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上野 ~観光ルートから外れて一休み~

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 何気なく歩いていた街で、突然両眼に飛び込んできたのは、『世界第三位』の文字。
 店内に目をやると、二人組のお客さんがカップを啜っている。
 奥行きがあって幅がなく、二人掛けのテーブル席が一つある他は、壁に備え付けられたベンチ席に六人座れるだけ。
 場所柄外国人客が多いのか、ドリンクメニューは英語で、ラジオも英語。内装はとてもシンプルだが、壁に飾られたドライフラワーが目を引いた。
 注文したのはアメリカーノとキャロットケーキ。
 豆は、二種類用意してあって、一つは常備しているブラジルのブレンド。もう1つは少し聞きそびれてしまったが、そちらの旬のほうを選んだ。
 香りは、仄かにビターさを帯びていて深みがあり、とても落ち着いている。水の香りがよく立っていたので、ゆっくりと鼻をくぐらせる。よいお酒は、水の味と香りがすると聞くが、コーヒーもそうなのだろう。
 艶やかな舌触りで苦味は無く、少しの間を置いて、柑橘系の酸味が柔らかく口に広がる。フルーティーな後味は甘く、りんごのように優しい。
 雑味はなく透き通っていているて、あとから来る苦味は弱く、すぐに湯に溶けて、幻のように消えていく。そのためか、フルーティーさが鮮やかに記憶に残る。
 キャロットケーキは、小さなホールのワンピース。少し黄色みがかった温かみのあるクリームチーズにマスケされていて、中央にクラッシュナッツ、その後ろにハーブが添えられている。
 キャロットらしい香りはしないが、バナナを思わせる芳しい香りが鼻をくすぐってきて、とても可愛い。
 フォークを入れると、思いの外とってももっちり。ねっとりとした濃厚な食感で、シナモンがよくきいている。余分な甘さはなくて、奥ゆかしく素朴な美味しさだ。
 クリームチーズは濃厚で、生チョコ並に舌に絡む。こちらも甘さの主張はほどほどにあって、酸味とうまく調和している。
 人参のような色味はなく、薄い琥珀色したその身の内側には、干し葡萄とナッツが隠れていて、食感にアクセントを与え、小麦粉の弾力と甘味がふんだん歯に絡む。この甘味は、コーヒーのフルーティーさとよく合っていて、相乗効果を楽しむことができる。
 食べ終わって、残りのコーヒーを口に運んだ。熱が引いても酸味は変わらず優しい。フルーティーさは退潮したが、代わりにほんの少しビターさが加わる。
 僕がいつも飲んでいるコーヒーと比べると力が弱くて、優しさに満ちた包容感のある飲み心地。アメリカーノということもあるのだろうが、たまにはこういうのもいいなと思った。
 ちなみに、世界三位とは、ラテアートことらしい。
 東京の玄関口として名高い上野だが、ゴールデンウィークということもあり、人影は疎らだ。そのお陰で、通路に向かって座る様態でも、寛げるひとときだった。



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