218 / 428
一年生の三学期
第七十話 警察署
しおりを挟む
タクシーが中原街道を右折して間もなく、この近辺を管轄する警察署に到着した。開いたドアから、目の前にあった建物の周囲を見て、奈緒が車内へと視線を戻す。
「“ぱとかあ”は、どこ ですか?」
「ここにはないですね。駐車場もないし。裏ではないですか? 裏に回ってみますか?」
「いいえ、ここで結構です」
そう答えた奈緒が、急いで三百円のタクシー券を二枚ちぎって渡す。「おつりは出ませんが」と言う運転手に、「結構です」と返して、急いで外に出た。
おずおずと警察署を見上げる。高くそびえる六階建てのファサードは凹凸がなく、窓だけが並ぶ物静かなデザインで、重々しく鎮座しているといった風体。べつに悪さをしでかしたわけでもないのに、なぜか緊張させるその建ち姿を見て、入るのを躊躇したのか、その場に立ち尽くして左右を見やる。誰もいないことを確認できてほっとした様子を見せると、恐る恐るながらも歩みだして、自動ドアをくぐった。
ロビーに入ると、意外にも威圧感はない。独特の雰囲気を放つ冬服を着た制服警官が勤務していることを除けば、どこかの区役所の風景と変わらないのどかさがある。
左を見ると、コの字型のカウンターテーブルがあったが、誰もいない。
奈緒が、どうしてよいか分からない様子でフロアを見渡すと、室内を分断するカウンターの右のほうに座っていた三十歳前後の警官が、こちらですよと言いたげな視線を送って来たので、導かれるようにその男の元へ歩を進める。総合受付と書かれた案内板が出ていたから、間違いないのだろう。
受付の警官の前まで来ると、奈緒は「こんにちは」と頭を下げてから言った。
「南ちゃんに会いたいです。会わせてください」
「ここにいる方ですか?」
「いいえ、分かりません。で も、図書館の帰り道にいて、いなく なりました」
「なるほど、お連れの方が迷子ですか」
「ちがうちがう。わたしは 一人で した」
「どのようなご用件ですか?」
「分かりません」
警官は言葉を失って、奈緒を見上げる。
この子が身振り手振りを加えて続けた。
「わたしが 図書館で 本を 借りて帰る時に、南ちゃんがやだーって言って、あらあらあらーってうちに、どこかへ こう行っちゃった」
奈緒の一言一言に頷きながら丁寧に聞き取っていた警官が、視線を上げて訊く。
「その方も障がいをお持ちの方ですか?」
「いいえ、元気な方です。元気すぎて、よく暴れま す。なんか 口も悪いみ た い かな、なんて言っちゃって。今のは内緒 で す」
「“ぱとかあ”は、どこ ですか?」
「ここにはないですね。駐車場もないし。裏ではないですか? 裏に回ってみますか?」
「いいえ、ここで結構です」
そう答えた奈緒が、急いで三百円のタクシー券を二枚ちぎって渡す。「おつりは出ませんが」と言う運転手に、「結構です」と返して、急いで外に出た。
おずおずと警察署を見上げる。高くそびえる六階建てのファサードは凹凸がなく、窓だけが並ぶ物静かなデザインで、重々しく鎮座しているといった風体。べつに悪さをしでかしたわけでもないのに、なぜか緊張させるその建ち姿を見て、入るのを躊躇したのか、その場に立ち尽くして左右を見やる。誰もいないことを確認できてほっとした様子を見せると、恐る恐るながらも歩みだして、自動ドアをくぐった。
ロビーに入ると、意外にも威圧感はない。独特の雰囲気を放つ冬服を着た制服警官が勤務していることを除けば、どこかの区役所の風景と変わらないのどかさがある。
左を見ると、コの字型のカウンターテーブルがあったが、誰もいない。
奈緒が、どうしてよいか分からない様子でフロアを見渡すと、室内を分断するカウンターの右のほうに座っていた三十歳前後の警官が、こちらですよと言いたげな視線を送って来たので、導かれるようにその男の元へ歩を進める。総合受付と書かれた案内板が出ていたから、間違いないのだろう。
受付の警官の前まで来ると、奈緒は「こんにちは」と頭を下げてから言った。
「南ちゃんに会いたいです。会わせてください」
「ここにいる方ですか?」
「いいえ、分かりません。で も、図書館の帰り道にいて、いなく なりました」
「なるほど、お連れの方が迷子ですか」
「ちがうちがう。わたしは 一人で した」
「どのようなご用件ですか?」
「分かりません」
警官は言葉を失って、奈緒を見上げる。
この子が身振り手振りを加えて続けた。
「わたしが 図書館で 本を 借りて帰る時に、南ちゃんがやだーって言って、あらあらあらーってうちに、どこかへ こう行っちゃった」
奈緒の一言一言に頷きながら丁寧に聞き取っていた警官が、視線を上げて訊く。
「その方も障がいをお持ちの方ですか?」
「いいえ、元気な方です。元気すぎて、よく暴れま す。なんか 口も悪いみ た い かな、なんて言っちゃって。今のは内緒 で す」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる