国に住んでいるからこそ、日本の実情が見えていた。政府は暴走する陸軍を抑えきれていない。大陸での戦争を終息させる事が出来ずに泥沼化させ、遂にはハワイ真珠湾を奇襲したのだ。
 「君は知らないだろうが、既にサイパンは落ち、ガダルカナルも落ち、陸軍も海軍も無いに等しい。
  それでもなお、国民を騙し続ける君の国が、どんな高邁な理想を掲げていたというのだね?
  そもそも、それを建設しようとしている大陸は、日本を支持していないようだ。
  国民党軍も、共産党軍も、ずっと日本に敵対しているではないか」
 「国なんて関係ない!! ドイツなんて! 日本なんて糞食らえだ!! はるとを返せ!!」
 「お父さん! お父さん!!」
 骨と皮だけになったはるとは、なんて哀れなのだろうか。何人もの親衛隊に取り押さえられ圧死してしまいそうな中で、私に助けを求めている。
 「はるとー!! はるとっ! 春人!!」
 私は親衛隊を振りほどき、走った。春人を抑えていた隊員が1人立ちはだかり、取っ組み合いになる。直後に隊員が唸った。私は先祖伝来の懐刀を抜いて、私を阻む男の腹を刺したのだ。
 取って返す勢いで、私はダニエルの首を掻っ切る。膝が折れる間に拳銃を抜いた彼は、私の腹を撃った。
 「おとーさん! おとーさん!! 死なないで! おとーさん!!」
 スズメバチに刺されたかのような痛みが腹から全身に広がり、鉄ゴテを押し当てられて焼かれているかの如く、腹が重々しく慟哭して響く。
 急速に意識が遠のいていく。暗くなる視界の外で、春人の声が響いていた。真っ暗な空間の中に鮮やかな美しさを放つメラが思い浮かぶ。
 「ごめん、ごめんよメラ、約束を守れなくて」
 死んだらまたメラに会えるだろうか。ああどうか神様、僕は天国になんて行きたくありません。どうか、どうか春人のそばにいさせてください。永遠にメラに会えなくともかまいません。地獄に落ちても魂が尽きても構いません。どうか春人をお救いください。
 私は後悔に苛まれて悶絶躄地(びゃくじ)とした魂を抱えながら、深く光の届かない沼の底へと落ちていった。


幸助編 完
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鬼が啼く刻

白鷺雨月
歴史・時代
時は終戦直後の日本。渡辺学中尉は戦犯として囚われていた。 彼を救うため、アン・モンゴメリーは占領軍からの依頼をうけろこととなる。 依頼とは不審死を遂げたアメリカ軍将校の不審死の理由を探ることであった。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田家の人々 ~太陽と月~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 (第一章 太陽の音を忘れない ~神戸信孝一代記~) 神戸信孝は織田信長の三男として知られる。彼は、庶子でありながら、嫡出である信忠・信雄についだ格付けを得るまでにのし上がっていた。 その最たるものが四国征伐であり、信孝はその将として、今、まさに四国への渡海を目前としており、その成功は約束されていた――本能寺の変が、起こるまでは。 (第二章 月を飛ぶ蝶のように ~有楽~) 織田有楽、あるいは織田有楽斎として知られる人物は、織田信長の弟として生まれた。信行という兄の死を知り、信忠という甥と死に別れ、そして淀君という姪の最期を……晩年に京にしつらえた茶室、如庵にて有楽は何を想い、感じるのか。それはさながら月を飛ぶ蝶のような、己の生涯か。 【表紙画像】 歌川国芳, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

【完結】天下人が愛した名宝

つくも茄子
歴史・時代
知っているだろうか? 歴代の天下人に愛された名宝の存在を。 足利義満、松永秀久、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。 彼らを魅了し続けたのは一つ茶入れ。 本能寺の変で生き残り、大阪城の落城の後に壊れて粉々になりながらも、時の天下人に望まれた茶入。 粉々に割れても修復を望まれた一品。 持った者が天下人の証と謳われた茄子茶入。 伝説の茶入は『九十九髪茄子』といわれた。 歴代の天下人達に愛された『九十九髪茄子』。 長い年月を経た道具には霊魂が宿るといい、人を誑かすとされている。 他サイトにも公開中。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

処理中です...