Kaddish

緒方宗谷

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妻の誕生日 

17ー1

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 1942年6月21日、妻は32歳の誕生日を迎えた。それに先立つ昨年12月7日には、日本海軍によって真珠湾が攻撃されて、数日後にはドイツもアメリカに宣戦を布告していた。
 遂に来たるべき時が来た、と私達は意気消沈していたが、町の人々は違っていた。遂に日独が共に戦争を始めたと喜んでいて、普段私に話しかけてこない通りすがりの人ですら、共に頑張ろうと声をかけてくる。
 婦人会から、日本の連戦連勝の報と妻の誕生日を兼ねて、小ぶりのケーキとお菓子、そしてワインが届けられたが、私達は手を付ける気になれない。しかし、社員達が誕生会を開いてくれると言うので、夫人からもらった食べ物にも手を付けざるを得なかった。
 1階と2階で行われた出来事以外は、概ね楽しい1日だ。私は息子と計画して妻よりも早起きした。ヒロインのために朝ご飯を用意するためだ。私が火を熾して食材を切り、ハルトがテーブルを拭いて食器を並べる。
 3階に下りてきた妻をソファに座らせて、準備を整えた私達は、あまり上手とは言えない朝ご飯をご馳走した。無論、いつも彼女が用意してくれる料理には遠く及ばないが、ヒロインは大喜びで、私達に幾度もお礼を言いながら食べてくれた。
 「お母さん、誕生日おめでとう。去年と同じ様に平和な一日でありますように、また、来年の今日まで幸せでありますように、僕は神様にお祈りしています」
 「ありがとう、春人。来年には戦争も終わって、平和の中で33歳になれる事を願っているわ。
  今年の誕生日も、全員が戦争の中で迎えてしまったけれど、希望を持って3人で頑張りましょうね」
 今日は日曜日だから誰も来ないだろう、と思っていた矢先、夫人がやって来てプレゼントの食べ物を置いていった。お昼近くなると社員が料理を持ち寄って誕生会を兼ねたお昼ご飯を食べよう、とやって来て、予定外の騒ぎとなってしまった。
 本来、ドイツ人に人の誕生日を祝う習慣は無いはずだ。夫人は三国同盟の関係上の様子うかがいか、懐柔工作なのだろう。
 社員達は、私達の転勤祝いを開いていなかったので、妻の誕生日に合わせて開いてくれたらしい。
 事前に事務員からケーキの焼き方を教えてもらっていて、おやつにハルトと焼くはずだったが、その事務員を通して妻の誕生日が社員中に知れ渡り、今のこの事態になっている。ハルトは、突然の予定変更に泣き出しそうになりながらも、素直に4階の自室にこもってくれた。
 夕食は硬いスポンジのケーキだったが、それでも妻は美味しい、と言っておかわりをしてくれた。

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