Kaddish

緒方宗谷

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田舎暮らし

10ー1

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 既に電報を受け取っていた支店の社員は、駅前で私を待っていた。
 ベルリンにいる頃は、義父からとても自然が豊かな所だと聞いていた。それがどうだ。駅前は石畳が敷かれていて、見渡す限り石造りの建物に囲まれている。帝都ほどではないがそこそこ栄えた都市の様だ。
 社員が言った。
 「そうですね、でも郊外に出れば、のどかな田園風景が広がっていますよ。
  ベルリンみたく人も多くないし、静かなものです」
 ここに住むドイツ人以外がどうなったのか訊きたかったが、もともと異民族の私が彼らを気に掛ければ疑いの目が向けられてしまうと考え、町の様子からうかがい知ろうと努力した。
 黒い制服の集団は、ベルリンほど多くないようだ。彼らを乗せた車が停車しているのは見たが、銃声や悲鳴が轟く事は無い。緊迫した空気は肌を刺すが、だいぶ雰囲気が異なっている。
 支店は大通りから外れていたが、太い道路に面したブロックの中央にあった。4階建ての1階は店舗で、奥に小さな缶詰工場と倉庫があって、裏口になっている。2階は事務員が働いていて、送られてくる商品や出荷する商品の伝票を整理していた。
 3階の鍵を開けて中に通されると、全く使われていなかったのか一面埃をかぶっている。家具類には白い布がかぶせられていてすぐにでも使える様子だが、床を掃除しない事には、布を取り払うことは出来ない。
 「工場に人がいますから、何人か連れてきますよ。
  すぐに掃除して、使えるようにしましょう」
 「ああ、すまないね。
  だが、上の寝室だけは、自分で片付けるよ。
  自分達の寝るところになるんだし、息子は病弱で人見知りもするから、長旅の疲れに重ねて大勢の人と会わなければならないなんて、とても体力が持たないだろうからね」
 「なるほど、確かにそうですね。
  では4階の廊下と階段まではこちらで行いますから、お部屋はお願いします」
 階段を上ると、左に1部屋、右に2部屋あって、突き当りには大きな窓がった。これ以外に窓は無いから少し薄暗い様に難じるが、贅沢は言ってはいられない。
 ベルリンの我が家は角地にあって、珍しく庭付きの1階だった。それに対して、ここは左右を建物に囲まれているのだから、陽が入る窓は正面と背面に限られる。3つある寝室の内、2つは背面側にあったのでそちらに窓があり、階段のすぐ脇ある部屋は正面側に窓があった。




 
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