Kaddish

緒方宗谷

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私とハルトの日常

11ー1

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 実際のこの子は全く病弱なところが無い。本来なら外で元気に飛び回っている年なのだから、ここに来てたった数日の間で部屋にいる事に飽きてしまった様子だ。私が窓やカーテンを開けないように言っていたから、健気にそれを守っていていたが、時折我慢できなくなって外の風景を見るようになってしまった。
 2車線の道路を挟んだ正面には当然建物があ?。みんな4階建てだったから、いつか住人はこの子の存在に気が付いてしまうだろう。日本人の父親を持つハーフの子供が引っ越して来た事を知らなければ、異民族が住んでいるぞ、と叫ばれてしまうかもしれない。
 私は、彼の行動を見つける度に身の縮まるような思いを体験した。もし親衛隊が確認に来ようものなら、ベルリン時代の事まで調べ上げられて、すぐにばれてしまう。
 初めは優しく諭していたが、何度も繰り返されて徐々に態度が荒くなっていく。ある時無理やりに窓から引きはがした私は、小さいながらも強い口調で睨みつけながら、「何度言ったら分かるんだ」と怒ってしまった。
 「ごめんなさい」と言うハルトは、怒った私を見てとても怯えている様子だ。窓に目張りをしてしまいたかったが、唯一の窓にそんな事をしてしまったら、逆に怪しまれるだろう。
 ハルトは、いつも部屋の中で行ったり来たりを繰り返すのみの1日を過ごしている。過度のストレスを感じているようだ。齢は実の息子より2つ下の11歳だから、本当なら学校に行って外で伸び伸びと遊んでいる年頃だろう。
 「ハルトも経験した通り、今とても受難な時期なんだよ。
  ここはベルリンよりも静かに思えるが、外には君の家族を奪った黒ずくめ男達がウロウロしている。
  もし、君の存在が明るみに出て密告されてしまってごらん。たちまちの内に私達は捕まって、死刑にされてしまうのだよ。
  初めて私達が出会った日の事を思い出すんだ。
  この戦争が終わるまで、僕達は静かに耐え忍ばなくてはならないんだ。
  大丈夫だよ、君達の神様は、いつだってご先祖様を助けてこられたじゃないか。
  こんな薄暗い部屋で1人で過ごしているのはとても辛いことかもしれないけれど、この試練を乗り越えた後には、バラ色の人生が待っているはずさ」
 「本当? 僕も幸せになる事ができるのかな? とても信じられません。
  だって、お父さんもお母さんも、弟も妹もどこかに連れて行かれちゃったんだ。
  もう会えないかもしれないし、僕幸せなんかになれないよ」
 「そんな事ないさ。そうだ、戦争が終わってハルトが大手を振って外を出歩く事が出来るようになったら、お母さんと・・・、覚えているだろう? 私の妻のメラの事を。
  お母さんのメラと3人で本当の両親を探すんだ。
  そのために、今を耐えてみようよ、退屈しないように私もいろいろ考えてみるからさ」
 私は、薄い希望を持たせるために慰めるのがやっとだった。



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