Kaddish

緒方宗谷

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妻の誕生日 

17ー2

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 昨年1年間は、目を覆いたくなるようなニュースばかりだった。3月1日にブルガリアが枢軸国に加盟する。4月17日にユーゴスラビアが降伏し、続いて6月にギリシャが降伏、同月クロアチアが枢軸国に参加した。
 ドイツは東欧の枢軸国を率いて、6月22日にソビエトへ進軍、遂に独ソ開戦に至る。侵攻直前になって、ソ連に奪われた領土カレリア地方を奪還すべく、フィンランドも枢軸国に加わった。
 破竹の勢いでソ連領内を蹂躙したドイツは、9月に大都市レニングラードを包囲し、10月にモスクワへと進行した。
 私は、まさかこんなにもあっさりとソ連が敗退するとは思っても見なかったので、動揺を禁じ得ない。妻は、「初めだけよ」と言っていたが、初めだけでも胸糞悪さに耐えられなかったのだ。
 極めつけは、12月7日の真珠湾攻撃だった。昨年は、ビルク家での誕生会とクリスマスを除いて、楽しい日は1日もなかったように思える。
 しかし、後になってから思うと、もしタイフーン作戦が失敗に終わっていたら、ドイツ東部にあるこの町もどうなるか分からない。もしドイツがソ連領になれば、私達はどうなるのだろうか。周辺諸国に逃れようにも周りは敵国だらけだし、日本には帰れるはずもない。
 複雑な心境だ。日本人は、自死を神聖化した文化の中にあって、切腹はハラキリと言われて諸外国でも有名だ。私の先祖も武士であるから、命に代えても信念は捨てないぞ、と思っていた。
 しかし、いざ戦に負けたら、と思うと、やはり生きたい、という思いが膨れていく。周りの住人の反応には、もし自分達が負けたらとか、命の危険に晒されたらとかという考えは含まれていない。
 ベルリンの凄惨さを知っている私にとって、この地が外国の軍靴の下に敷かれたらどういう目に遭うのかが、まざまざと想像できる。
 今まで、ドイツなんて負けてしまえば良い、と思っていた。敗戦すればナチスは滅びてくれるからだ。だが、そのあともドイツ人は生きて行かねばならない。私も妻もハルトも生きて行かねばならない。
 特にハルトの場合、自分は日本人とドイツ人の子ではない、と言って信じてもらう事が出来るのだろうか。両親が生きていれば良いのだが、絶望的だろう。
 42年の夏が過ぎ去るこの時期の私は、もしもの時に備えて、ドイツ国外に出国する手はないものかと考え始めていた。
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