バラの精と花の姫

緒方宗谷

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知りもしないのに、他人を悪く言ってはいけない 上

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 ミントの村から東に進むと、雲にも届きそうな大きな山がそびえています。半分位進んだところで、空もオレンジ色に染まりだしたので、ここで一泊することにしました。姫の一行には10匹の蜂の群れも加わったので、とても賑やかです。
 特に姫が喜んだのは、蜜蜂が採ってくる新鮮な蜜が献上されることでした。まだ時間があったので、蜜蜂達は咲いている花を探し出して、大急ぎで花粉の家を建て始めました。
 見る見るうちに、木の枝にぶら下がったお家が出来上がっていきます。カプセル型のお部屋で構成された、小さな豪邸です。普通、沢山の小部屋があって、それぞれが独立した1Rとなっているのですが、姫達用の特別仕様で作られていましたから、とても広々としています。
 普通は無いのですが、窓も沢山あります。お部屋にいても光合成が出来るように、と蜜蜂達が考えてくれたのです。
 2つのお部屋と食堂、応接間、風呂トイレ別、色も、白が金色を帯びた様な高貴な黄土色でしたから、姫にも相応しい、と爺やは感心しています。2人の侍女は、自分の部屋は無いのですね、と残念そうでしたが、余った花粉で、屋根とカーテン付きのベッドを作ってもらって満足気。
 夜はキャンプファイヤーを囲みながら、みんなで蜂蜜を楽しみました。ブンブンブブーン♪ ブッブッブブーン♪ 羽音を使って音楽を奏でて、働き蜂達が踊ります。宮廷で見るような花の舞と違って、面白い働き者の踊りです。
 ウキウキしたリズムに楽しい気分になった姫の一行も、一緒になって踊りました。蜜と花粉を作る花と、蜜食で花粉をもとに作った蜜ろうの家に住む蜜蜂とはとても相性が良いので、宴は夜遅くまで続きました。
 姫もバラも幼かったので、みんなより早めにお休みしましたが、羽目を外した爺やは、一番遅くまで騒いでいました。
 虫の里には、虫の主神の為に蜜を貯蔵するお城があります。蜜蜂の主神が城主を務めるその城からは、常に黄金の滝が流れ出ていました。附近の虫達は、その流れ出る蜜を貰うために、日夜、長い行列を作っています。
 蜜は、食べても体に良いし、お肌のお手入れにも使えますので、どの里でも引っ張りだこ。魔界や人間界でも人気の品です。
 朝目覚めると、外は何やら霧がかっていました。姫は寝ぼけ眼で肌を見やりましたが、朝露がついているわけではありません。霧ではないようです。既に日がさしているはずなのに薄暗く、光合成ができません。
 姫達は、目覚めの光を浴びることが出来ずに、ボーとしています。
 侍女が「2度寝3度寝は気持ちが良いですね」と言うと、みんなうなずいて、半分眠っています。蜜蜂達も視界が効かないので、飛ぶのを躊躇しています。
 「この霧、嫌な感じですね」と蜜蜂達が言いました。すると、「ホントホント」と草の精達が言いながら、教えてくれました。
 この近くには、新しい杉林があって、春になると大量の花粉を風に乗せて飛ばすそうです。ここ数年は、この時期になると大量の花粉が飛ぶので、1日中眠いわ、精霊の眷属になった蝶々も飛べないわ、踏んだり蹴ったり。
 花粉を飛ばすのは大事なことだけど、こんなにも量が多いと、他の草木に迷惑がかかります。一行のみんなが文句を言いました。
 「はくしょーん! はくしょーん!」
 くしゃみが木霊するように、四方八方から、はくしょーん! はくしょーん! と聞こえてきます。花粉の多さになれない精達は、鼻がムズムズしてしまい、堪らずくしゃみをしてばかりなのです。
 近くの林の雑木達が陳情にやってきました。
 「姫様、ここは本当に最悪です。杉の精達が調子に乗って沢山花粉を撒くものだから、とても迷惑しています」
 杉は大きくて沢山いるようです。杉だけの林を作っているほどで、中には松の若木くらいしか生えていません。その松も大きくなれずに、引っ越してしまうそうです。他の木々を寄せ付けないで、肥沃な土地を独り占めしているのはズルい、と言うのです。
 「いつか、奴らは、この林も杉林に変えるに違いない」
 1人の精が言うと、「そうだそうだ」とみんな言い出しました。いつかどこかで見た光景です。ですがバラは、自分と同じ境遇の精もいるんだな、とは思いませんでした。話を聞くと、杉の精はとても強そうです。とても自分と同じ様には思えません。
 バラも光合成ができずに迷惑していましたし、みんながそう言うのだから、杉は悪い奴だと思いました。生まれた森のガキ大将と同じと思ったのです。しかし、姫は同じようには思いませんでした。確かに姫もバラと同じく迷惑していましたが、何かわけがあるのでは? と考えました。
 彼女の教育係は屋久杉の上位神、何十万年も生きるとても高位の神でした。花の主神が生まれるずっと前から天界にいましたし、人間界にも長生きの屋久杉がいるほどです。もし、杉がみんなバラが考えるようなガキ大将と同じなら、屋久杉の主神は自分自身が植物全体の主神になろうとしたでしょうし、人間界も杉だらけのはずです。ですが、そのような話は聞いたことがありません。
 「いつまでたっても、光が浴びられないから、やーね?」
 バラは姫に言いましたが、姫は答えませんでした。姫は人間界に行ったことはありませんでしたから、日本という国の杉の多さと花粉の多さを見たことがありません。屋久杉の先生は花粉を飛ばしませんし、そのお弟子さん達も花粉を飛ばしません。ですから、杉の花粉を見たことが無いので、本当にこれが杉の花粉か分かりません。ですから姫は、確認の為に杉林に行ってみることにしました。
 みんな唖然としています。杉林の風上に回ると、何十メートルもの高さの杉が、ワサワサ、ワサワサとたなびきながら、大量の花粉を飛ばしているではありませんか。雑木林で聞いた噂は本当でした。
 今日は雲一つない晴天でしたが、風下は雲の中にいるかのように真っ暗です。
 「やい! 杉!! なんでみんなに迷惑かけるんだ!! ちょっとは周りを考えろよ!!」
 蜜蜂がそばまで飛んでいって怒鳴ると、杉達が見上げて言いました。
 「自然の摂理さ、仕方ないのさ」
 蜜蜂は地団太を踏んでいきり立ちます。杉はみんな精でしたが、とても大きくて強そうで、蜂が蹴飛ばしてもビクともしません。杉は成長が早く、まっすぐとても立派に育つので、宮殿などにも使用されています。
 屋久杉の神に代表されるように、高い地位につく一族も多く、代々の植物の主神にも重用されていました。生まれながらにして強い神気を持つ才があるようです。
 しかし、杉は驕り高ぶる様子を見せません。小さな蜂の文句にも律儀に答え、困った顔でこちらを見上げています。わざとみんなに迷惑をかけているようには見えません。ただ、そう感じていたのは、姫だけでした。
 他のみんなは、入道雲のような花粉を飛ばす様を目の当たりにして、その事実から、みんなが言っていることは本当なんだな、と思いこみました。爺やは屋久杉の神と仲が良かったので、文句も言えずに黙っています。
 しかし、分かっているのは、何故こんなに悪口を言われながらも、沢山の花粉を飛ばすのか分からない、ということです。もしかしたら、やむにやまれぬ事情があるのかもしれません。
 姫は、どのようにして収拾したら良いか分からず、考えあぐねていました。



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