215 / 428
一年生の三学期
第六十九話 追跡
しおりを挟む
二月に入ると辺りの空気は、一層ひんやりと肌をなでるようになった。
日曜日であったこの日、奈緒は荏原中延にある図書館に本を返しに行って、新たに数冊借りて帰るところだった。大抵の場合、はなみずき公園を通り抜けて駅へと向かう。だが今日は、異なる道を進んでいる。
いつもの薄桃色のボアコートの袖を揺らしながら、この子らしいぴょこぴょことした独特の歩き方で歩む奈緒は、図書館側から荏原中延駅のそばまで抜けられる縦長のはなみずき公園を通り過ぎてからしばらくして、二つ目の交差点を右折した。
ここをずっとまっすぐに行くとT字路に突き当たり、左側にカフェがある。奈緒は、そこでコーヒーを飲むつもりでいた。本の入った紺色のエコバックも、心なしか楽しく揺れていて、そこに描かれた可愛いお地蔵さんもにこやかだった。
ふわもこマフラーの下の、ネクタイのように巻いた七色の三つ編み毛糸を繋げた薄手の細いマフラーを直して顔をうずめて、頬をほころばせる。急に寒さの質が変わったことを察知した奈緒の勝利だ。カフェでのお楽しみタイムに向けて、チェックのチノパンに包まれた足取りは軽い。
だが突然、二つの耳たぶに南の叫ぶ声が響いて立ち止まった。声のするほうに左目の視界を向けると、そこにはパトカーが止まっていて、その向こうに南がいる。
二人の警官に取り押さえられながらも暴れようとする彼女が、怒鳴るように懇願していた。
「やめろよ。わたしやっていないって。なにかの間違いだよ」
「分かったから。話は署で聞くから。いい加減おとなしくして、車に乗って」
唖然呆然とした様子で口をあんぐり開けて見つめていた奈緒は、南が二人の警官に無理やり押し込まれてパトカーのドアが閉められると同時に、バタンという衝撃音で我に返った。
「あっ、待って」奈緒が思わず小声で叫んで駆け出す。
パトカーはすぐさま発進してしまって、停車していた十字路までたどり着いた時には、もう声の届く範囲に留まっていなかった。
「あららら、どうしよう」
途方に暮れて呟くこの子は視線を感じたらしく、ふと左を向く。そこには、自転車でやって来たであろう交番勤務らしき警官が、バインダーに向かって何かを書こうとしている姿勢で静止してこっちを見ていた。
日曜日であったこの日、奈緒は荏原中延にある図書館に本を返しに行って、新たに数冊借りて帰るところだった。大抵の場合、はなみずき公園を通り抜けて駅へと向かう。だが今日は、異なる道を進んでいる。
いつもの薄桃色のボアコートの袖を揺らしながら、この子らしいぴょこぴょことした独特の歩き方で歩む奈緒は、図書館側から荏原中延駅のそばまで抜けられる縦長のはなみずき公園を通り過ぎてからしばらくして、二つ目の交差点を右折した。
ここをずっとまっすぐに行くとT字路に突き当たり、左側にカフェがある。奈緒は、そこでコーヒーを飲むつもりでいた。本の入った紺色のエコバックも、心なしか楽しく揺れていて、そこに描かれた可愛いお地蔵さんもにこやかだった。
ふわもこマフラーの下の、ネクタイのように巻いた七色の三つ編み毛糸を繋げた薄手の細いマフラーを直して顔をうずめて、頬をほころばせる。急に寒さの質が変わったことを察知した奈緒の勝利だ。カフェでのお楽しみタイムに向けて、チェックのチノパンに包まれた足取りは軽い。
だが突然、二つの耳たぶに南の叫ぶ声が響いて立ち止まった。声のするほうに左目の視界を向けると、そこにはパトカーが止まっていて、その向こうに南がいる。
二人の警官に取り押さえられながらも暴れようとする彼女が、怒鳴るように懇願していた。
「やめろよ。わたしやっていないって。なにかの間違いだよ」
「分かったから。話は署で聞くから。いい加減おとなしくして、車に乗って」
唖然呆然とした様子で口をあんぐり開けて見つめていた奈緒は、南が二人の警官に無理やり押し込まれてパトカーのドアが閉められると同時に、バタンという衝撃音で我に返った。
「あっ、待って」奈緒が思わず小声で叫んで駆け出す。
パトカーはすぐさま発進してしまって、停車していた十字路までたどり着いた時には、もう声の届く範囲に留まっていなかった。
「あららら、どうしよう」
途方に暮れて呟くこの子は視線を感じたらしく、ふと左を向く。そこには、自転車でやって来たであろう交番勤務らしき警官が、バインダーに向かって何かを書こうとしている姿勢で静止してこっちを見ていた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる