251 / 428
一年生の三学期
第八十一話 南の父親
しおりを挟む
解体目前の様相を呈する昭和のアパートの二階。その一番奥にある203号室は、間違いなく南の住むであろう部屋だった。奈緒は務を押して、恐る恐る一歩、二歩、と歩みだす。
ノブを引っ張ればまるごと外れてしまいそうな、ささくれたおんぼろのドアの前に立つと、四人は顔を見合わせあって口をつぐむ。そしてドアを見据える。令和の時代に、こんな家がまだ残っているなんて、みんなには信じられないのか、誰もが言葉を唾に混ぜて飲み込む。
各々が確認するように、もう一度表札を見やる。闇夜の中でもはっきりと肉眼で読める表札の文字は、間違いなく『小沢』と書き示してある。その手書きの表札に四人の目が張り付いて、そのまま視線を釘づけた。
誰もが躊躇する中、奈緒だけが一点を見据えている。その視線の先にある壁には、インターホンとは呼べない小さなブザーがついていた。務の背中から弓なりにそらした人差し指を伸ばして、恐る恐るボタンを押す。誰もが予想した音。つまりは、ブー、という鼻にかかった音がした。
「南! 南か!」
奥から男の声がした直後、重い物が転げるドタバタとした音が響いて、ドアと廊下を揺らす。そしてしばらくして鈍い音がして鍵が開き、思いのほか滑らかにドアが開いた。
「南――て、誰だ、あんたたち」
出てきた男は、初見三十代後半といったところで、ここにいる誰よりも身長が高い。
「はぁ、はぁ、はぁ……南は、南はいないのかよぉ」
男は四人を見渡して、がっかりした様子を見せ、大きくうなだれる。肩で呼吸するような荒い喘鳴を繰り返えしてバランスを崩して、ドアの枠に寄りかかった。
「あの、大丈夫ですか? どこかご病気ですか?」務がすかさず声をかける。
「大丈夫じゃないよ、もう死にそうなんだ」
思わぬ事態に、みんながたじろぐ。
「どうしよう……。救急車呼ぶ?」
おろおろする杏奈に、男が言った。
「君たちは、はぁはぁ……南の友達か? そうか、娘の南がいつもお世話になっている。今日は帰りが遅くてね。バイトかなにかかだとは思うんだが、俺もこんなだし、もてなすことが出来ない。非礼をお詫びするよ、申し訳ない。はぁはぁ」
無理して作った笑顔が手負いの戦士のようで格好良くもあり、少し色っぽさを感じさせる。つらさからくるのか汗ばんだ肌が、それを助長していた。
杏奈は、思わず見惚れてまばたきを忘れかのようだ。
ノブを引っ張ればまるごと外れてしまいそうな、ささくれたおんぼろのドアの前に立つと、四人は顔を見合わせあって口をつぐむ。そしてドアを見据える。令和の時代に、こんな家がまだ残っているなんて、みんなには信じられないのか、誰もが言葉を唾に混ぜて飲み込む。
各々が確認するように、もう一度表札を見やる。闇夜の中でもはっきりと肉眼で読める表札の文字は、間違いなく『小沢』と書き示してある。その手書きの表札に四人の目が張り付いて、そのまま視線を釘づけた。
誰もが躊躇する中、奈緒だけが一点を見据えている。その視線の先にある壁には、インターホンとは呼べない小さなブザーがついていた。務の背中から弓なりにそらした人差し指を伸ばして、恐る恐るボタンを押す。誰もが予想した音。つまりは、ブー、という鼻にかかった音がした。
「南! 南か!」
奥から男の声がした直後、重い物が転げるドタバタとした音が響いて、ドアと廊下を揺らす。そしてしばらくして鈍い音がして鍵が開き、思いのほか滑らかにドアが開いた。
「南――て、誰だ、あんたたち」
出てきた男は、初見三十代後半といったところで、ここにいる誰よりも身長が高い。
「はぁ、はぁ、はぁ……南は、南はいないのかよぉ」
男は四人を見渡して、がっかりした様子を見せ、大きくうなだれる。肩で呼吸するような荒い喘鳴を繰り返えしてバランスを崩して、ドアの枠に寄りかかった。
「あの、大丈夫ですか? どこかご病気ですか?」務がすかさず声をかける。
「大丈夫じゃないよ、もう死にそうなんだ」
思わぬ事態に、みんながたじろぐ。
「どうしよう……。救急車呼ぶ?」
おろおろする杏奈に、男が言った。
「君たちは、はぁはぁ……南の友達か? そうか、娘の南がいつもお世話になっている。今日は帰りが遅くてね。バイトかなにかかだとは思うんだが、俺もこんなだし、もてなすことが出来ない。非礼をお詫びするよ、申し訳ない。はぁはぁ」
無理して作った笑顔が手負いの戦士のようで格好良くもあり、少し色っぽさを感じさせる。つらさからくるのか汗ばんだ肌が、それを助長していた。
杏奈は、思わず見惚れてまばたきを忘れかのようだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる