392 / 428
二年生の一学期
🍭
しおりを挟む
春樹は子供のように瞳をキラキラさせて、細い通路を行き来する。
「黒電話どころじゃないな、箱に顔つけたような電話だ。あ、奥に蓄音機まである」
おじいさんが、自虐を笑いに変えるように自分を語りだした。
「趣味で買っちゃうんだよ。もうやめようって思うけど好きだからやめらんねくて。昔は会社やっていたんだけど、もう譲っちゃったからさ。今は畑さやりながら、この店と向かいの二つやってんの。だいたいは借金のかた[手形]に持ってきたもんだけどね。前はあっちの店でやってたんだけど置ききんれなくて、こっちにも店開いちゃったってわけ。だからなんか買ってって」
誰もがあいまいに笑みを浮かべて返す。
「どこから来たの? 東京から? 東京のどこ?」おじいちゃんがつっこんで訊いてきた。
「品川区です」務が答えた。
「へぇ、ここには観光で? なんにもないでしょ。昔は黒磯に分岐点があったから、どこへ行く列車も全部ここで停まったんだけれども、隣の那須に新幹線の駅ができて、こんなにさびれちゃった。そのうちいろんな機関が那須に行っちまうからね、そしたら余計寂しくなるよ。だから新幹線の駅作ろうって話もあったけんども、どうだろうね」
「せっかく図書館作ったのに、もったいないですね。でものどかでいい街ですよ」
「田舎だかんな」
奥へと進んで行く奈緒に一緒についてきて、男物の手巻き式腕時計を見ていた杏奈が、耳元に唇を近づけて密やかに言った。
「このレトロな横丁だけじゃなくて、全体的にのんびりした空間ね。時間の流れが緩やかっていうか。移住する人が増えているって話もなんか納得。心が和らぐというか安らげる不思議な魅力があるわね。((あのおじいちゃんのなまりも可愛いし))」
「金があったら全部買いてぇ。どれもこれも掘り出し物じゃん」
春樹が突然叫んだ。悩んだ様子で何度も店をぐるぐる回っていた彼は、途中から加わったおじいちゃんの電話の相手だったらしき標準語の若い男と一緒になってしばらく見学してから、結局何も買わずに一人で外に出た。それに呼応して奈緒たちも外に出ると、おじいちゃんにお礼を言って、五人で店をあとにした。
奈緒が、おなか一杯といったふうに息を吹き出す。
「すごいなまりだったね。わたしは聞き取れなかった。南ちゃんは?」
「ん? 聞き取れたよ。昔キャンプした時にそばの畑にいたあのくらいのおじいちゃんのと比べると可愛いものだね。もう一つ一つの発音が日本語からかけ離れ過ぎていて聞き取れなかったもん。延々とろれつが回らないまましゃべっているみたいな感じで、完全に外国語状態」
おじいちゃんの可愛いなまりに、みんなはハマった様子で思い出しては笑い合った。
「黒電話どころじゃないな、箱に顔つけたような電話だ。あ、奥に蓄音機まである」
おじいさんが、自虐を笑いに変えるように自分を語りだした。
「趣味で買っちゃうんだよ。もうやめようって思うけど好きだからやめらんねくて。昔は会社やっていたんだけど、もう譲っちゃったからさ。今は畑さやりながら、この店と向かいの二つやってんの。だいたいは借金のかた[手形]に持ってきたもんだけどね。前はあっちの店でやってたんだけど置ききんれなくて、こっちにも店開いちゃったってわけ。だからなんか買ってって」
誰もがあいまいに笑みを浮かべて返す。
「どこから来たの? 東京から? 東京のどこ?」おじいちゃんがつっこんで訊いてきた。
「品川区です」務が答えた。
「へぇ、ここには観光で? なんにもないでしょ。昔は黒磯に分岐点があったから、どこへ行く列車も全部ここで停まったんだけれども、隣の那須に新幹線の駅ができて、こんなにさびれちゃった。そのうちいろんな機関が那須に行っちまうからね、そしたら余計寂しくなるよ。だから新幹線の駅作ろうって話もあったけんども、どうだろうね」
「せっかく図書館作ったのに、もったいないですね。でものどかでいい街ですよ」
「田舎だかんな」
奥へと進んで行く奈緒に一緒についてきて、男物の手巻き式腕時計を見ていた杏奈が、耳元に唇を近づけて密やかに言った。
「このレトロな横丁だけじゃなくて、全体的にのんびりした空間ね。時間の流れが緩やかっていうか。移住する人が増えているって話もなんか納得。心が和らぐというか安らげる不思議な魅力があるわね。((あのおじいちゃんのなまりも可愛いし))」
「金があったら全部買いてぇ。どれもこれも掘り出し物じゃん」
春樹が突然叫んだ。悩んだ様子で何度も店をぐるぐる回っていた彼は、途中から加わったおじいちゃんの電話の相手だったらしき標準語の若い男と一緒になってしばらく見学してから、結局何も買わずに一人で外に出た。それに呼応して奈緒たちも外に出ると、おじいちゃんにお礼を言って、五人で店をあとにした。
奈緒が、おなか一杯といったふうに息を吹き出す。
「すごいなまりだったね。わたしは聞き取れなかった。南ちゃんは?」
「ん? 聞き取れたよ。昔キャンプした時にそばの畑にいたあのくらいのおじいちゃんのと比べると可愛いものだね。もう一つ一つの発音が日本語からかけ離れ過ぎていて聞き取れなかったもん。延々とろれつが回らないまましゃべっているみたいな感じで、完全に外国語状態」
おじいちゃんの可愛いなまりに、みんなはハマった様子で思い出しては笑い合った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる