5 / 21
泉崎 ~時代を刻む時計台は色褪せないメロディーを奏でる~
しおりを挟む
何処かにあると言われる“なんでも作れる”絆の地、自然しかない山の中でマルシェイベントが行われている、とある“BA”所に遊びに行った。
幾つかのブースを見て回った後に立ちよった中島村のブースで、日本が誇る音楽プロデューサーの方が、祖父の故郷の村に時計台を寄贈したという話を聞いて、思い立ったが吉日とばかりに早速行ってみることにした――のだが、「うん、何もない」。第一印象はそれだった。
中島村ブースの方が、「駅もない、インターもない、なんにもないのが中島村です。良かったらぜひ来てください」と言っていたが、面白い自虐ネタだ。本当に何にもない。
でも僕は気にせず、焼き畑薫る一本道を行く。もともと町歩きが好きだったし、のどかな風景を眺めるのも好きだったから、却ってこの方が面白い。
泉崎のブースで買ったはとむぎ茶と矢祭町のブースで買ったフロランタンを手に、一時間近い道のりを散歩がてらに、景色を楽しみながら歩く。無駄なようで、とても楽しいひととき。こういう時に『猫のモモタ』が頭の中で遊び出す。
時計台が設置されたあの時代、五千人しかいない中島村に二万人が訪れたというから驚きだが、それももう夢の後。
未来に贈り伝えたい音楽を数多く奏でた天才が残した時計台を眺めながら、耳に残るメロディーに想いを馳せ、時の流れに哀愁を感じる。
休憩して飲んだずんだの甘酒はメロン味?(笑)。思わず瓶をまじまじと見るが、やっぱりずんだ。
僕は、ふと目の前に現れたモモタを追いかけて公園を出た。新しい物語の始まりだ。でもそれは、『猫のモモタ』でえがくことにする。
モモタの後を追ってしばらく――というか結構長いこと散策する。面白いことに、人っ子一人誰もいない。ようやく見つけた犬と散歩のおばちゃんに訊くと、近くにカフェがあるらしい。
新街道から旧街道に移って郵便局を過ぎると、とても落ち着いた感じの一件のカフェを見つけた。
ファサードがガラス張りで、どことなく現代アートのギャラリーの様。
店内は、四角い部屋を斜めに使っていて、とても斬新。中央に並んだテーブルをみると、日本各地のちょっと良い品がきれいにディスプレイされている。
それらを鑑賞している間に運ばれてきたのは、優しい枯れ葉色とクリーミーな繭色のコーヒーカップ。本日はグァテマラ産のコーヒー豆。
雲海の様なテーブルに置かれたコーヒーカップは、まるで天を漂う浮島の如く悠然としている。
大抵は、席で届けられるコーヒーを見るのが普通だが、無人の席でうっすらと湯気を湛えるのを見るのも良い情景だ。
ゆっくりと席について、カップを手に取ると、微かに焦げた香りが鼻を撫でる。まず始めに健やかな酸味が舌を走り、ゆっくりと苦味が口に広がる。
それほど強い苦味ではないけれども後に尾を引いて、仄かな酸味を舌の端に残して去っていく。さらりとしていてまろやかさはなく、コクがある。
だんだんと量が減っていってカップに繭色が広がるにつれ、同じ色のテーブルとの調和に気がついた。
敢えて背筋を伸ばして、コーヒーカップをテーブルの中央より手前右寄りに据える。そして眺める。
四つ角がカットされて足がはめられたテーブルの上にあるのは、コーヒーカップのみ。それなのに、ずっと眺めていたくなる何かを感じた。
カップが良いとか、テーブルが良いとか、何かがあるわけではなかったけれども、妙に芸術性を感じる。特に、お皿に落ちたカップの二重の影を包み込む枯れ葉色に。
僕は、飲み終わってなお、しばらく眺めていた。
川のせせらぎが聞こえる朝もやに包まれた森の中で、食物連鎖の始まりが築いたその大地に想いを馳せる。店内に自然を感じさせるものは何もなかったが、土のふくよかさを大いに感じた。
人々が時間に追われる日々を過ごす昨今において、その時々の気持ちに素直になって、微かに沸き起こった何かに促されて歩んでみるのは、行き当たりばったりに見えて敬遠されがちたが、とても贅沢で良いと思う。
一日のほとんどを中島村ですごしてしまい、挙げ句の果てに真っ暗闇の中、迷子になって小雨に降られて幾度かの雷光を浴びて、危うく帰れなくなるところだった。
そんな帰り道、暗闇の中で妙に嗅覚が冴えて、湿気ったコンクリートに混じった土と堆肥の豊かな自然と営みのにおいが、苦味の余韻を引き立てる。
スマホを使って偉大な音楽家の音楽を聴いた。夜のとばりの中で響くその音は、ピアノソロだったから、とても物悲しかった。
今なおNFT音楽も手掛けているというので、いつか生演奏をお聴きしてみたい、と思うようになった一日だった。
幾つかのブースを見て回った後に立ちよった中島村のブースで、日本が誇る音楽プロデューサーの方が、祖父の故郷の村に時計台を寄贈したという話を聞いて、思い立ったが吉日とばかりに早速行ってみることにした――のだが、「うん、何もない」。第一印象はそれだった。
中島村ブースの方が、「駅もない、インターもない、なんにもないのが中島村です。良かったらぜひ来てください」と言っていたが、面白い自虐ネタだ。本当に何にもない。
でも僕は気にせず、焼き畑薫る一本道を行く。もともと町歩きが好きだったし、のどかな風景を眺めるのも好きだったから、却ってこの方が面白い。
泉崎のブースで買ったはとむぎ茶と矢祭町のブースで買ったフロランタンを手に、一時間近い道のりを散歩がてらに、景色を楽しみながら歩く。無駄なようで、とても楽しいひととき。こういう時に『猫のモモタ』が頭の中で遊び出す。
時計台が設置されたあの時代、五千人しかいない中島村に二万人が訪れたというから驚きだが、それももう夢の後。
未来に贈り伝えたい音楽を数多く奏でた天才が残した時計台を眺めながら、耳に残るメロディーに想いを馳せ、時の流れに哀愁を感じる。
休憩して飲んだずんだの甘酒はメロン味?(笑)。思わず瓶をまじまじと見るが、やっぱりずんだ。
僕は、ふと目の前に現れたモモタを追いかけて公園を出た。新しい物語の始まりだ。でもそれは、『猫のモモタ』でえがくことにする。
モモタの後を追ってしばらく――というか結構長いこと散策する。面白いことに、人っ子一人誰もいない。ようやく見つけた犬と散歩のおばちゃんに訊くと、近くにカフェがあるらしい。
新街道から旧街道に移って郵便局を過ぎると、とても落ち着いた感じの一件のカフェを見つけた。
ファサードがガラス張りで、どことなく現代アートのギャラリーの様。
店内は、四角い部屋を斜めに使っていて、とても斬新。中央に並んだテーブルをみると、日本各地のちょっと良い品がきれいにディスプレイされている。
それらを鑑賞している間に運ばれてきたのは、優しい枯れ葉色とクリーミーな繭色のコーヒーカップ。本日はグァテマラ産のコーヒー豆。
雲海の様なテーブルに置かれたコーヒーカップは、まるで天を漂う浮島の如く悠然としている。
大抵は、席で届けられるコーヒーを見るのが普通だが、無人の席でうっすらと湯気を湛えるのを見るのも良い情景だ。
ゆっくりと席について、カップを手に取ると、微かに焦げた香りが鼻を撫でる。まず始めに健やかな酸味が舌を走り、ゆっくりと苦味が口に広がる。
それほど強い苦味ではないけれども後に尾を引いて、仄かな酸味を舌の端に残して去っていく。さらりとしていてまろやかさはなく、コクがある。
だんだんと量が減っていってカップに繭色が広がるにつれ、同じ色のテーブルとの調和に気がついた。
敢えて背筋を伸ばして、コーヒーカップをテーブルの中央より手前右寄りに据える。そして眺める。
四つ角がカットされて足がはめられたテーブルの上にあるのは、コーヒーカップのみ。それなのに、ずっと眺めていたくなる何かを感じた。
カップが良いとか、テーブルが良いとか、何かがあるわけではなかったけれども、妙に芸術性を感じる。特に、お皿に落ちたカップの二重の影を包み込む枯れ葉色に。
僕は、飲み終わってなお、しばらく眺めていた。
川のせせらぎが聞こえる朝もやに包まれた森の中で、食物連鎖の始まりが築いたその大地に想いを馳せる。店内に自然を感じさせるものは何もなかったが、土のふくよかさを大いに感じた。
人々が時間に追われる日々を過ごす昨今において、その時々の気持ちに素直になって、微かに沸き起こった何かに促されて歩んでみるのは、行き当たりばったりに見えて敬遠されがちたが、とても贅沢で良いと思う。
一日のほとんどを中島村ですごしてしまい、挙げ句の果てに真っ暗闇の中、迷子になって小雨に降られて幾度かの雷光を浴びて、危うく帰れなくなるところだった。
そんな帰り道、暗闇の中で妙に嗅覚が冴えて、湿気ったコンクリートに混じった土と堆肥の豊かな自然と営みのにおいが、苦味の余韻を引き立てる。
スマホを使って偉大な音楽家の音楽を聴いた。夜のとばりの中で響くその音は、ピアノソロだったから、とても物悲しかった。
今なおNFT音楽も手掛けているというので、いつか生演奏をお聴きしてみたい、と思うようになった一日だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
島猫たちのエピソード2025
BIRD
エッセイ・ノンフィクション
「Cat nursery Larimar 」は、ひとりでは生きられない仔猫を預かり、保護者&お世話ボランティア達が協力して育てて里親の元へ送り出す「仔猫の保育所」です。
石垣島は野良猫がとても多い島。
2021年2月22日に設立した保護団体【Cat nursery Larimar(通称ラリマー)】は、自宅では出来ない保護活動を、施設にスペースを借りて頑張るボランティアの集まりです。
「保護して下さい」と言うだけなら、誰にでも出来ます。
でもそれは丸投げで、猫のために何かした内には入りません。
もっと踏み込んで、その猫の医療費やゴハン代などを負担出来る人、譲渡会を手伝える人からの依頼のみ受け付けています。
本作は、ラリマーの保護活動や、石垣島の猫ボランティアについて書いた作品です。
スコア収益は、保護猫たちのゴハンやオヤツの購入に使っています。
リアル男子高校生の日常
しゅんきち
エッセイ・ノンフィクション
2024年高校に入学するしゅんの毎日の高校生活をのぞいてみるやつ。
ほぼ日記です!短いのもあればたまに長いのもだしてます。
2024年7月現在、軽いうつ状態です。
2024年4月8日からスタートします!
2027年3月31日完結予定です!
たまに、話の最後に写真を載せます。
挿入写真が400枚までですので、400枚を過ぎると、古い投稿の挿入写真から削除します。[話自体は消えません]
【画像あり】八重山諸島の犬猫の話
BIRD
エッセイ・ノンフィクション
八重山の島々の動物たちの話。
主に石垣島での出来事を書いています。
各話読み切りです。
2020年に、人生初のミルクボランティアをしました。
扉画像は、筆者が育て上げた乳飲み子です。
石垣島には、年間100頭前後の猫が棄てられ続ける緑地公園がある。
八重山保健所には、首輪がついているのに飼い主が名乗り出ない犬たちが収容される。
筆者が関わった保護猫や地域猫、保健所の犬猫のエピソードを綴ります。
※第7回ほっこり・じんわり大賞にエントリーしました。
エッセイ短編集
わいんだーずさかもと
エッセイ・ノンフィクション
自分のこれまでの経験をもとに、エッセイ風に書いていこうと思います。ほっこりするような話から、笑えるような話まで、短めのものを1話完結で書いていこうと思います。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる