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二年生の一学期
第九十九話 美術部
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新入生との対面式から間もないある日の放課後、奈緒は、高校の隣にある戸越公園の広場にあるベンチにいた。昔の学校の校庭のような踏み固められた土の上にうっすらと砂が敷かれた空間の隅で右に向かって座る彼女は、下を向いて何やら黙々と作業している。
始めてから一時間以上が経過した午後四時半過ぎ、遠くから自分の苗字を口にするちょっと弱々しい声がして、奈緒は我に返って頭を上げた。そして後ろのほうを振り返る。
そこには心愛と、面識のない制服姿の女子が五人いた。
「成瀬さん、そんなところでなにしているの?」
心愛が、ピンクで半透明のバインダーを胸に抱えて歩み寄って来ながら、そう訊いてきた。
「絵、描いてる」
「どれ見せて」
彼女にそう乞われた奈緒は、満を持して描いた絵を見下ろすと、襟首でシニョンにした子が、頭の上に言葉を落とす。
「悪く言えばクラゲの足。よく言えば、紫色の海ぶどうだね」
「あはははは」と奈緒が乾いた声を上げる。
「でも上手だよ。構成がおもしろいね。横書きでちょっと斜め向いていて、左の空間に触手伸ばしていきそう。イソギンチャクにも見えてきた」
「失敗した」
「そんなことないよ、躍動感があるってこと。あそこの黒い鉢に植わっている藤の花を書いたんでしょ。普通、静を表現したような絵を描きそうなものだけど、動を表現できていて面白いと思う」
「ほんと? やったぁ」奈緒が喜ぶ。
心愛が、唇を少しだけ弓なりに引き上げた。
「成瀬さん、よくここに来るの?」
「ううん。この間、向こうに図書館があるのを知って 行ってみたんだけど、その途中で この 公園を 見 つ け て お花がきれいだった から、絵はがき 描いた。ここ きれいだね。なんか 日本 庭園 みたい。そういえば、小学生の時に 家族で 来た 気が する」
「ここって確か、どこかのお殿様のお屋敷だったらしいよ。その時あったお庭をそのまま公園にしたんだって。だから、庭園そのものなんだと思う。想像つかないよね、お屋敷って言ったら、百坪とか二百坪の大きな家しか思い浮かばないけど、その比じゃないもん。向こうの図書館も文庫の森もそこの小学校もうちの高校も全部まとめて一つの敷地だったんだから」
「お掃除大変そう」
始めてから一時間以上が経過した午後四時半過ぎ、遠くから自分の苗字を口にするちょっと弱々しい声がして、奈緒は我に返って頭を上げた。そして後ろのほうを振り返る。
そこには心愛と、面識のない制服姿の女子が五人いた。
「成瀬さん、そんなところでなにしているの?」
心愛が、ピンクで半透明のバインダーを胸に抱えて歩み寄って来ながら、そう訊いてきた。
「絵、描いてる」
「どれ見せて」
彼女にそう乞われた奈緒は、満を持して描いた絵を見下ろすと、襟首でシニョンにした子が、頭の上に言葉を落とす。
「悪く言えばクラゲの足。よく言えば、紫色の海ぶどうだね」
「あはははは」と奈緒が乾いた声を上げる。
「でも上手だよ。構成がおもしろいね。横書きでちょっと斜め向いていて、左の空間に触手伸ばしていきそう。イソギンチャクにも見えてきた」
「失敗した」
「そんなことないよ、躍動感があるってこと。あそこの黒い鉢に植わっている藤の花を書いたんでしょ。普通、静を表現したような絵を描きそうなものだけど、動を表現できていて面白いと思う」
「ほんと? やったぁ」奈緒が喜ぶ。
心愛が、唇を少しだけ弓なりに引き上げた。
「成瀬さん、よくここに来るの?」
「ううん。この間、向こうに図書館があるのを知って 行ってみたんだけど、その途中で この 公園を 見 つ け て お花がきれいだった から、絵はがき 描いた。ここ きれいだね。なんか 日本 庭園 みたい。そういえば、小学生の時に 家族で 来た 気が する」
「ここって確か、どこかのお殿様のお屋敷だったらしいよ。その時あったお庭をそのまま公園にしたんだって。だから、庭園そのものなんだと思う。想像つかないよね、お屋敷って言ったら、百坪とか二百坪の大きな家しか思い浮かばないけど、その比じゃないもん。向こうの図書館も文庫の森もそこの小学校もうちの高校も全部まとめて一つの敷地だったんだから」
「お掃除大変そう」
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